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第三章: 第1話
アダムは宰相が出ていくのを黙って見送った。
今でもまだ心臓がツキツキと痛みを訴える。
手放そうと思わないのかと聞かれたとき、あの辛かった日々を思い返した。
ぎゅっと胸元で拳を握ると、とたとたと足音をたてて、サミーが階段から降りてくる。
そして、アダムのズボンをちょんっと引っ張った。
「おかあーしゃん。おいたんのこと叱ったの?」
「えっ」
真ん丸の瞳に見上げられて気まずさから狼狽える。何も知らないサミーは、宰相の消えた方を指さした。
「窓からお外見てたんだけどね、おいたんかなしそうだったよ? 僕といっしょで、怒られたあとに、しっぽがくるんってうちがわに回ってたもん」
「……そ、そうだった?」
「そーだよぉ! もうっ。おかあしゃん、怒るとこわいんだから、やさしくしてよねっ」
ぷんぷんと尻尾を揺らしてサミーに叱られる。ごめんなさいと素直に謝りながら、はて、自分はどうして怒られているのかと首を傾げた。
ただ。宰相が何を考えているのか、どう思っているのか、分からなくて戸惑う。
あの日に届けられた手紙には、丁寧で綺麗な文字が綴られていた。
そして、アダムの知る傲慢で嫌な奴とかけ離れた優しい言葉が並んでいたのだ。
愛を知りたいと思った理由や、言葉足らずで不快な思いをさせたことについての謝罪。そして手料理についての感想や看病をしてもらったことへの感謝。
本当に、あの人が書いたのか。
穿ってしまうほど、手紙の中の彼は繊細で優しくて紳士的だった。
「……」
もしかしたら、本当にもしかしたらだが。
宰相の言葉には続きがあったのだろうか?
アダムが受け取った意味とは、また違う意味が込められていたのだろうか?
最後に呟いた『もうここには来ない』の台詞が、やけにじくじくと胸を苦しめる。
どうせあの人のことだ。何日かしたらケロッと狼姿でやってくるのだろう。そして、アダムの思いなんて無視して、憎たらしくも愛らしい姿で同情を誘うのだ。
「はぁ」
アダムは気持ちを切り替えることにした。
うじうじ悩んでいたって、よく知りもしない相手の心なんて分からない。
だって、どんなに愛し合い番になろうとも、あの人が本当は何を考えていたのか分からないのだから。
また来た時に確かめればいい。
そう思っていたアダムだが、宰相は何日過ぎても現れることはなかった。
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