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#3
「!?」
気がついたら、高津先生の研究室にいた。
どうやって来たのかも、なんで来たのかも定かじゃない。
喉が妙に渇いて、差し出された温いコーヒーを一気飲みした以外は、自分の体が自分のじゃないみたいにグラグラして。
焦る僕を尻目に、目の前にいる高津先生は嬉々とした表情で空になった紙コップを片付けていた。
………なんか、暗示にでもかかったかのような。
そんなフワフワした感じがして、ろくすっぽ思考も巡らない。
………嫌な、予感しかない。
あんなに惹かれていた泉に対して、僕の心の中に小さな疑念が生じた。
その不安定な部分に、高津先生がうまく入り込んで、今こうして高津先生の研究室にまんまと連れ込まれてしまったんだ。
多分………この状況。
高津先生がすることといったら、あれしかないよなぁ。
………ヤバい。のに、逃げられない。
金縛りにあったみたいに体が動かないし、逃げようという強い意志が湧かない。
な………なんでぇ?!
しっかりしろよ、僕!
このままじゃ大学卒業まで、いや、人生終了の日まで、ずっと高津先生に喰われちゃうんだぞっ!?
「だいぶ、薬も回って来たみたいだね」
く、くすり?!
ひょっとして、さっきのコーヒーか?!
「………それじゃ、ゆっくりいただこうかな?」
高津先生の目が鋭く、赤く、輝いた気がした。
………蛇、みたい。
僕の体にゆっくり蛇が巻きついて、徐々に体の機能を封じて行くかのように。
椅子に座った僕は、身動きが取れないまま、高津先生によってもたらされる感覚に必死に耐えていた。
胸を這う舌先も。
僕を愛撫する手つきも。
泉のソレとは、全く違って………。
正直、気持ち悪い。
やめてほしいのに、抵抗する声すら発することができないんだ。
「そろそろ、中の具合もいいんじゃないかな?………楽しみだなぁ。ボク、あげまんの子とスるの初めてだから」
高津先生の骨張った手が、僕のズボンのチャックをさげて、パンツの中に忍び寄る。
………や、やだ。
やだ!!
このまま、だと………中、入っちゃうよ!!
バチッ!!
雷、か。
落雷したかと思うくらいの鋭い音と光が耳をつん裂き、強い衝撃が体を宙に浮かせた。
「ぎゃっ!!」
光によってその姿は見えないけど、高津先生の叫び声が聞こえて、僕の下半身から先生の手の感覚が消える。
宙に浮いた僕の体は、僕の下半身で起こった落雷のような爆風にふっとんで、次の瞬間には硬い壁に頭と背中をぶつけてしまった。
「……ってぇ……!!」
な、なんだよ。
なんで、僕のケツが爆発すんだよぉ……。
毎日、ほぼほぼ毎日、泉にホラれてんだ………。
ただでさえ無事じゃないはずなのに、これ以上どうにかなってしまったら………。
僕は一体、どうなっちゃうんだよーっ!
体を起こして、後ろを見ようにも上手く見ることができない僕は、ままならない動作ではだけた服を整えて、軋むように痛みが走る体で立ち上がった。
「………え?………えぇ?」
あれだけの、激しい落雷のような爆発だったにも関わらず、高津先生の研究室は何事もなかったかのように綺麗で。
本やプリントの位置までそのまんまで。
そのかわりと言ってはなんだけど、高津先生の変わり果てた姿に、僕はバカみたいに「え?」とか言う単語しか出てこなかったんだ。
小さく、呻き声は上がってるから………多分、生きてる。
でも、あの無駄にイケメンな高津先生は「どこ?!」ってくらい………波打つ栗毛の髪は白髪混じりの、よく言ってロマンスグレーになってるし。
女子を魅了してやまなかったあの整った顔立ちは、前歯が欠けてマヌケな顔で横たわってて。
魔法がとけたみたいになってる。
ほら、あれだよあれ。
絶世の美女に変身した、悪い魔女の魔法が解けた直後だよ!
そんな高津先生の姿を見て、背筋がヒヤーッと冷たくなって…………本能的に、逃げようと思ったんだ。
鍵の開け方を初めて習った子どもみたいに、大袈裟に鍵をガチャガチャ回して、僕は転がるように高津先生の研究室を飛び出す。
走って、走って。
走りながら、スマホを取り出して、上下に視点が定まらない状態で、通話ボタンを押下した。
『もしもし?当麻くん?どうしたの?』
目の前でとんでもないことが起きて切羽詰まった僕とは裏腹に、相変わらず優しい口調の穏やかな泉に、僕の頭のネジがポンと吹っ飛んだんだ。
「……てめぇっ!!おまえの精子は電流でも仕込んでんのか!!泉の〝電気精子〟のせいで大変なことになったじゃねぇかっ!!」
………シ……ン。
急に周りが静かになって、ふと僕は我に返った。男女問わず、大学のエントランスにいた学生が一斉に僕に視線を向ける。
………あ、やべっ。
思わず、スマホを耳から離して、自分でもわかるくらいの変な笑顔を浮かべてしまった。
『当麻くん?何?どうしたの?〝電気精子〟って何?当麻くーん』
スマホから微かに聞こえる泉の声が、エントランスにこだまして………。
僕は、さらにいたたまれない気持ちになったんだ。
「………ふふふ、ふふ」
「………ちょっと」
「………ふはっ……はははは」
「いつまで笑ってんだよ!泉!」
「だっ……だって………〝電気精子〟って……はははは」
「!!」
「〝電気うなぎ〟じゃないんだからさぁ!あははははっ!!」
「ああ、もう!笑いすぎなんだよ!!」
よっぽど、僕が発した〝電気精子〟がツボにハマったのか。
「彼女の家」のいつものテーブル席で、泉が腹を抱えて笑っている。
たまに引き笑いみたいになって………そのうち、呼吸困難になるんじゃないだろうか。
僕だってだな、わざと言ったわけじゃないんだよ。
ケツが爆発して、目の前に起こった光景に興奮して、切羽詰まって。
つい口から出たのが、〝電気精子〟だったんだよ!!
そんなに笑うことないじゃないか!!
だいたい、泉が「僕に近づかないように」って中出ししたのが悪いんじゃないかっ!!
「おい、泉!バカみたいに笑ってる暇があったら、ちょっとは手伝え!」
カウンターの向こう側からマスターが怪訝な表情で泉に言った。
「うぃ〜」
泉はニヤケながら席を立つと、2人分のトルコライスを運んできた。
「ごめんね、当麻くん。これ、俺の奢り」
「え?」
「ビックリしたでしょ?俺もビックリしてんだよ。まさか本当に〝さげまん〟が釣れるなんて思わなかったからさ」
「え?」
泉は大きなトンカツを頬張ると、含んだような笑みを浮かべて………。
その笑顔が、あまりにも胸に………死語だろうけど、胸にキュンときたんだ。
「………ね、……僕の……ケツ………大丈夫………?」
僕の中から溢れてくる蜜をその指で絡めとるようにして僕を弄ぶ泉に、僕はたまらず聞いてしまった。
だって、だって………爆発したんだよ、僕のケツ。
「大丈夫だよ。実際には爆発はしてないから」
「………ん、で……もぉ……僕、ふっとんだし」
「さげまんが、俺の痕跡に触れた波動だよ。爆発した、そんな感じがしただけ。高津先生、ボロ雑巾みたいになってただろ?」
「………ん、んんっ」
泉の指が中から抜かれて、その反動で僕の中からトロトロと蜜が溢れ出る。
「……やっ………やだぁ」
「入れて、ほしい?当麻くん」
僕は、泉の肩に手をかけて頷いた。
………ゆっくり、僕の中を圧迫して、全ての気持ちいいところを擦るように、僕の中に泉がグイグイ入ってくる。
それだけで………とびそうだぁ………。
「………あ、ぁあっ」
「やっぱり………当麻くんの中、最高」
「……ね、ねぇ………いずみ………」
「何?当麻くん」
「いずみ………は、何者………なの?」
「………今日は、当麻くんに悪いことをしちゃったし、少しヒントをあげるね」
泉は僕の耳にキスをして、囁くように言ったんだ。
「さげまん、じゃないよ?………俺は、そんなんじゃない。その程度のモノじゃないんだよ?当麻くん」
その声が。
その吐息や、体温が。
僕の欲情を一気に燃え上がらせる。
泉じゃなきゃ、やだ。
泉以外は、いらない。
泉が何者かは………気になるところだけど。
泉が何者であろうと、僕は泉がら離れられないんだ。
僕は、泉にギュッとしがみついて言ったんだ。
「泉………奥……また………また、出して……中……」
大学で高津先生に、遭遇すると十中八九、恨めしそうなジトーっとした視線を投げかけられる。
まぁ、そりゃそうだよなぁ………。
あれだけキラキラしていて、全てに困らないようなオーラをまとっていた高津先生が、今や見る影もなく。
白髪まじりとなった髪で、ツヤツヤ感が抜け落ちた顔を隠して、ハリのない声で授業をする様は、もはや別人の域に達している。
当然、あんなに高津先生に群がっていた女子は、すっかりなりを潜めてしまったし、10人中10人が高津先生の変わり果てた姿に、本人だと気付かなかった。
高津先生がセックスで吸い取って蓄積していた様々な人の幸運が、一気に放出されたみたいに。
高津先生は、すっかり〝さげまん〟の様相を呈しているんだ。
四谷怪談、みたいな………?
「恨めしや〜」なんて喉の奥から響くしゃがれた声が、聞こえてきそうだ。
あまりの変わりように、高津先生にされたことに対する嫌悪感なんか通り越して。
罪悪感からか、つい、かわいそうになってくる。
で、でも……でも!!
………ぼ、ぼくのせいじゃ、ないぞぉ……。
高津先生が無理矢理、僕を拐かして泉の〝電気精子〟に触ったからいけないんだぞぉ……。
か、かわいそう、だけど!!
僕は同情なんかじゃ、しないからな!!
そんな目で僕を見たって………し、ないんだからな!!
授業が終わるチャイムが響いて。
高津先生のねっとりとした視線を感じながら、僕は教室を後にした。
まぁ、なんだ。
高津先生のことを除けば、痴漢にも痴女にも合わないし、急に襲われることもなくなった僕のカレッジライフは、ようやく落ち着きを取り戻してきたようで。
「佐々木くん!今晩、暇?合コン行かね?」
「あ〜、ごめん。今日バイトなんだ。また今度な」
「うーっす!またな」
こうして会話を交わす友人なんかもできたし、バイトも始めて………。
なんつーか、涙がちょちょぎれるくらい、嬉しい!!
この際、泉が何者だなんて、どうだっていい!!
僕にとっては、泉は〝あげまん〟なんだから!!
「おつかれさまです!マスター」
「おっ!佐々木くん、早かったね!カウンター、入ってくんない?」
「はい!」
そう、僕は「彼女の家」でバイトを始めたんだ。
僕は早足でバックヤードに入るとエプロンを着ける。
もう、ね。
楽しくて、楽しくて、仕方がないんだよ!!
「当麻くん、おつかれ〜」
「あ!泉!」
先に厨房に入っていた泉が、慣れた手つきでフライパンを握っていた。
その顔は相変わらず穏やかで。
笑顔に魅了された僕の心臓は、大きく波打つ。
「今日の賄い、タコライスにしようと思うんだけど、どう?」
「食いたい!!」
「よし、じゃあ決まり。叔父さん、呼んできて」
「おう!」
なんて!充実してるんだろう!!
これだよ、これ!!僕が望んでいたのは!!
カランカランー。
ドアベルが渇いた音を立てて、センスの良い重たいドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
「?!」
外から入ってきた客は、僕の顔を見るなり驚いた顔をして、その動きをとめる。
スラっとしていて、目元が涼しくて。
………どっかで見たことが、あるような。
誰かに似てるよな………。
でも、キレイな男の人だなぁ………って、思わず見惚れてしまった。
「当麻くん、どうしたの?」
僕の異変、というか。
店の異変に気付いた泉が、厨房から顔を出した。
僕に目をやり、その後店の出入り口に目を向けると、いつも穏やかで乱れることのなかった泉の表情が見る見る崩れて。
………驚愕の、表情となる。
「あ、あ、兄貴っ!!なんで?!」
……兄貴?!
え?!何??泉の、お兄さん???
え?えぇ?!
そう言われたら、よく似てる。
さっきの既視感、泉のソレだったんだ。
「おまえ、マジかっ………」
泉のお兄さんは、泉と僕を交互に見つめて、絞り出すように声をだした。
「な、なんで!!おまえ、俺を差し置いて〝あげまん〟見つけてんだよ!!」
「ふぁっ?!」
予想外というか、予想どおりというか。
僕にまとわりつくワードが出てきて、僕は思わず変な声を上げてしまった。
兄弟、揃いも揃って、あげまんマニアか………コイツらは。
泉は子どものように顔を膨らませると、僕を犬を抱きしめるみたいにして、泉のお兄さんから僕の存在を隠す。
「俺んだからなっ!!横取りすんなよ、兄貴!!」
「おい。何騒いでんだ、泉」
「彼女の家」には僕たちだけしかいなかったが、あまりの騒がしさに、マスターが口をもぐもぐさせながら厨房から顔を覗かせた。
「お?湧、久しぶりだな。どうした?」
「うん、仕事でね。でも………叔父さん!これ、どういうことだよ!!」
「何が?」
「なんで泉が〝あげまん〟のコ見つけてんだよ!!」
「…………知らねぇよ。たまたま、だよ。たまたま」
「叔父さんの店は、あげまんのコが集まると思って楽しみにしてたのにーっ!!よりにもよって、100年に一度くらいのあげまんのコを泉に持ってかれちゃうなんてーっ!!」
「………うるせぇな、おまえら兄弟は何なんだよ。いつもいつも。俺の店は、おまえらの出会いの場じゃないんだよ」
………?
………???
誰か、僕にちゃんと説明してほしい。
泉と湧は、兄弟で?
その兄弟は、かなり変わっているせいか、マスターがウンザリしていて?
さらに、泉と湧は、あげまんの取り合いをしていて?
ここ「彼女の家」は、あげまんが集うとこで??
………意味、分かんない……んだけど?
頭ん中はカオスだし、泉は僕にしがみついて離れないし。
湧は涙目になりながら、マスターに何やら訴えてて。
そんなマスターはウンザリした顔をしていて。
その時。
「あれ?佐々木くん、泉を見るの初めて?
俺の甥っ子なんだ。学生でたまに店を手伝ってくれるんだよ。
まぁ、泉はちょっと変わってるから。気にしないでね。その内分かるよ」
って言った言葉を思い出した。
………今なら、なんとなく納得できる。
泉も、湧も、この兄弟は………僕の目から見ても変わってる。
ようやく落ち着いた、と。
ようやく普通のカレッジライフが始まった、と。
そう思っていた矢先、僕の人生の歯車がまた僅かにズレた感じがしたんだ。
「や、やら………はげ、しっ………」
「当……麻くっ……ん」
こんなに激しい、乱れたセックスなんて初めてだ。
僕の手首はベルトで縛られて、シャワーヘッドホルダーに固定されてて。
足を大きく開かされた僕は、泉に抱えられるような体制で下から突き上げられる。
体重を支える一点が、僕の中の泉のソレで。
重力に逆らえない僕の奥深くまで、抉るように僕を支配して溶かしていく。
「っあ……あぁっ………ら、めぇ………おかしく、なっ」
「当麻く、は……俺のっ………俺の、だからっ」
「分かっ……て……るよ……ひっ、ん!……ひぃやぁっ」
変なとこが擦れて、たまらず情けない声が口をついてでた。
奥も、〝未開の地〟に到達したみたいな。
今まで感じたこともないくらいのゾワゾワした感覚が、僕を襲う。
いつも以上に、乱れて。
いつも以上に、泉を欲して。
いつも以上に、不安定になる。
泉の、この取り乱した感じが。
湧のせいなのか、はたまた僕のせいなのか。
でも、こんなにハードなセックスをしたのは初めてで………。
なんだか、ハマっちゃうくらい………。
気持ちいい………!!
やだぁ、やだ………でも、やめないでぇ………。
「いず……いず、みぃ………」
「当麻っ………当麻」
今日も、泉に蕩けさせられて、絶好調に感度がよくて。
幸せな気分なはずなのに、湧の顔がチラついてしまって………また、一波乱ありそうな気がして。
離れたくない。
離したくない。
誰にも、邪魔されたくない。
だから……僕は………。
僕はわざと体重を泉にかけて、泉のソレを奥深くまで咥え込んだんだ。
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