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第1話 家族
病院が舞台なので、専門用語が出ることがあります。説明を《》でしますので参考にしてください。
読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします(^^)
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「一樹 、朝なったぞ!起きろー!」
「うーん……」
窓からは眩しい朝日がさんさんと照っており、ベランダには4人分の洗濯物が風に靡いて気持ちよさそうに泳いでいる。最近は梅雨でもないのに雨が続いていて、コインランドリーに重い洗濯を持っていくのが憂鬱になっていたので久々の晴れは単純に嬉しい。
しかし、その眩しい太陽の光が目に入るまいと頭からつま先まで、布団で全身を包み込み、芋虫のように丸まっている我が子は俺とは反対の気持ちのようだ。
もう起きる時間だと言うのに、俺の声かけに対して唸り声を上げるのみで起きる気配はなく、微動だにしない。
まあ、晴れていても雨が降っていても変わらず自分で起きようとする気は全くないので天気なんて関係ないのだが。
俺はしっかりと布団の端を両手で持ち、ふんっと息をはいて勢いよく布団をはがした。
「うわっ」
「ほら!飯冷めるだろ、顔洗って早く飯食いにいくぞ!」
「う――、じゃあ抱っこして連れてって」
「たった数メートルしか距離ないじゃん!」
「じゃあ起きない……」
「かーずーきーっ!」
布団をどかしても芋虫のように丸まっている一樹の頭に太陽の光が当たって、色素の薄い茶髪がキラキラと光っていた。少し長めの猫っ毛は色んな方向に毛先を向けていて、髪のセットもしなくちゃいけない。そろそろ起きてくれないと困る。今日からは今までとは違うのだ。
――俺は3月まで看護専門学校に通っていた。16歳で妊娠し、17歳で一樹を産んだ。1年間は育児に追われていたけれど、これから一樹を育てていかなくちゃいけないことを考えた時に、看護師の支援制度を見つけた。
数年前の法改正で看護師が人員不足になり、政府が看護師になるまでに必要な専門学校の授業料3年間を援助し、制服代・教科書代のみ払えば通えるようになったのだ。看護師は責任も重く、きつい仕事だが、その分給料も高く安定しており、一樹のことを考えると理想的な仕事だった。
一緒に住んでいる両親にも相談して看護師を目指す事にし、高校は中退していたので、通信制高校に1年通い、残りの単位を取り、その後看護専門学校に3年通って、今年ようやく無事に国家試験に受かり学校を卒業した。
家の近くにある市民病院の試験にも合格し、今日は初出勤の日。
初日から遅れましたなんてことになったら、大変だ。針の筵である。しかし――、芋虫状態から一向に動かない5歳児は、大きな可愛らしい茶色の瞳でチラリと見ると、ぷっくりとした可愛い口を尖らせて、俺に向かって両手を伸ばす。
「抱っこ」
「〜〜ったく!仕方ないなっ」
両親から「また甘やかして」とか言われる気がするが、可愛すぎる我が子が悪い。
ひょいと抱っこして洗面台に向かう。鏡の前に立たせて蛇口を捻り、顔を洗い、頭にも水をつけて寝癖を治し、再び抱っこしてリビングへ向かっていき、廊下を抜けるとすでに両親が先に飯を食べていた。
「やっと起きたのか」
「あら一樹、また抱っこしてもらったの。甘えんぼさんねぇ」
連日の朝の光景に母さんは呆れ顔ながら笑わっていた。父さんは温和な目を向けている。
「可愛いは正義だから仕方ない!」
「ふふっ、何よそれ」
俺の返答に母さんは更に笑った。一樹を椅子に座らせて俺も隣の席に着く。
「ほら食べるぞ。いただきます!」
「はーい、いただきまーす」
机の上にはご飯、豆腐のお味噌汁、サバの塩焼き、きゅうりの浅漬けが個別で並んでいる。母さんが食事を作ってくれるが朝は和食が殆どだ。身体にはいいが、パンに比べて時間がかかるのが難点である。特に忙しい朝は。一樹の魚を骨がないか確認してほぐしていると呑気な声が聞こえてくる。
「花さん、このサバ美味しいね」
「本当〜、脂がのってるわね。このサバね、新しく出来たスーパーで買ってみたの。今度からここで買おうかしら」
「へぇ、新しく出来たんだ?今日買い物行くなら、僕も一緒に行っていい?」
「勿論よ。今日まで開店セール中なの。お客様一点限りの卵があるのよ。康友 さんの仕事ひと段落したら一緒に行きましょうか」
「うん」
2人は微笑みあって再び食事を始めた。両親は2人ともおっとりしていて、こんな忙しい朝でも話を聞いていると時間がゆっくりと流れている感覚になる。2人は在宅勤務なのでいいかもしれないが、俺は病院勤務、一樹は保育園がある。急がなければ。
「昭仁 は今日から仕事だったわね?時間は大丈夫?」
母さんがゆっくりと咀嚼した後に話しかけてきた。
「大丈夫じゃない!ほら一樹、パクパク食べる!着替えも歯磨きもしなきゃいけないよ!」
「えー、ヤダよ。なんでそんなに朝からカリカリしてるの」
「今日から俺仕事だって言ってたじゃん!急いでくれないと困るのっ」
「あ!そっか!昭仁仕事だったね!」
半分程しか開いてなかった目をぱっちりと開けて勢いよく食べ始めた。
子どものやる気スイッチはどこにあるのかわからないが急いでくれるのは助かる。自分もかきこんで食事を終えた。一樹がやる気を出した流れで、歯磨き、着替え、身支度を済ませて家を出る。
「いってきます!」
「じぃじ、ばぁば、いってきます〜」
「はーい。いってらっしゃい」
自転車の前方に付けているチャイルドシートに一樹を乗せて、ぐっと力を入れてペダルを漕ぐ。春の風はまだ冷たい。学生生活から一変、これから新しい日々が待っていると思うとふと昔の事を思い出した。
――色々あったな。
過去を思い出すと、消えない首の傷痕がズキズキと傷む気がする。でも一樹が産まれて、両親に助けてもらいながら一生懸命子育てしながら学校に通って。一樹の成長した姿を日々見ていると、幸せなことの方が多くて、それに助けられてここまで来た。
感慨深くなり、信号待ちで暇そうに足をぶらぶらしている我が子の頭をじっと見つめる。コップから水が溢れるみたいに愛しい気持ちがグッと高まって、キスしたくなったけど頭を撫でるに留めた。少し乱暴に頭を撫でると一樹がびっくりしたように振り向く。
「えっ、なになに?!昭仁どうしたの?」
「んー、朝急いで準備してくれたから褒めてるの!」
「えーっ、今更じゃん!」
ぶーぶー言いながらも嬉しそうな顔に俺もつられて笑顔になる。
「よし!仕事頑張るか!」
「はい!俺も保育園頑張る!」
「ふははっ、いい返事!」
さぁ、1日の始まりだ。
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