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2-2~花菱和臣~

 その後、送られてきたメールに従って、和臣は待ち合わせ場所へ向かった。場所は東京。時間は夕方の五時五十分。なんでも、六時にその『いい店』を予約しているのだという。まさか高級レストランにでも連れていかれるのではないか、と思った和臣だったが、尾木に案内されたのは、巨大ターミナル駅、東京から、ほんの数分歩いた先にある古い雑居ビルの前だった。 「ここは……?」 「まぁまぁ、いいから。ついてこいって」  尾木はそう言って、ビルの階段を下りていく。和臣は慌てて自分の身なりをあちこち気にした。このビルの(たたず)まいから考えるに、可能性は低いが、『いい店』が万が一、高級レストランだったら、今日の恰好はまずいのではないか、と不安になったのだ。  上は茶色のロングTシャツに濃いデニムのジャケット。下は黒いパンツ。何度確かめても同じ、これは至っていつも通りの普段着だった。形だけは襟付きジャケットだが、デニムは高級レストランへ入るのに少々カジュアルすぎる。もっと言えば、そういう店に来るとわかれば、もう少しマシな服を選んだのに、尾木が『いい店』とだけ言うものだから、よくわからずに学校へ行った服装のままここへ来てしまった。  先輩はいいよなぁ……。スーツだからそういうの気にしなくて。  尾木は面倒見はいいものの、残念ながら細かなことに気付くタイプではないし、少々、自分勝手な面もある。これは次回からどういう店に行くのか、しっかり確認する必要があるな、と和臣は心の中で密かに思った。 「おい、なにやってんだよ。早くこいって。後ろ、つっかえてんぞ」  言われて、階段の入り口で後続者の邪魔をしてしまっていることに気付き、仕方なく階段を下りる。その先には小さなガラス扉があった。中からはオレンジ色の光が漏れている。なにやらムーディーな雰囲気だ。扉には『MusicBar(ミュージックバー) Heart(ハート)』とあった。 「ミュージック……バー?」 「そ。(なま)のバンドの演奏が聴けるバーなんだ。お前なら絶対好きだと思ってさ」  和臣はこういった店にあまり馴染(なじ)みがない。居酒屋やカフェなら行き慣れているし、高級レストランも家族と年に何度か利用する。しかし、バーはまだ未知の領域だ。有名チェーンのスポーツバーへは過去に一度だけ行ったことがあったが、外国人が多く集まるそこは、まるで海外のような雰囲気だった。記憶にあるのは、彼らのテンションについていけず、あたふたしたこと。ビールを一杯だけ飲んで胃痛がしたこと……しか覚えていない。要するに、和臣はバーという場所にあまりいい印象がなかったわけだ。 「先輩。あの俺、バーってあんまり行ったことないんですけど……」 「あぁ、そうなの?」  尾木は和臣の不安に少しも気付く様子はなく、迷わずにその扉を開けた。 「うわ……!」  扉が開いた瞬間、全身に迫力のある音が響く。振動が腹の底まで届いて、体中がスピーカーの中に入り込んでしまったような感覚に(おちい)る。音の元を辿(たど)るように店内を見渡せば、店の奥にあるステージの上のバンドが目に入った。

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