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track1.爽やかアイドルの裏の顔

「時刻は五時三十分。七月十四日、火曜“MOP”スタートです」  テレビから軽快で爽やかな音楽が流れる。  平日早朝から八時まで放映している朝の情報番組“MOP”が始まった。  今年でスタートから八年目になるこの番組で、今年四月からジワジワと話題になっているコーナーがある。  それが。 「(つばさ)!」 「駿斗(しゅんと)の!」 「ソレナニサーチ!!」  元気いっぱいにタイトルコールを告げたのは、近ごろデビューしたばかりの男性アイドルデュオ『Mal Enfant』の翼と駿斗だ。  ソレナニサーチは、現在ちまたで流行している店や商品などの紹介を行う、約十分間のミニコーナー。開始から三年が経つ名物企画なのだが、Mal Enfantの二人が担当するようになってから、人気はさらにうなぎ登りだ。 「熱帯夜続きで、ボクすっかり食欲落ちちゃった。冷たくて、腹持ちのいいスイーツが食べたいなぁ」  朝に似つかわしくない蛍光ピンクのTシャツに身を包んだ駿斗が、ションボリした顔で呟く。  顎を少しばかり下げ、上目遣いでカメラを見る駿斗。ちょっぴり拗ねたような表情が、垂れ目がちのベビーフェイスの彼をかわいらしく見せている。 「仕方ない奴だな。今日はそんな駿斗にぴったりのスイーツをご紹介!」  サラサラとした黒髪を靡かせながら、アルカイックスマイルを浮かべる翼。  童顔の駿斗とは異なり男らしい精悍さに溢れた翼は、頼りない翼を支えるお兄さん的存在だ。 「わーい! それってどんなスイーツ?」 「今、若い女子の間で大流行中の、その名も“冷やしGOHEIMOCHI”!」 「えぇっ、GOHEIMOCHIってあの五平餅!? 冷やして食べるなんて信じられない!」 「その気持ちもわからなくはない。でも百聞は一見にしかず。とにかく見に行こう!」 『Mal Enfantの二人が訪れたのは、老舗和菓子店……』  二人が和菓子店に入る様子が映し出され、そこに被さる形でナレーションの説明が進んでいく。 「……ってことはつまり、この五平餅は冷たくても食べられるってこと?」 「ご主人が研究に研究を重ねて作った、冷めても固くならない餅だからね。しかも冷やし用は一口大に丸めてあって、串から外して器に盛り付けて、上から冷やしたみたらしのタレや胡桃ダレを回しかけると……」 「あっ、白玉団子みたい! うわぁ、めっちゃかわいい!」  五平餅を頬張り、目を輝かせる駿斗。小さなことにもすぐに感動してプルプル震えているせいで、ハイトーンブロンドの天パもフワフワと揺れている。 「原料がお米だからちょっとの量でも腹持ち抜群。今の駿斗にぴったりのスイーツだろう?」 「うんうん! 食べたい! 今すぐちょうだい!!」 「ははは、せっかちだなぁ。ではお味の方はスタジオで!」  VTRが終わり、映像がスタジオに切り替わる。ここからは生放送だ。 「と言うわけで、冷やしGOHEIMOCHIをご用意しました」  眩い笑顔を浮かべた翼が、可動式のテーブルに置かれたGOHEIMOCHIを紹介する。  透明の小さな器に盛り付けられたそれは、一見するとパフェのようにも見えて、若い女性に人気というのも頷ける。  出演者がそれぞれ用意されたカップを手に取ると、まずは代表で駿斗が一口。 「うぅーん、甘ぁい! 冷たい! 美味しい!」  蕩けるような笑顔が画面いっぱいに広がる。今この瞬間、テレビに釘付けになっている女性も多いだろう。この思わず守ってあげたくなるようなかわいらしい笑顔こそが、駿斗最大の魅力なのだ。 「語彙力どこ行ったー!」という翼の突っ込みに一同から笑いが漏れる。  楽しげな朝の一コマは、きっと慌ただしいお茶の間をもほっこりさせていることだろう。  新しい五平餅の美味しさに出演者一同が舌鼓を打ち、賛辞のコメントがどんどん飛び出たところで、そろそろコーナーも終了。 「今日は令和にピッタリの新しいGOHEIMOCHIを紹介しました」  メインMCが締めの一言を受け、翼と駿斗の二人にカメラが寄る。 「翼!」 「駿斗の!」 「ソレナニサーチ!!」 「来週もお楽しみに!」  二人の笑顔が画面いっぱいに映し出されて……。 「……はい、CM入りまーす」  スタッフの声に、スタジオ内が慌ただしく動く。  可動式のテーブルが片付けられ、メインMCたちはスタッフと次のコーナーの打ち合わせをする中、翼と駿斗は「お疲れさまでしたー」と声を掛けてマネージャーの元へと急ぐ。  彼らの出番はこれで終了だ。 「翼くん、駿斗くん、お疲れさま。今日もよかったよー」 「ありがとうございます、佐々木マネージャー!」  先ほどお茶の間に見せた笑顔を、佐々木に向ける二人。  そんな彼らを慈しむような表情で見守る番組スタッフたち。  Mal Enfantは誰にでも礼儀正しく真面目だと、業界内でも大評判。二人のファンだと公言する業界人も少なくない。 「じゃあ次の現場に行こうか」 「はいっ!」  次の現場に向かうため地下駐車場へ足早に向かい、停めていた黒いミニバンに乗り込む。  運転席の後ろに取り付けられた間仕切りカーテンが閉められる。後部座席には濃いめのスモークが張られているので、外から中の様子を覗うことはできない。 「シートベルトした? そろそろ行くよ」  佐々木がそう声を掛けると。 「うっせーな。いちいち聞いてくるんじゃねぇよ」  苛立った声は駿斗のものだ。 「いいからとっとと行けって」  翼も凄みのある声で一喝し、運転席のシートを蹴る。  先ほどお茶の間に見せた姿から一転、どこのヤンキーだと問いただしたくなるほどの悪態振りだ。 「ははは、今日も気分最悪だね!」  佐々木がのほほんとした声で笑う。  彼は翼と駿斗より二十歳ほど上なのだが、年下の彼らに対して偉ぶった態度を取ったことがない。いつものんびり穏やかに、二人に接しているのだ。  佐々木が怒った姿を一度も見たことがない二人は、彼のことを影で「菩薩の佐々木」と呼んでいた。  マネージャーの佐々木がそんな柔らかな態度を取るせいだろうか。  現場で腹が立ったときなど、ついつい彼に当たり散らすのが二人の常となっている。 「ったくあの女子アナ、必要以上に体寄せて来やがって。香水が臭えんだっつーの!」 「あいつアレだろ? お前のこと狙ってんだろ。あからさますぎて引くわ」  翼がゲラゲラと笑いながら「喰っちまえよ」と唆す。 「喰いてよ! 喰えることならな!!」  フワフワの髪をバリバリ掻きむしりながら、駿斗が吠える。  彼は最近、Mal Enfantの活動が忙しすぎて欲求不満なのだ。 「おーい、駿斗くん。せっかく今売れてきてるんだから、スキャンダルは厳禁だよ。女子アナつまみ食いしたら駄目だからね?」 「わかってるわっ!!」  佐々木の声に、駿斗の苛立ちが限界を超えた。 「だったらつまみ食いできる女用意しろよ!」 「あっ、佐々木ちゃん、俺にもよろしくー」 「そうだねぇ。そういう業者もあるから依頼してもいいけど、それにはもっと売れないとだめかなぁ」 「どんだけ売れりゃあいいんだよ!」 「うーん、“Destruction”くらいかなぁ」 「ばっ、おま、Destructionつったらナンバーワンアイドルの」 「七年連続で紅白出場してる奴らじゃねーかよ!」 「日本で一番ライブチケット取りにくいって、アレだろ? ふざけんなよ、佐々木。ぜってぇ無理だっつーの!!」 「ふざけてるわけじゃないよ。向こうもプロの商売人だからね。一流の嬢を取りそろえてるから、生半可な芸能人じゃ相手にしてもらえないのさ」  と言うわけで頑張ってーと暢気に笑う佐々木に、翼と駿斗の苛立ちが膨れ上がる。 「くっそ、芸能人になったら女ハメまくり放題だと思ったのによ!」 「レッスンやら収録やらで、ヤる暇なんて全然ねぇじゃねーか」 「オッサンのヤロウ、俺らを騙しやがって!」 「あのときオッサンの口車に乗せられなきゃなぁ……」  ちょうど一年前の夏。  ド屑ヤンキーだった二人の運命を変えた悪夢の出来事を思い出し、翼と駿斗はガックリと肩を落としたのであった。

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