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仕事上がり
ふあっ、と大きな欠伸をしながら、まだほんのりと薄暗い道を、自宅に向かってだらだらと歩く。日曜の早朝は、張り切ってジョギングする腹の出たおっさんや、小型犬の散歩をしているのかされているのか分からないお年寄りなんかとたまにすれ違うだけで、ほとんど人とも出会わない。
疲れたわぁ。
長谷川陽斗は、再び大きな欠伸をして空を見上げた。冬の朝は空気が澄んでいて心が洗われるようだが、夜勤明けの身としては、髪に染みついた煙草の匂いや、汗ばむ汚い手で触られた体に残る不快感で、全く清々しい気持ちにはなれなかった。一刻も早く家へ帰って、シャワーで洗い流してしまいたい。
さぶっ。
寒さに体を震わせて、陽斗は足を速めて家路を急いだ。
数十階立ての、洒脱なマンションのエントランスまでやってきて、オートロックを解除するとさっさと中へ入った。エレベーターで目的の階まで向かう間も不快感は止まない。ようやく自宅の玄関前まで来て少しほっとする。解錠して中に入ると、その足で浴室へと向かった。
今日はなんや、しつこい客やったな。
シャワーを浴びながら、陽斗にひっついて離れなかった男性客のだらしない顔を思い出す。
陽斗は東京の繁華街にある高級ゲイバーに勤めていた。そこは別名『ホモバー』とも呼ばれる、女装などはしない、見た目は普通の男と変わらないゲイたちがホストを勤めるバーで、お客もほとんどがゲイだった。陽斗はそこのナンバーワン、と言えるほどの人気のホストで、陽斗を目当てに訪れてくる客も少なくはなかった。
もちろん陽斗自身もゲイだったので、趣味と実益を兼ね備えたこの職を選んだのだが、実際蓋を開けてみると、自分の好みでもないおっさんたちを相手にすることの方が断然多く、話が違うやないかっ、と文句の1つも言いたくなるような酷い現状だった。
そりゃそうだ。男前のゲイはわざわざゲイバーなんて来なくとも、その辺で簡単に好みの相手を見つけられるだろう。それは陽斗にとっては大きな誤算だった。
しかし、こういったゲイのおっさんたちは金持ちが多い。陽斗がちょっと上目遣いでニコッと笑うだけで、惜しげもなく金を使ってくれる。小遣いもはずんでくれる。バーは歩合制だったため、勤め当初から人気のあった陽斗の収入はみるみる内に増えていき、勤務5年目でこんなそこそこ良いマンションに住めるまでになっていた。
もちろん、良いことばかりではない。体の関係を求めてくるおっさんも多いし、お触り厳禁、と店側が謳っているにも関わらず、今夜の客のようにベタベタと陽斗に触ってくる奴もいた。しかし、そこは人とのコミュニケーション能力の高い陽斗の技量でうまくかわし、要領よくこなしてきた。
そんなわけで、好みではない客からはまだ貞操は奪われていない。もちろん男との初体験はとっくの昔に済ませてはいるし、好みの客とは店には内緒で相手をしているが。
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