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第1話
いい男と言うのは自覚のある奴とない奴がいる。まあこれは真逆の男の場合にも言えるのだけど、今回はいい男の話だ。
こいつの名前は飯塚隼人(いいづか-はやと)。どうにか高校を卒業して世間に出て自分で会社を始めたはいいけれど、しょうもない奴に騙されて借金を抱えた。そのせいで一発逆転を狙ってギャンブルに足を突っ込むけれど全然改善出来ずに困り果てる。見た目は爽やか青年で戦隊物の誰かひとりと言ってもいいほどのルックスをしているのだが、いかんせん運がないと言おうか……。社会人になってからは特にそんな感じでついてない日々を送っていた。
そんな彼にも付き合ってくれる友達はいた。それは高校時代の同級生、石野誠(いしの-まこと)・25歳だ。彼も大学には行かずにすぐに働き出したのだが、隼人とは違って職場でも順調に地位を上げていっていた。彼よりも体格は良く、違う系統のかっこよさを持っていた。どちらかと言うとちょっとバタ臭い。時々「ハーフ?」などと聞かれてしまうほどだが、純粋の日本人だ。少し彫りが深いかなと言ったところだが、その顔立ちのせいでよく女には困っていないと思われているらしい。
「隼人、電話鳴ってるんじゃないか?」
「うん? あー、まあ」
「督促?」
「うん、まあ」 きっとな……。
相手も確認せずにそんな返事をする。
場所は誠のマンションのベッドの上。けだるげに裸のままうつ伏せになっているのだが、実はあんまり動きたくない。何故なら今隼人はとっても疲れているからだ。夜中の三時に彼のマンションのドアを叩き転がり込んだ。夜中に起こされた彼はすこぶる機嫌が悪くて、それを宥めるために隼人は彼の喜びそうなことを考え、するのに懸命になったのだった。
彼らの関係は学生時代からの付き合いでもあったが、互いの欲求を満たす関係でもあった。
世間的に言えば「セフレ」とか言うのかもしれないが、彼ら的にはそうとも思っていない。都合のいい時に都合のいい関係を持つが、ちゃんと相手のことも考えてるぞと言うのが理念としてあったからだ。
夜中に誠の部屋にやってきて彼のご機嫌を損ねた代償として、隼人は彼を満足させるのに必死になった。
だいたいの場合、と言うかほとんどの場合、これは変わりない。
誠が急に隼人に迷惑をかけることはないし、ご機嫌を伺うような立場になることもない。だからいつも隼人は彼のご機嫌を取り、結果的に彼の言いなりになることがしばしばだったのだ。
「俺、もう会社行くけど。帰って来るまでいるつもりなら掃除くらいしておいてくれよ?」
「……うん……」
「冷蔵庫に入ってるもので何か作って食べてもいいから。ぁ、洗濯もしておいてくれてもいいよ」
「……分かった……」
言われたことはする。でないと次からは入れてもらえないからだ。
昨日。
夜中に無理やり家に入れてもらった後、凄く不機嫌な彼の顔を見てすぐにシャワーを浴びて狭いベッドに潜り込んだ。朝方になって半分寝ているってのに代償を払った。
誠の体は隼人よりも一回りほどデカイ。だから抵抗するとしても無理があるのだ。ご奉仕はご奉仕。
眠い目を擦って彼のモノをしゃっぶて勃たせイかせてから、またしゃっぶて今度は自分の中に受け入れる。
これは自分にも多少の気持ち良さがなければそんな関係になってないし、受け入れてもいない。でも、解すのも早々に突っ込まれてヘトヘトなのが今だ。
奴は出すモノ出して清々しい気持ちで会社へと行けるのだから夜中に玄関の鍵を開けるくらいどうってことないだろう。
半分眠りながらそんなことを思うと深い眠りにつく。
外では取り立ての奴らに見つかるのを恐れてコソコソビクビク気が気でないが、ここに来たら来たで、確実に疲れることは分かっている。でもそれは体が疲れるのであって心は休まる場所なのだ。誰かに愛されてなきゃこんな暮らしはやってられないと分かっている隼人でもあった。
●
次に目が覚めた時、お天道さまは真上よりも少し傾いていた。
「あ~~、よく寝た」
かったるそうに無理やり体を起こすと伸びをしてベッドから降りる。全裸のままシャワーを浴びようと浴室に行くと薄汚れた自分の服を見つけて洗濯機に放り込む。洗剤を入れてボタンを押すと、今度は自分を洗濯するために浴室に入る。少し熱めのシャワーを浴びて頭をスッキリさせるとバスタオルで体を拭きながら考えた。
「俺、服ないじゃん。どうする……」
今洗っているのだから、まだ干してもいない。従って乾いてもいないものは着ようがないので。と言う口実を作ると、さっそく誠の下着を履いてクローゼットで服を物色し始める。
右側のクローゼットは仕事着が入っていて、左側のクローゼットは普段着が入れられている。だから左側のクローゼットから自分が着られそうなものを探しだす。それは色とか柄とかと言うよりもサイズだ。今履いている下着だってちょっとサイズが合わないから心もとない。だからせめて洋服くらいぴっちりと着たいと思ったのだが……。
「駄目だ。何をどうやってもサマにならないっ! やっぱり奴の服じゃ駄目なものは駄目だなっ」
くそっ……! と最後の最後に毒づいて、だけどそうしたって何が改善されるわけでもないので、現状どう満足するかを考えて白シャツにジーンズを選択することにした。もちろんどちらも何回か折り返しての使用だ。
きっと奴が見たら笑う。
そう思うこと確実なのだが、それならそうで奴が帰って来る前に帰ってしまえばいいじゃないかと結論づける。
「よしっ、そうとなったら」
早く洗濯終わらないかな……と洗面所に行ってみたりしたのだが、そんなに簡単に洗濯が終わるはずもない。そもそも自分の起きる時間が遅いのをもっと自覚してもらいたい。太陽が傾きだした頃になってから洗濯物を干してもすぐには乾かないだろう。かといって乾燥機はない。とにかく終了のブザーが鳴ったら即干そう。
「それまでは……」と考えて初めて何も食べてないのに気づいた。
「ぁ…………」
思った途端にグーッと腹が鳴る。隼人は冷蔵庫に向かうと中身を物色しだした。もう中身が隼人の家とは全然違っている充実具合だ。
「ブルジョアめっ」
食えるだけ食ってやるっ!
そんなことを思いながら取り出したのは、高級そうな巨峰一房と切られてないハムの塊。それにドアのところにあった高いシールの張られた卵だった。
ハムを分厚く着るとフライパンで焼きながら近くにあったフランスパンを何切れかに切る。
焼けたハムをそれに挟んで皿に載せると空になったフライパンで目玉焼きを作りながら巨峰を房ごと軽く水洗いする。そしてまた冷蔵庫を開けると牛乳を取り出してコップに注いだ。
「ったく、ここん家ってさ、たいていの物揃ってるよな」
男の一人暮らしだとは思えないほどの充実ぶりは、ただ単に誠の職業と性格から来るものだと思えた。不動産の営業で面倒見のいい性格だから、よく大家さんに物をちょうだいする。ついでにウチの娘を……と嫁の話まで言われるみたいだが、それはうまくかわしているらしい。
前に聞いたことがある。
『なに、女に興味ないの?』
『別に。普通にあるよ?』
『じゃあ何で結婚しないんだよ』
『してもいいのかよ』
『ぅ…………』
『ほらな。俺が結婚なんてしたら、お前が困るだろ?』
ニカッと笑って言われると返事に困る。誠は自分の職業を活かして転々と住まいを変えているので、余計にいい隠れ蓑になる。だから凄く重宝してるのだが、唯一の自分の弱点かもしれないと最近思うようになっていた。
贅沢な食事をして食器を片付ける頃には洗濯終了のブザーが鳴った。
「よしよし。ちょうどいいぞ」
そそくさと洗濯を干してテレビを観ていると、あっという間に夕暮れになってしまった。
仕方ないので洗濯物を入れたのだが、全然乾いてなんていなくって、ちょっぴりショックを受ける。それでも今度は中で干そうとハンガーの引っかかるところを探してると玄関のドアが開いて誠が帰ってきた。
「あれっ……。なんか早くない?」
「何やってんだ?」
「洗濯乾かなかった。だからどっかに引っ掛けて……」
「浴室が乾燥室だけど?」
「ぇ、あ、そうなの?」
「ボタンいっぱいあっただろ?」
「あーーー」
言われてみればそんな気もする。
「それに天井近くに金属バーもあったと思うけど」
「あーーあったわーーー」
「ならそっちに掛けて乾燥ボタン押してくれば? すぐ乾くよ」
「そうする……」
なんか凄い失敗をした気分になる。隼人は半乾きの自分の服を浴室の金属バーに引っ掛けると近くのボタンをピッと押してドアを締めた。
「で、何でこんなに早いんだよ。いつももっと遅いじゃん」
「うん。今日は接待あったんだけど、後日になったから直帰してきた」
私服に着替えながら誠が言う。そして浴室から戻ってきた隼人の姿を見てクスッと笑ったのだった。
「んだよっ!」
「お前その格好…………」
「あっ! 馬鹿にしたなっ?! やっぱ馬鹿にされたっ。だから早く帰りたかったのにっ……!」
「え、何? もしかして俺が帰って来る前に服洗ってちゃっかり帰ろうとか思ってた?」
「ま……まぁ…………」
「それはショック。てか、掃除してないよな?」
「あ、あーーーごめん。忘れてた」
「うーーん」
これはどうしたもんかな……と言う顔つきで腕組みをされると立場は弱い。
「ゴメンって。ホント忘れてたんだってば」
「うーーーん」
「だからゴメンって」
「うーーん」
「だから何?」
ちょっと怖い顔で見られると思わず萎縮してしまう。体の大きさの違いと言うのはそんなものなんだと、こういう時は特に思う。
誠は隼人に近づくとその体を服の上から値踏するように触ってきた。
「あ、俺のパンツ」
「全部洗濯したんだから仕方ないだろ」
「でもこのままじゃな……」
ボソッと言ってから「またにするか……」と付け加えた。
「ぇ、何? 何何?」
何かおいしそうな匂いがする。野生の勘と言うのは察知が早い。隼人は彼がどこかに何かを食べに連れて行ってくれるつもりだったのではないかと目を輝かせて詰め寄った。だがさっきの言葉は翻ることはなかった。
「服乾く! すぐ乾くってお前言ったよなっ?」
「言ったけど。もうその気がなくなったから駄目」
「…………ちぇっ」
「その代わり、ピザ頼んでもいいぞ」
「ほんとにっ?!」
「ああ。ほらメニュー。今なら一枚頼むと二枚くれるキャンペーン中だぞ」
「うぉぉ!」
何にしようかなっ。
手渡されたピザ屋のメニュー表を見ながら色々色々考える。その間に誠は冷蔵庫からビールを取り出すと勝手にひとりで飲み始めていた。
「あっ!」
「ん?」
「あれ……? ビールなんてあったっけ?」
「あったよ?」
「どこに?」
「野菜室に」
「野菜室…………」
そこまでは見てなかった……。
迂闊だった……とちょっと悔しげな顔をした隼人は「俺も俺も!」と欲しいアピールをした。
「ピザ選んでからな。お前電話しろよ」
「分かった!」
黙々と選んでいるとビール片手に近寄ってきた誠がメニュー表を覗きこんでくる。
「ベスト3までのを一種頼むと新製品がもらえる。ただし1サイズ下のな」
「ふーん。じゃあ三種載せのコレのL一枚と新製品のデザート系M」
「ポテトと唐揚げも頼んでいいぞ」
「うんっ。飲み物は……」
「ビールがあるから。サービスでくれるって言えばもらう」
「だな」
頼むものが決まると電話してやっとビールにありつける。ソファに座る誠を横目にダッシュで冷蔵庫まで走るとビール片手に戻ってくる。
「お前…………。ビール変えて来い」
「え、何で?」
「振ってんじゃん」
「あ……」
走るついでに手を動かしてたようで、そのまま缶を開けたら見るも無残なことになっていた。ちょっと間が抜けているところがある隼人だが、そこは短所だとは全然思っていない。「ごめん……」と謝ると冷蔵庫に戻って違うビールを今度は走らずに持ってきた。ポンポンッとソファの横の位置に座るように催促されると走らずにチョコンとそこに座る。今度は絶対に大丈夫なはずなのに、さっき指摘されたのが効いているのだろうか。隼人はビールを開けるのに慎重になってしまった。
「今度は振ってないんだろ?」
「ああ」
「なら大丈夫だろ」
「大丈夫なはずだ」
言いながらプシュッとプルトップを引くと何事も起こらなかった。それを見て初めて安心したような顔になって缶を傾ける。
「旨っ!」
「大げさ」
「いや、久しぶりだから旨いよっ、ほんと」
グビグビとビールを煽るとすぐに一本飲み干してしまった。
「もう一本いい?」
「駄目。ピザが来てから」
「じゃあお前のくれよ」
「俺のは俺のだろ。水でも飲んどけば?」
はははっと笑いながら言われるとちょっとばかりムカつく。
「欲しい欲しい欲しい。もっとビール欲しいっ!」
「子供かよ」
ふふん……と見せつけられるように缶を傾けられると、今度は手を合わせてお願いポーズをする。
「お願いっ」
「…………そこまでへつらうか…………。ぁ、なら口移し」
「ぇ、生温になるじゃん…………」
「ぇ、そこ? 普通嫌とか言うんじゃないのか?」
「俺とお前の仲でそれはない」
「あーー、まあな。なら口移し」
「うん」
別にそこまでしてビールが欲しかったわけじゃない。ただちょっと戯れたかっただけと言おうか……。それを誠も知っているので、駄目とは言わずに付き合ってくれる。誠がビールを口に含むと隼人が唇を重ねていく。
「んっ……」
唇と唇が重なると誠が手にしていたビールをテーブルに置いて隼人に覆いかぶさった。ソファの上で隼人が下になり誠が上になって重なりあう。少し口を開くだけで誠の口にあったビールが隼人の口に流れ込んできた。
「んっ……んんん…………」
ビールをゴクリと飲み込むと彼の舌が入ってきて股ぐらにも脚が割りいられる。サワサワと髪の毛を触られながら顔の角度を変えて相手の首に腕を伸ばすと引き寄せる。
「ふっ……ん…………」
「もっとする?」
「ん…………ぁ……っと…………。したいけどしない。ピザ来るもん」
「じゃ、ピザの後でな」
「ピザ美味かったらな」
「…………ま、いいけど」
絶対不味いはずはないのに、こうでも言わなければ場が持たないっ。隼人はその場の雰囲気に流されそうになっている自分に気づいて口を拭った。それを笑顔で見つめながらテーブルのビールを手に取った誠はテレビのスイッチを入れたのだった。
「酔った?」
「酔ってないっ」
「ふーん。いいけど、もうすぐピザ来るからチャイム鳴ったら対応しろよ?」
「分かってるっ」
ちょっとばかり顔が赤いのはビールのせいだと言い聞かせる。
誠のキスに浮かれてしまいました……とは口が裂けても言ってはいけない。隼人はそんなことを思いながら何度も口を拭うとインターホンが鳴るのを待っていた。
この部屋へ来たのは今回で二度目になる。大きく言えばワンルームなのだが、そのワンルーム具合が普通の物件とは違っていた。
玄関から入るとフロアはフラットで、左側に水回りが固まっていて最終でリビングの壁側にキッチンがある。大きく取られた掃き出し窓の一枚がキッチンに、二枚がリビング用に作られていて部屋の広さを感じる。そしてパーテーションで仕切られた一番奥のスペースは寝室があり、縦に細長の窓がふたつほど。奥の壁は大きなクローゼットが二枚あり、普通のワンルームとはとても言えないが、とりあえずここもワンルームと言うらしい。
職業柄なのか、いくらいい物件でも次の年には変わってしまうので、誠はあまりたくさんの荷物を持たない。買ってもいつも一定量にしておくために古いものを処分する。そんな暮らしをしているらしかった。それに比べて隼人と言えば、そんなことをする余裕もないくらいいつも切羽詰まっている。洋服も飽きるまで着るし、髪の毛も頓着ない。
「はい。どうぞ」
「ビール、新しいの持って来て。ついでに果物も。巨峰があっただろ?」
「ぁ、食べちゃった」
「全部?」
「全部」
「一房?」
「うん。一房」
「なんて卑しい」
「悪かったなっ」
「いいよ。お前のために取っておいたんだから」
「優しいじゃん」
「優しいだろ?」
したり顔で見つめられて、こっちのほうが恥ずかしくなる。隼人は「そんなことよりっ」と言葉を出すとピザの箱に手をのばすと「開けていい?」と催促した。
「いいよ、どれから食べても」
「俺ピザ。おっきいのっ!」
「俺は……ポテトかな」
散々食い散らかして腹を満たしたふたりはビールをやめてジュースに切り替えていた。
「隼人。明日の予定は?」
「あーーっと、明日は午後から他人の披露宴に従兄弟役で出席かな」
「何だそれ」
「従兄弟役のバイトだよ。人数合わせなのか、見栄なのか。なんか分かんないけど……。俺、ただのバイトだから、言われた通りにするだけ」
「随分面白いバイトだな」
「まあな。でも入りはいいから」
「そんなのよくあるのか?」
「案外あるよ。明日は従兄弟だけど、前は兄貴役だった」
「服はどうするんだよ」
「レンタル」
「それ、自腹か?」
「まさか。あっち持ちに決まってんじゃん。金稼ぎに行くのに金払うとか、俺嫌だし」
「だな」
「だろ?」
ガツガツと残りのピザを頬張りながら誠を見てニコッと笑う。誠はそんな隼人に唐揚げを差し出してきたのだった。
「食え」
「おぅ」
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