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第2話
そもそも、視線の裏に何かが隠されていることは分かる。だが、イサクにはテオドールの真意が皆目見当もつかない。
何か言いたそうな瞳をしているなあ、と思うぐらいだ。
イサクは七色の瞳から視線を動かして全体的に観察する。
清らかさと男らしさを併せ持つテオドールに、傲慢さは少しも見当たらない。
国の象徴としていつだって泰然としている。命令されずともこの人が王なのだと、誰もが傅きたくなる。
アダムが言うように、テオドールも「アルファとしての自覚」を持ち、努力しているのだろうか。
だから、言葉ひとつにしても穏やかで優しさに満ちているのか。
「お前は努力をしているか」
「え?」
突然の質問に、七色の瞳がきょろりと瞬く。
そして、テオドールは小さく嘆息すると肩を竦めた。
「いいかい、イサク。君はいつも前後の言葉が足りない。努力をしているか? だけじゃあ勘違いされるぞ」
「なにをだ」
「遠回しに努力が足りない、こうしてのんびりする暇があるなら王として何か動け、と捉える者もいるだろうね」
「俺はそんな事言っていないぞ」
イサクが驚くと、友は「だからだよ」と笑った。
「だから言葉が足りないんだ。私はお前と長い関係だから分かるが、他の者はそうでは無い。もっとも、イサクは賢いから二歩も三歩も先を見てしまい、ついつい簡潔に話してしまうのは分かるが」
テオドールの瞳がすっと細まる。男らしい厚い唇が言葉を象り、それはイサクを意外にも揺さぶった。
──お前の口は災いの元だな。
災い……、災い。
こんな風に言われるのは初めてじゃない。
だが、この時イサクの頭にはあの日怒り狂っていたアダムの姿が蘇っていた。なぜ怒ってしまったのか、イサクはあまり分かっていなかった。
ただ、アダムが真剣に頑張ってきたものを、イサクが奪ってしまったか、邪魔をしたことだけはわかる。
確かにされたら怒りたくなくなる気持ちも理解できた。
「……」
テオドールが、腕を組み考え込んでしまったイサクの目前で手を振る。
気づいてはいたが、イサクは無視をした。考え事で忙しい。どこまでもマイペースなイサクに、テオドールは苦笑して椅子に腰掛けた。
思い浮かべるのはアダムの姿だ。初めて見た時の映像がふっと浮きあがる。
微かないい匂いに誘われて出会ったあの日。
美しい顎のラインから伸びる細い首、魔獣たちと戯れる楽しそうな横顔。月夜に照らされて影を落とす長い睫毛。
惹き付けられるようにイサクが踏み出した。
すると、まるで引き寄せ合うかのように、アダムも振り返った。
けぶるような睫毛に縁取られた薄紫の瞳が、静かにこちらを見ていた。その時、ざわざわとしたものを感じた。
オメガだということはアルファの本能で分かる。
だが、イサクの知るどのオメガよりも瑞々しくて、生きる活力に溢れているように感じた。
そもそも、この国はオメガをとても大切にする。
イサクが出会ってきたオメガはおおよそ二種類だ。
傲慢でやけに気位が高いか、ぽわんとしていて鈍臭いか。貴族に生まれて、蝶よ花よと育てられたオメガは、アルファよりもうんと傲慢で我儘だ。
だが、イサクは気位が高いオメガよりも、鈍臭いオメガの方が苦手だった。
ゆっくりとしていてぽーっとしているから扱いに困る。そのうえ、すぐに泣き出すからお手上げだ。
この前は「顔が怖い」と言われて泣かれた。オメガを虐めた性悪として、またしても悪い噂が流れた。
泣きたいのはこちらだと辟易したものだ。
だから、アダムは不思議だった。イサクが知るオメガとは全然違う。
そう思っていたのに、軽んじてアダムの仕事を邪魔してしまったことは反省していた。
なにも意地悪のつもりで仕事中のアダムを呼びつけたわけではない。
ただ、これまでの経験上、アダムも厨房で茶を飲んでいるのだろうと思ってしまったのだ。
オメガが社会経験を積むために、城で働くことはよくある。現に、宰相であるイサクの元でも何人か雇ってきた。
だが、基本的にオメガとは大切にされる特別な存在なのだ。
社会経験を積むためにやってきたというのに、オメガのする事といえば、座って茶を飲んでいること。
一体何をしにきたのか。
茶を飲むなら家でやればいい。世界を知るために、国というものを知るために、オメガ達はやってきたと聞いた。
なのに、日がな一日喋り尽くしていて、到底仕事とは思えない。
呆れ返ったイサクが「茶が飲みたければ家に帰ればどうだ?」と、親切心できいたらもう大変。
オメガは大きな瞳をうるうると潤ませてピーピーと泣き出す。
とっくに成人迎えた大人の男が、幼子のように泣くのだ。イサクが狼狽えると、部下がすっ飛んできて代わりに慰めてくれた。
だが、城中にはあちこちに人がいる。
──あの冷血漢の宰相がまたしてもオメガを泣かせた。だから呪われるのだ。
なんて噂をされたのが先日の話。
だからアダムも、過去のオメガと同じように、隅っこでお茶菓子でも摘んでいると思っていた。
なにより、アダムに毎月支払われている給金は、魔の森での仕事分しかない。料理人の補佐として働いている分は含まれていないのだ。
それも尚更、イサクにはアダムもやっぱりただのオメガだと思わせた。
だが、
「……はあ。どうにかしなければ」
イサクは重たいため息をついた。
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