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#5
きっと、もう。
引き返せない。
少し前の。
田舎者丸出しの。
特に突出して何かに秀でてるワケじゃない普通の僕には戻れない。
だってさ、こんな………。
色んなヤバめなところまで、泉に舐められて。
中をめちゃめちゃに突かれては、女の子みたいにイッちゃっうなんて。
この時間、この空間だけ。
………僕は、僕じゃなくなる感じがした。
「……んんあぁっ!………そこ………そこ!」
「ここ………?ここ、が………いいの?」
今日は特に、僕はどうかしている。
切れたはずのクスリの効果がぶり返して……。
何かのネジがゆるんだか、何かの線がプツッと切れたか。
はたまた、淫魔に取り憑かれたか。
泉の上に乗っかって、泉のをより深く咥え込んで腰を動かす。
僕の腰を支える泉の手でさえも煩わしく感じて、僕は泉の髪を掴んで、より淫らによがる。
「はぁ、あん………」
気持ちぃ………気持ちいい………。
「泉……いぃ………泉ぃ……」
何に溺れてるかって………?
違うよ………。
僕は、泉の毒針にやられてしまったんだ。
痛くもない、のに。
甘くて、蕩けるように痺れて………。
そして、僕はまた。
泉のその毒針を誘うように、僕の中に蜜を蓄える。
「当麻くん、おつかれーっ!!学校楽しかった?」
学校が終わって、バイトをすべく「彼女の家」のドアを開けると、湧のテンション高めの声が店中に響き渡る。
「………湧さん、まだいたんですか?」
「まだって、つれないなぁ」
「仕事、大丈夫なんですか?」
「うん、あともうちょっとねー。バカンス、バカンス!ねぇ、当麻くん。デートしようよー」
「………アホなこと言わないでください」
………子どもの頃の湧の方が、数倍、いや、数百倍かわいかったし、煩くなかったし。
ずっと、子どもだったらよかったのに………。
泉との壮絶な兄弟喧嘩の末、その喧嘩に負けて子どもになった湧は、2、3日したら元のウザさ満点の湧に戻った。
戻ったと同時に、僕に対する〝スキスキ攻撃〟が再開し、再び、泉と一触即発の日々が始まった。
ただ、あの日みたいな強引なことしてこない。
これは僕の想像だけど。
相当、泉にやられたんじゃないかと思う。
その証拠に。
湧と泉、この2人。
喋るは喋るけど、目の奥がメラメラしてて、お互いを牽制し合っているみたいな、そんな感じ。
そんな状況を僕はオロオロして見守って、マスターは見ないようにしていて。
僕の周りは、慌ただしいけど………僕は、身も心も充足しているんだ。
痴漢にはあわなくなったし、高津先生のことも気にならなくなったし。
湧のウザさを除けば、学校もバイトも楽しくて………何より。
………泉と一緒に過ごせる日常が、嬉しくて、奇跡で。
今、人生で一番幸せ、なんだ。
「当麻くん。今度の連休、俺ん家来ない?」
客足が少し遠のいた時間帯、カウンターの端っこで賄いのオムハヤシを食べていた僕に、泉はジンジャーエールを出して言った。
ジンジャーシロップから作るこのジンジャーエールは、独特なキリッとした辛味と微かな甘さが口の中をスッキリさせるから、好きなんだ、これ。
僕はジンジャーエールを一口、口に含んで泉を見上げる。
「泉ん家?」
「うん。実家なんだけど、さ」
「は??実家???」
「うん。少し遅いけど、実家に藤の木があってね、ちょうど見頃なんだ。すごくキレイだから、一緒にどうかなって」
「えー?いいの?僕、お花見とか好きなんだよね。っていうか、外でご飯食べるの好きなんだ。気持ちいいだろ?おばあちゃんが作ったおにぎりとか、卵焼きとか食べて」
久しぶりに、思い出した。
満開に咲く山桜の下、おばあちゃんとみんなと、おしゃべりしながらご飯を食べて。
………懐かしい、なぁ。
そんな幸せな、思い出を………泉と紡げると思うと、すごく気分が上がる。
目の前の、ウザさ200%の湧のことなんて吹っ飛ぶくらいに。
………本当に、すごい。
都心から50分くらいしか離れていないのに、緑豊かな豪邸があって。
その広すぎる庭………おばあちゃん家の裏山より広そうな………。
そんな庭に、立派な藤の木が根を張り、枝を広げ。
薄紫色の花を溢れんばかりに、ほこらせる。
吸い込まれる、みたい。
あまりにも、キレイで。
あまりにも、純粋で。
その佇まいが泉と重なって、思わず息をのんだ。
そして、その木の下には……。
「いやぁ、よく来たねぇ!!泉が友達を連れてくるなんて滅多にないから、とても楽しみだったんだよーっ!!」
と、「東京の人ですか?」とツッコミたくなるくらい、ゴリゴリの芋焼酎をほぼほぼ〝生〟で飲んでいる泉のお父さんに、背中をバシバシ叩かれ。
「お口に合うか分からないけど、たくさん召し上がってね」
と、広げたビニールシートの上に、次から次へと料理を並べる泉のお母さんと。
その他、いい感じにアルコールがまわった黒田家の一族郎党の笑い声が響く。
それとは対極に。
いつものウザさ、チャラさが全くといっていいほど抜け落ちた湧が、もそもそとその豪華な料理を口に運び。
テンションが低空飛行の湧とは、打って変わって、始終上機嫌な泉がいて。
神秘的な藤の花。
相反するような、現実味たっぷりで庶民的なお花見が。
このアンバランスさが…………胸を、騒つかせる。
田舎を思い出して、楽しくて。
嬉しいはずなのに………どうしてかな、胸が……ザワザワする。
「当麻くん、どうかした?」
「……うん。………藤の花、すごくキレイだね」
僕が藤の花を見上げて言うと、つられて泉も藤の花を見上げた。
「泉に………似てる」
「え?」
「この藤、幹も花も。全部、泉に似てる。……惹かれるのに、神秘的で。手に届くのに、触れるのを躊躇う感じ。………泉に、似てるよ」
「…………」
「泉?」
今の今まで、ニコニコして楽しそうにお喋りをしていた泉が、急に押し黙って。
僕は思わず、泉に視線を移す。
「………そろそろ、言わなきゃね」
「え?」
「俺が何者なのか。どうして、俺と当麻くんが惹かれ合うのか………ちゃんと、言わなきゃね」
ードクン。
と、心臓が大きく音をたてて。
その瞬間、心臓が足元に落ちたんじゃないか、ってくらい血が逆流した感じがした。
藤の花のような、ヴァイオレット色をした彩光を揺らして僕を見つめる、泉から目が離せなくなって………。
ジワジワ、と。
逆流した血が温度を上げて、一気に押し寄せる感覚がして………。
「当麻くん、愛してる」
泉の、媚薬を含む声が。
泉の、心に染みて広がる言葉が。
僕をまた、淫らにさせて………吐息をもらさせて。
もう……泉しか、考えられない。
お花見でたくさんの人がいて、たくさんの人が楽しげに盃をかわす中。
蜜がふつふつと下腹部を満たして、下を濡らしてくるくらい乱れた僕は。
泉しか………見えなくなってしまったんだ。
「僕も、泉を愛してる」
「……っあぁ……や……やめ………やぁ」
かろうじて、口は、思考は、反発してる。
でも、体は………僕の体は。
その意に反して、泉に触れられることを欲していた。
藤の花がひらひら舞い落ちて、僕の肌に触れるたび、服は一枚また一枚と肌から離れていく。
藤の花の下。
僕は泉に、溶かされるように抱かれているんだ。
………信じられない。
こんなの、嫌なはずなのに。
こんなの、有り得ないのに。
泉の両親の目の前で。
泉の親戚が見守る中。
……湧の、強い視線を肌で感じて。
意に反して、体は火照って、足が開く。
たくさんの人の前で、たくさんの蜜を蓄えた僕の中に泉の太いのが、ゆっくり満たすように入ってきた。
「あ“っ、あぁっ……っ、やぁっ」
たまらず声が、吐息と共にでて。
体が弓形にしなって、頭のてっぺんから爪先まで泉に支配された気がした。
『これで、安泰だ』とか『よかったわねぇ』という声が微かに聴こえて………。
恥ずかしさとか、恐怖とか、充足感とか。
すべてをひっくるめて………体の奥から、ゾワッとした。
下から貫かれて視界が揺れる中、泉が僕の頬に手を添えてにっこり笑う。
いつもの穏やかな泉の笑顔に、僕はグラッと頭が歪んだ。
「……当麻くん。ずっと、そばにいて………。愛してる」
「僕も……僕も、愛して……る。………だから、僕を………僕の中に………出して」
僕はボヤける視界を懸命に抑えて………。
そして、丹田に力を込めた。
「泉……!!………出せっ!!」
肌にかかる冷たい空気で、目が覚めた。
さっきまでドンチャン騒ぎをしていた藤の花の下には、誰一人いなくて。
目に映るのは。素肌に鮮やかな藤色の布。
その肌触りの良い滑らかな布に包まれた僕の体を、誰かが支えている。
この肌に触れる感触や体温は………紛れもない、僕がよく知っている感覚だ。
「………泉?」
「気がついた?……俺の嫁さん」
嫁……?
嫁……!?
嫁ーっ!?!?
いつの間に、そんな既成事実のような状態になったんだよ?!
「………どう、いう……?」
「俺の、正体だよ。これが」
藤の花が、風に煽られてザワザワと音を立てると、僕と泉に吹雪くように舞い散った。
………きれい。
………夢のようで、でも、肌に触れる泉の感触は現実で。
僕は見上げて、泉の瞳を覗き込んだ。
「藤の守り人………。女王蜂である一族のこの藤を守る、働き蜂だよ」
その言った泉の瞳は、さっき幻想のように見えたヴァイオレットの色をしていて………。
怖いわけじゃない、のに。
胸がギュッとなって、思わずハッと息をのんだ。
黒田家は、代々この藤の木を守る家系だ。
藤の木は黒田家の繁栄を支える、いわば〝御神木〟で。
この木が枯れずに、毎年美しい花をつけるたび、黒田家の繁栄は続く。
現に、黒田家の家系は、何気に錚々たる人物が多い。
政治家、弁護士は当たり前。
日本に初めて油絵技法を伝えた人だとか、変わったところでは、携帯型消臭スプレーを世界で初めて開発した人まで。
多種多様だけど。
歴史を動かし、作ってきた黒田家の面々は、この藤の木がもらたす〝力〟によるもので。
黒田家は、この藤の木を必死で守ってきたんだ。
ただし、この藤の木。
〝御神木〟というより〝妖木〟の要素が強い。
普通に肥料をあげて水をやるだけでは、その力を得ることができない。
その力を宿すため………幸福を泉のように湧き上がらせる、〝蜜〟が必要なんだ。
だから、この藤の木は。
黒田家に産まれた子、全員を依代として〝蜜〟を探す。
その〝蜜〟となる存在が、僕のような〟あげまん体質〟の人になるというわけだ。
その依代は、黒田家に子どもが産まれるとその役目が親から子に移動する。
泉と湧の母親はその本懐を無事に遂げて、その力を2人の子に引き継いだ。
だから2人は、「彼女の家」のマスターがウンザリしてしまうくらいの〝神力〟………いや、〝妖力〟を産まれた時からその体に宿して生きて、湧と泉は、産まれた時からその身に〝あげまん〟を見つけることを宿命づけられていたんだ。
そして泉は、僕を見つけた。
黒田家の繁栄を、藤の木の長寿を約束する〝あげまん〟の僕を。
………ん?
でも、ちょっと、まてよ?
「泉……僕、男だけど?」
「うん。知ってる」
「子ども、産めないけど?」
泉は笑って「大丈夫だよ」と、僕のおでこにキスをしながら言った。
「当麻くんが産めなくても、他の親族が生む。そしてその子が、新しい働き蜂になるんだ。あと………」
「あと、何?」
「この藤の木は何だって叶える。その気になれば何だってできるんだよ。………例えば、当麻くんが俺の子を孕って産み育てることもね」
そんな………夢見たいな、こと。
現実では、あり得ないことを………さも、叶えられる体で泉が言うから………。
僕は妙に納得してしまったんだ。
………そして。
泉の正体が分かった今、僕はどうしても泉に聞きたいことがあった。
………泉を試すようで。
その言葉を発するのに、僕は少し躊躇ってしまったけど、聞かずにはいられなかったんだ。
だって、いつも言われてたんだよ?おばあちゃんに。
「正直モンじゃなかと、いかんよぉ」って。
「もし僕が、あげまん体質じゃなかったら………泉は、僕を愛していた?」
真っ直ぐ、泉の瞳を見て。
泉の深層心理を探るように、その瞳の奥から視線を外さないように………泉を見つめた。
「何いってんの?当麻くん」
「え?」
「俺は当麻くんが何者でもいいんだよ。
あげまん体質は悪魔で付属品。
もし、当麻くんがあげまんじゃなかったら、僕は働き蜂として役目を果たすことができない。
………役目を果たせなくて、この藤の木が枯れてしまうようなことがあったとしても………俺は、当麻くんを好きになってたよ」
「泉……」
「一目惚れだったんだよ。叔父さんの店で、初めて会ったあの時に……。当麻くんが、好きなんだよ」
泉は僕の体に腕を回すと、まるで宝物を手に入れたかのような仕草で僕を抱きしめた。
「当麻くん………愛してる。ずっと、ずっと………俺のそばに、いて」
………その、言葉で………充分で。
泉の、その体温や肌質に、安心して………。
僕は、もう、迷わないと思った。
「………ありがとう、泉……。僕も、愛してる………泉」
………おばあちゃん、おばぁ。
僕な、僕………すげぇ、好いとう人がいるんちゃけぇ。
多分な、多分やけど………僕、そん人ば〝お嫁さん〟になるかもれんけど、なぁ。
ひょっとしたら、子ぉば、産むことになるかもしれんちゃけぇ。
でもなぁ、僕。
今、すげぇ嬉しかとよ?
好いとう人がそばにいるって………なんで、こんなに………心の底からあったかいんやろって。
「かしこまりました!マスター、鶏飯セット1つとブレンドホットです」
一番落ち着く「彼女の家」で、僕は今日もバイトに勤しむ。
大学だって、楽しくて仕方ない。
そして……。
「当麻くん。ナポリタンと苺パフェ、あがったよ」
美味しそうに皿に盛られた料理をカウンターに置いて、厨房から顔を覗かせた泉と目が合った。
あの不思議な、夢のような一夜から何日か経ち。
僕は以前の普通の暮らしに戻って、何の変哲もない生活を送っていた。
あの日。
青姦よろしく、泉とヤッたあの日。
言い伝えによれば、黒田家の藤の木のたもとで、黒田の〝蜂〟と幸運の〝蜜〟が交われば、黒田家の繁栄は未来永劫続くと約束されていたようで。
結局は、僕が子どもを産むことにはならずにすんだけど………。
その後が、やたらめったら恥ずかしかった。
「いやぁ。当麻くんは、かわいくて大人しそうなのに、淫乱なんだねぇ!隠れ淫乱ってヤツか?!あははっ!!」
と、泉のお父さんに豪快に言われて。
………顔から火が出るんじゃないかってくらい、僕は………穴があったら入りたかったよ、マジで。
その言葉がよっぽどドツボにハマったのか。
泉と肌を重ねるたび、泉は僕に囁くように言うんだ、「隠れ、淫乱?」って。
でも……それは、少し。
自覚アリ、だったりする。
今も、こうして。
バイトの真っ最中だってのに。
泉の笑顔を見るたびに、脳をグラつかせる声を聞く度に。
僕の体は蜂の針に刺されたように刺激され、体が疼いて………泉を欲して止まなくなるんだ。
「………当麻、くん…。顔……顔………」
マスターが目を一文字にして僕に言った。
ハッとして、戸棚のガラスに写った顔を見ると、ヤバいくらい蕩けた顔をしている僕がいて。
………かなり、僕は重症だということに気付かされた。
………だって、しょうがない。
僕は蜜、泉は蜂だもの。
離れなられない、蜜と蜂なんだから。
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