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第13話

   アダムは目の前で起きていることに、もはや驚く気力もなかった。そう、例えるならば、限界にまで搾り取られた滓のような気持ちだ。  もはや羞恥さえも感じない。真っ白だ。己がやらかした事を認識すればするほど、限界値を超えた頭は考えることを放棄した。 「早く口をあけろ」 「……」  言われるがままに開くと、宰相の持つスプーンが運ばれる。食べやすいように少しだけ乗せられたご飯は、小さなアダムの口に無理なく収まった。  咀嚼して飲み込むと、待っていた宰相が再び寄越してくる。  なぜ自分は、宰相の手ずからご飯を食べているのだろうか。  いや、もう、考えるのはよそう。考えたって、起きてしまったことはどうにもならないのだから。 「よし、全て食べたな。次はこれだ」 「いや、いやいやいや」 「なにしてる。早く食べないか」  諦めたアダムだが、例の果実を指で摘んだ宰相を見て後退る。  さすがにそれはどうなのか。  スプーンで食べさせてもらうのも、慣れるまでに時間がかかった。なのに今度は指で摘んだものを食べなければならないというのか。  ずいっと迫ってきた指先を見て、無表情が張り付いた顔を見る。そして、背後でひっそりと揺れる尻尾を見て、アダムは諦めるしか無かった。 「……あーん」  しぶしぶ口を開くと、ぽいっと果実が放り込まれる。そのとき、僅かに指先が唇に触れて、アダムはかあっと自身の顔が熱くなるのが分かった。  おかげで、忘れたくても忘れられない、あの日の痴態が蘇る。いくらヒートとはいえ、あんな姿を晒すとは。今すぐ塵になりたい。とにかくどこかに埋まってしまいたい。  どこかでチーンと馬鹿にするような音がなった気がした。 「ほら、もっと食え」 「は、はい」 「うまいか?」 「……お、おいひいです」  ぶんぶんっと一瞬だけ尻尾が大きく振れた。  表情や言葉よりも行動に感情が現れる。それを知ることになったのは、この数日でだ。

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