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#2

そういえば。 思い当たる節はいくつかある。 保育園に通ってた頃、僕がほっぺに「ちゅー」をした先生は決まって寿退職をしていったし。 初めて付き合った彼女と初エッチをした後、その彼女がやたらめったら強運になり、町内会の福引きでハワイ旅行が当たったりしていた。 飼い猫のハチにはしょっちゅうキスをしていたけど、所詮猫のラッキー加減はわからないから。 たまに死んだ祖母が、「当麻は余計お人好しなとこがありよるし。なんでもかんでも引きつけるけぇ、気を付けんばいかんよぉ」と言ってたのは、きっと僕の特異体質が分かって言った事ではないはずだし。 でもさぁ、そんなの単なる偶然でしょ? 僕が〝あげまん体質〟なワケないよ。 と、いうか。 いまだに信じられないんだ。 散々、喘いでよがった泉とのセックスもひと段落し。 僕は泉に腕枕をされながら、色々話した。 ひとまず、自己紹介的なこととか。 最終的には、例にももれず特異体質のことまで。 泉………。 黒田泉は僕より一つ上の大学生で、公認会計士を目指しているらしい。 ただ、僕が知っている泉のことは、ここまで。 あとは、不明。 なんにも、わからない。 僕のことをなんでも理解しているのに、僕は泉のことがこれっぽっちも理解できずに。 釈然としないまま、人ん家のベッドで思いを巡らすこと小一時間。  爆睡している泉に腕枕をしてもらったまま、睨むように僕は白い天井を見上げていた。 「俺は、当麻くんのようなあげまん体質じゃないんだよ。似てるんだけどねぇ。〝似て非なる〟ってとこかな?まぁ、そのうち分かるよ、俺の体質」とか、なんとか言って。 結局、勿体ぶって教えてくれなかったんだよ、コイツは。 〝似て非なる〟体質って、何だよ。 全然分かんね………。 泉、曰く。 欲深い人や念が強い人は、僕のようなあげまん体質を見分ける能力が、いきなり備わるらしい。 今すごく欲しい物がある、とか。 今とても叶えたい夢がある、とか。 そういった人達は、あげまん体質の人を嗅ぎつけて交わることで、一刻も早く願いを叶えるんだ。 交わるって、所謂、セックスのことだろ? それってさ、僕のようなあげまん体質の人には、限りなく不幸なことなんじゃないのだろうか? 好きでもない人に、言い寄られてセックスして、赤の他人の夢を叶えてあげるとかさ。 ………でも。 泉とのソレは、全然良かった………。 ヤローとのセックスなんて生まれて初めてだったけど………そういう雰囲気に流されちゃったことは否めないけど。 ………全然、嫌じゃなかった。 僕と泉の〝似て非なる〟体質がそうさせてるのかは分からないけど。 出会って24時間も経過していない相手と、こんなことになるなんて思いも寄らなかったけど。 近くにいて、イヤじゃない………おかしい思考かもしれないけど。 泉のことがイヤじゃないんだよ、僕。 「これ、あげる」 激しいセックスの余波で、深い眠りから覚めた泉はサイドボードの引き出しからカラフルな糸のようなものを取り出すと、器用に僕の足首にそれを巻いて結んだ。 「これ何?」 「ミサンガ」 「それは知ってるよ。田舎者の僕でも分かる」 「お守りっつーか、〝あげまんに群がるゾンビ避け〟かな?」 「はぁ?」 「俺の念がこもってるからね。しばらくは痴漢にも合わないよ」 「………泉、そんなことできるの?」 「天才、ですから!」 「…………」 馬鹿馬鹿しい、そんなの全然面白くないのに。 「あははは!何、それ?!」 妙にツボにはまって、笑いが止まらなくなってしまった。 こんなに腹の底から笑ったのって、どれぐらいぶりかな………。 都会なんてイヤだなぁ、って思っていたんだよ、ずっと。 痴漢には合うし、変態には襲われるし………田舎に帰りたいって。 そんな気持ちじゃ笑えって言っても笑えないし、いつの間にか、僕は楽しいことも感じなくなって。 嬉しいことも忘れてしまって。 都会の暮らしが、キツいだけのものになってしまっていたんだ。 ………だけど、今。 僕は、初めて………都会の真ん中で、笑ってる。 「当麻くん………」 「………何?」 「笑いながら、泣かないでよ」 「………泣いてないよ」 「………ダメだなぁ、俺」 「何?」 「当麻くんの笑顔と、泣き顔。………めっちゃ、そそるんだけど」 腕枕をしていた泉が体を起こして、僕を上から見つめる。 真っ直ぐで、綺麗で………それでいて、毒をふくんだような眼差しに、僕はクラクラしたんだ。 泉の顔が僕に近づいて、覆いかぶさるように僕に体重をかけると、僕の唇にキスをした。 「んっ……はぁ、んっ………気持ちぃ」 「俺も」 僕の後ろはまた濡れてきて、泉が何もせずとも、僕の中は簡単に泉を受け入れる。 「んゃ、あ、………いず……らめぇ」 「ダメじゃない、でしょ?いい、でしょ?」 上の口が重なって、下も中で交わって。 初対面なのに、長い間共に時間を共有したかのように………僕は泉の全てが心地よくて。 僕らの、第二ラウンドが始まってしまった。 「…………」 満員電車は、僕の恐怖でしかなかったのに。 ここんところ全く。 痴漢及び痴女にあわない。 あまりのことに、思わずキョロキョロ見回してしまった。 心当たりといえば、僕の左足首に巻きついているミサンガのみ。 白と青と紫の、シンプルで華奢なミサンガは、泉の言葉どおり、お守りとしての威力を遺憾なく発揮していた。 ………すげぇな、今までのことがウソみたいだよ。 あんなに悩んで、あんなに気持ちが悪かったのに………快適だ、快適すぎるっ!! なんだよ!!都会って快適じゃないかっ!! 感無量………。 ようやく、普通のカレッジライフが送れる。 ようやく、バイトもできる。 嬉しいーっ!! 「嬉しそうだね、君」 感激のあまり拳を握りしめて、喜びを噛みしめる僕の耳元で囁くような声がした。 ………ゾワッと。 あの、痴漢にあっていた時のような感覚が蘇る。 「……!!」 「君、ボクの講義受けてる子だよね?」 「………あ、はい」 ビックリ、した。 恐らく、睨みをきかせて振り返ったであろう僕の目の前に、よく知っている顔があったから。 人間文化の講義の、やたらめったら無駄にイケメンで、声も良くって。 そして、漏れなく女のコにモテまくっている高津先生だよ………。 「佐々木、当麻くんだよね?」 「………は、はい」 「君のこの間のレポート、良かったよ。興味深かったな、〝市民ランナーと手作り弁当の関係性〟」 「…………ありがとう、ございます」 「佐々木君、引っ込み思案っぽい感じだから、あんなレポート書くなんて思わなかったよ」 高津先生は僕のことを、少し、いやだいぶ、誤解している。 引っ込み思案なんかじゃなくて、単なる非リアだということを。 「彼女の家」に来る常連さんがまたまた市民ランナーで、体調管理を兼ねて手作り弁当にこりまくってるってだけのことを。 高津先生は、ベタ褒めしてるけど。 僕のレポートなんか、薄っぺらい内容のレポートなんだよなぁ。 その時ー。 ーガタンッ! 線路のポイントに電車が揺れて、僕の体は大きく後ろに傾いた。 支えるものを手にしていなかった僕の体はそのまま後ろに流される。 「おっと。大丈夫?」 床に尻餅をつくと覚悟した瞬間、僕は高津先生に抱えられるようにして支えられいたんだ。 「す、すみませんっ!!先生こそ、大丈夫ですか?」 「ボクは全然平気。それより………」 先生は僕の耳たぶに息がかかる距離で、僕に囁いたんだ。 「あげまんの匂いがしないと思ったら。おまじないをかけられてるんだね、佐々木君」 「………の、言え…………回まで」 頭に、何も入ってこない。 というか、耳すら言葉を拾わない。 朝の、電車の中の、アレ。 〝あげまんの匂いがしないと思ったら。おまじないをかけられてるんだね、佐々木君〟って言った高津先生の声質から口調までが、僕の脳内でエンドレスで再生されてしまって………。 考えても無駄だとはわかっていても、心臓が無駄に大きく音をたてているから、気もそぞろで授業に集中できないんだ。 だって、今までこんなことなかったもん。 僕自身が無自覚無意識だからかもしれないけどさ、面と向かって「おまえ〝あげまん〟なんだろ?!ヤらせろ!」なんてハレンチなこと、言われたこともなかったから。 特段ハレンチでもない高津先生のあの一言が。 顎にストレートパンチがクリーンヒットして、脳が揺れたみたいに衝撃すぎて。 頭が真っ白になってしまったんだ。 ………あーっ!分かんね! 授業中にも関わらず、僕はいてもたってもいられず、泉にメッセージを送った。 『〝おまえ、あげまんだろ〟って言われた時、どう対処したらいいわけ?』 「災難だったね、当麻くん」 「彼女の家」のいつものテーブル席で、僕と向かい合わせに座った泉が、眉を下げて困ったように言った。 テーブルの上には、鮮やかな赤いケチャップがかかったオムライスが2つ。 日中悶々と過ごして昼飯を食べ損ねた僕は、がっつくようにオムライスを口に運ぶ。 おばあちゃんが見てたら、きっと「当麻!はしたねぇことすんじゃなかよぉ」って怒られているはずだ。 「災難ってもんじゃないよ!泉がつけてくれたお守りまで見破ったんだ!高津先生はタダ者じゃない!!」 「うーん、気になるよね。………ひょっとしたら、その先生も俺らと似たような体質なのかも」 「はぁ?」 「俺が作ったお守りまで分かっちゃうなんて、結構すごい人かもよ?」 「すごいって、どうすごいわけ?」 「例えば、当麻くんはあげまんの最たる存在なんだ。 その威力が凄まじいから、なんでもかんでもひきつける。 反対に〝さげまん〟なんてのもあってね。 一緒にいると運気がダダ下がりする人のことなんだけど、その力が強力すぎると相手の僅かな幸運をも吸い取ってしまうんだよ」 「何それ。めちゃめちゃ怖いじゃん、それ」 「その高津って先生が、あげまん体質なのかさげまん体質なのか分からないけど、ちょっと注意した方がいいかもね」 「注意も何も。高津先生の授業聞いてなきゃ、単位取れないんだけど」 理不尽、だよな。 あげまんだかさげまんだか知らないけどさ、なんか弱みを握られてるというか。 もし高津先生が、僕のあげまん体質を知っていて、どうしても叶えたい夢があった時、〝おい、あげまん。足開けよ。じゃなきゃ、単位やんねぇぞ?あっ?〟みたいな? でも、待てよ? 高津先生もあげまん体質なら、僕の身に起こっている理不尽さを分かってくれるかもしれないんじゃないか? 「ねぇ、泉」 「何?」 「泉は〝さげまん〟なの?」 「秘密」 「いい加減教えてよ」 「〝なんでも知ってる〟仲より、〝少しだけ秘密がある〟仲の方が、ミステリーでいいでしょ?」 「はぁ?」 「それを自分で見つけるもよし。徐々に種明かしをするのもよし。俺と当麻くんの関係は、そういう方が余計に燃え上がるんじゃないかな?」 「………」 「どう?そう、思わない?」 どう?………じゃない。 そう、思わない………じゃない。 でも、泉に全てに惹かれて、泉の冷たい指先から伝わる優しさに触れて。 それが中毒みたいになって、最後までヤッちゃってる僕には、その言葉が魔法のように心に響いて、頭を縦にふるしかなかったんだ。 「……ん、んぁっ、や………そこ、ダメ」 の、流れから。 「夜道はやっぱり危ない」とかなんとか、こじつけた理由を振りかざして、泉と僕は「彼女の家」から直で僕ん家に来て、ほぼほぼ半同棲という状態に突入して。 ほぼほぼ毎日、セックスをする。 そして、ほぼほぼ毎日、喘がされてよがって、とんじゃうくらい激しく絡み合う。 「そんなこと、ないでしょ?」 そう言ってバックの体制の僕の腰を高く持ち上げて、泉は僕の奥まで激しく突きまくる。 僕の中がキュッと、締まって。 泉の熱を逃さないように、離さないように。 そうだ。 僕は泉と離れたくない、泉を離したくないんだ。 「中、出して……いい?」 「や、………や、ぁ」 「俺の痕跡を、当麻くんの中に残してあげる。当麻くんは俺のだって。その先生が当麻くんに近づけないように。俺のを中に注いで………あげる」 「やめ………泉………深、すぎ……る」 その瞬間。 僕の中が、一気に熱を帯びた。 その熱は僕の中心から全身に広がり、隅々まで伝わって、体の力が抜けてしまったんだ。 僕のグズグズに溶けちゃってる蜜と、泉の毒を含んだような蜂の針が合わさって、混じり合って。 ……あぁ………気持ち、いぃ………。 なんか、泉が何者なのかって………どうでもよくなってくるんだ。 「今日はまた………一段と魔除が強いね、佐々木君」 「………なんで、分かるんですか?高津先生」 わざわざ。 なんで僕の目の前に座るかな、高津先生は。 学食は広いんですよ? 空いてる席なんて山ほどあるじゃないですか? なんでそういうことをど直球に言ってくるんだ、この人は。 ほら、見ろ。 女子一同の邪推した目を。 〝薄ボケたアイツは、なんで高津先生とメシ食ってんだよ〟っていう視線が、僕に無数に突き刺さってることがわからないのか。 「さぁ、なんででしょう?」 「先生もそういう体質なんですか?」 「うん、まぁ。ボクはね、さげまん体質なんだよね」 …………ぎゃ、逆かぁ。 交わった人の幸運を吸い取っちゃうっていう、あっちの方かぁ。 「だから、ボクは君が欲しいんだよね」 「………何を言ってるんですか?」 「君は幸運をもたらす〝あげまん〟でしょ?君の幸運は枯れない泉なんだよ」 「………よくわからない、んですけど?」 高津先生は、その無駄にイケメンな顔に、笑みをたたえていったんだ。 「ボクは人の幸運を体内に入れて生きている。 定期的に誰かとセックスしなきゃ、ボクは生きていけないんだよ。 普通の人じゃ、ボクを満たさない。 普通のコじゃ、役に立たないんだよ。 君みたいに極端にあげまん体質に偏った子じゃなきゃ。 ボクは満たされないんだよ」 …………真昼間の学食で。 イケメンが平然とした顔で、放送禁止用語を口にする状況に、僕のノミの心臓は耐えきれなくなってしまった。 と、いうより。 話がぶっ飛びすぎてて、一緒の空間にいるのがいたたまれなくなったんだ。 「あ、あの!僕、そんな大それたのじゃないんで!!ほかあたってくださいっ!!」 かけうどんも全部ちゃんと食べられないまま、僕はなるべく小声で高津先生に言って席を立った。 「その人は、どうなの?」 「え?」 「佐々木君におまじないをかけて、佐々木君の中にマーキングするその人は、一体何者なの?」 「…………それは」 「知らない、とか?」 「…………そのうち、わかりますから」 高津先生は、おぼんをもつ僕の手を掴むと微笑んで、僕の耳たぶに息がかかる距離に近づいて、僕に囁いたんだ。 「本当にいいの?その人、ボクと同じ〝さげまん〟だったら?その人は本当にいい人なの?信用できる、いい人なの?」 「………い、いい人です!!僕を……助けてくれたし」 「佐々木君、それが正しいの?本当に、その人がいい人って言い切れる?」 その高津先生の一言は、今の僕の支えを根底からひっくり返すような一言で。 泉が好きなのに。 泉に惹かれて、離れられないのに。 高津先生が僕にぶつけた泉の疑問に、何一つ反論することはおろか、泉に対する疑念がふつふつと湧き上がってきてしまったんだ。

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