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第3話

  「なにを?」  ソファにのびた状態でテオドールが顔を向ける。イサクはもう一度嘆息すると、肘掛けにもたれかかった。 「お前たちが何かと『運命の番』や『愛』にこだわるからだ」 「……うーん。全く話の前後が分からない。……もしかして私達が運命にこだわるから、イサクは例の番の子に愛に興味がある教えろ、とか言ったわけじゃないよね?」 「……」 「馬鹿か?」  テオドールの瞳が冷々と眇られて、イサクは気まずさに狼狽えた。 「あのさあ、イサク。お前は根本的に間違えている。愛を知りたいやつは、そもそも他人に愛を教えろだなんて請わない」 「じゃあどう知ればいいんだ」 「だから愛せばいいじゃないか」 「……」  今度はイサクが冷々とした瞳をテオドールに向けた。  愛せるものなら愛している。だが、これまで生きてきた35年。愛なんてものを追い求めたことがなかった。触れてこなかった。向き合ってきたのは教本との睨めっこ。  周囲の噂通り、呪われるような自分には分からないのだ。  ぶつぶつと胸中で文句を垂れる。  そもそも、周りの馬鹿共がイサクに「愛について」相談するのが悪い。  宰相の仕事は多岐にわたるが、高位貴族の相談係ではない。なのに、「あの魔女までもを手のひらで転がした、恋多き宰相様ならば分かってくださるだろう」なんて言われて、毎日大量の文が届く。  開かなくても分かる手紙には、イサクの知らぬ想い人へ、吐きそうなほど甘ったるい言葉の羅列が綴られているのだ。  高位貴族のアルファほど運命の番を求める。そして、必ずやポエマー病にかかる。  毎日毎日送られてくるポエムの山から、イサクは逃げ出したかった。  この目の前に立つ男もそうだ。イサクと同級生であるテオドールは、今年で35になる。  なのにまだ世継ぎはおろか妃もいない。  それは、テオドールが唯一の番を求めているから。  邪魔をするなら、王弟に王位を譲ると宣った。おかげで、イサクを含めて王弟や高位官僚たちと宥めたのだ。  ──国を統べるものが愛を知らずして、民がどうして愛を知れるのか。  これはテオドールが煩い官僚達を黙らせた台詞だ。その時の王者たる風格と気品に、周囲は圧倒されていたが、イサクは呆れていた。  それらしい事を言っているがようは我儘なだけである。  だが、皇帝がそんな我儘を言えてしまうほど、平和なのはいい事だ。  なによりテオドールは馬鹿じゃない。  運命の番探しにはきちんと期限があり、残された時間は僅かだ。  テオドールは年内中に運命の番を見つけられなければ、今度こそ政略結婚をする。  それは、本人が皇帝としての自らに定めたルールだ。 「なぜイサクには運命の番が現れて、私には現れないのだろう」 「……」 「こら、知らんぷりするんじゃないよ。……それで、そんな失礼なことを言ってその子は怒らなかったのか?」 「いや怒られた。二度と顔を見せるなと言われた」  この言葉にテオドールは驚愕する。 「なのに、ここ何日も会いに行ったのか」  一方イサクは、その台詞に眉を寄せた。 「おい。また、視たな?」 「仕方ないじゃないか。視えてしまうのだから」 「勝手に記憶を覗くな」 「ごめんごめん」  反省の色が全く見えない。  テオドールの瞳は偶に他人の記憶の残滓を見てしまう。  それは事故のようなもので、本人とて見たくないと過去に語っていた。だが、相手が強く何かを想えば想うほど、頭の中に相手の記憶が浮かんでしまうのだ。  今、イサクは自分を酷く恥じていた。  アダムをただのオメガだと軽んじて、仕事の邪魔をしてしまったこと。そして、顔を見せるなと言われたにも関わらず、夜になると勝手に足が向いてしまうことに。 「……俺とて行きたくて行っているわけじゃない。自分を嫌う相手に態々罵られにいくような変な性癖は持っていない」 「ふーん。なのに夜になるとふらふらと引き寄せられるのか」 「そうだ。……まるで」  ──まるで、魔女みたいだ。  イサクの薄い唇が言葉を紡ぐ。  そして、アダムの唇の柔らかさを思い返して、眦が静かに紅色に染まる。 「あいつはもしかしたら魔女の一族なのかもしれない」 「何を馬鹿げたことを言っているんだい」  テオドールが呆れている。自分でも馬鹿げたことを言っている自覚はあった。  ただ、何度も触れ合ったアダムの唇を思い返すと、どうにも背中がむずむずする。  まさか、アダムが噂を知らないとは思わなかった。性悪魔女に、夜になると狼になる呪いをかけられた宰相を知らぬ者はいない。  皆、馬鹿にしてざまあみろと嘲笑っていた。  だから、アダムは知っていてイサクの体を好きなだけ撫で回して、キスをしているのだと思った。  それは、お互いに運命の番だと認識しているから。  なのに、アダムは知らなかったのだ。  自分のことなんてこれっぽっちも。  そして、知らないままに、イサクのファーストキスを奪った。  周囲の者はイサクを恋多き男だと勘違いしている。  魔女に呪われたのも、イサクが自慢の美貌で誑かして弄んだからだと。  だが、現実は真逆だ。  イサクはキスはおろか手を繋いだことも抱き合ったこともない。  当然、童貞である。紛うことなき童貞なのだ。

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