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小さなすれ違い⑦/蓮二の後悔
深い意味はない──
慎太郎は俺のことを心配してそう言ってくれているのは重々承知だ。変に意識する方がおかしい。そもそも男の俺を部屋に泊めるくらい、ゲイではない慎太郎にとってはどうってことないはずだ。ましてや智の言うような「下心」だってあるはずがない。
「滝島さん? どうします? てか来るでしょ? 早く行きましょ」
慎太郎はそう言うと一人ですたすたと歩き出す。どの道、今夜は俺はあの部屋に戻る気はない……
俺は人付き合いが苦手だ。
仕事で人と接するのは、それが「仕事」だと割り切っているから苦手意識はない。こういう話し方、教え方、表情をすれば生徒も保護者も気を許し、気持ちよく勉強に向かってくれるとわかっているから。職場の人間に対してもそれは同じ。だから「いい先生」を演じ、極端にいえば「別人」になることができる。
気を許してない人間に自分の素を見せることが苦手。こうやって慎太郎と仕事以外で酒を飲み、多少なりともプライベートを晒してしまった俺は、やっぱりいつもと違ってどうかしているんだと思う。
駅の側にはビジネスホテルもネットカフェも、朝までやっている喫茶店だってある。初めからそのつもりで出てきたんだ。これ以上慎太郎に迷惑をかけるわけにもいかないし、何よりこれ以上自分のみっともない姿を晒すのは嫌だった。
「あ……俺は大丈夫だから。ちゃんと帰るし。慎太郎ありがとな」
「え? 来ないんすか? うちは大丈夫っすよ? 遠慮しないで……」
「いや、遠慮じゃなくて。大丈夫だからさ。また明日な」
遠慮するなと言う慎太郎の言葉を遮り、俺は来た道を戻り始める。慎太郎も俺を誘うのを諦めたのか、「じゃあまた明日」と言いながら帰っていった。
冷静に考えて、今の俺を智が見たらどう思う? 下心がないと分かっていても、絶対にいい気はしない。怒らせるどころか酷く傷付けてしまうのは明白だ。だから慎太郎の家に行くのはダメだと思った。
そう、それでいいんだ。
慎太郎にこれ以上みっともない姿を見せたくない小さなプライドと、そんなことよりも智を傷つけたくないという思い。俺はスマートフォン片手にひとりネットカフェに向かった。
「案外寛げるんだな……」
広さはないものの、防音でしっかりとした個室。部屋に入った俺は飲み物を購入し、これといってやることもないのでひと眠りしようと横になる。瞼を閉じるとじんわりと泣きそうになり、慌てて目元を手で覆った。
結局眠ることもできず、横になったままボーッと天井を見つめる。
智は流石にもう家に帰ってるはず。あの女と何を話すのだろう。俺がいないことに気がつくかな? あれ? 智の顔、俺は何日見ていなかったっけ?
そういえば智の弁当、しばらく食べてないな…… あぁ腹減ってきた。智の作る弁当、味もさることながら量も丁度いいんだよな。同棲始めた時から晩飯や朝食もよく作ってくれたっけ。智はがさつでいい加減なところが目立つけど、俺と違って家事全般そつなくこなすんだよな。見た目に反してとても器用なんだ。
そっか。俺、智がいて当たり前、何もできない俺だから、やってもらって当たり前だって思ってたかもな。だから智の行為に甘えて自覚なしに我が儘に振る舞ってしまったんだ。
やっぱり愛想尽かされて当然じゃんか。あぁ、何やってんだろうな俺。凄い好きなのにな……
考えれば考えるほど自分がダメな人間なんだと自覚する。でも、こんなところで男ひとりメソメソと泣いていてもしょうがない。これからどうしようかと考えていたら、机に置いてあった携帯がブルルと着信を伝えた。
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