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第12話
アダムを抱き上げたイサクは、ベッドに腰掛けると向かい合うようにして、膝の上に乗せた。
目の前から香る濃厚なアルファの匂いに頭がクラクラする。幼子のように首元に抱きつくと、か弱い力でイサクの肩を引っ掻いた。
「シオウ……っ、いれて、ここ、くるしい……っ」
ぐずりながら腰を揺らすと、頭上から唸り声が降ってくる。涙を零しながら「おねがい」と見上げた。すると、恐る恐ると唇を重ねられて、絡めあった舌先からイサクの唾液が流れ込む。
乾いた土に水が注がれるように、アルファを求めていた体が喜んだ。けれど、一番欲しい場所は未だ空っぽのまま。
じくじくと埋まらない渇望と疼きに「やだ…っ」と、頭を振るう。
「ここ、っ、ねえ。ここじゃなきゃっ」
「……駄目だ。お前が正気に戻って、それでも求めるならば、望むままにしてやる」
「な、に……っ──、あっ、ああっ!」
ふっと湧き上がった疑問が、突如訪れた快感に霧散する。ぐちゅりと音を立てて、待ち望んだ後孔をかき混ぜられた。
アダムがか細い声で泣く。ぴったりとくっつきあった肌からは、自分のものじゃない鼓動が激しく鳴っていた。
薄い腹に触れる硬い膨らみ。アダムは煽るように、イサクの性器を擦る。呪縛のような体の熱は、アルファの体液でしか鎮められない。
ほんの僅かな口付けでは足りないのだ。
「ぁ……っ、あ、これ、これがいい……っ」
「黙れ」
「んぅっ! ふ、ん…っ、ぅ」
顎を掬い取られて再び口付けられる。先程とは違い、少しだけ乱暴なキスだ。ぞくぞくとしたものが駆け上がってきて、アダムは唇を重ねたまま達した。甘い嬌声がイサクに奪われる。ぴく、ぴくっ、と緩く体が跳ねた。
「は……っ、もっと」
蜜液を溢れ出す後孔をかき混ぜられて、何度も口付けを交わしながらキスをする。
アダムが何度名前を呼んでも、返ってくるはずの返事はなかった。だけど、キスは少しだけ乱暴なくせに、背中を抱きしめる腕も、髪を撫ぜる手も、頬に触れる指先も、痛いほど優しくて。
アダムは切ない痛みに泣きながら、幻のなかのシオウに溺れた。
「そろそろか。……おい、しっかりしろ」
「……」
「おい! サミーのことはいいのか? お前の宝物なんじゃないのか!」
「っ、さ、みー……?」
窓から真っ赤な夕日が差し込む頃。朧気だった意識を引き戻すように、力強い声が鼓膜を揺らす。
じっくりと時間をかけて癒された体は、一時的ではあれ、狂わしいほどの熱が鎮まっていた。
「アダム負けるな。大事な息子なんだろ。だったら俺の目をちゃんと見ろ」
「──っ、さい、しょ…、さま?」
「そうだ」
ぼやぼやとしていた視界に銀色の瞳が映る。いつ見ても変わらない感情の乏しい端正な顔を認識すると、噎せ返るような性の匂いに、全身から血の気が引く。
「おい、時間が無いんだ、意識を逸らすな」
「あ……でも、おれっ」
「いいから、よく聞け。お前に頼まれた薬草は手に入らなかった。他になにか、ヒートを抑えるのに知っているものがあるなら教えろ」
真剣な声音に、アダムは必死に思考を巡らせる。
薬草が買えないとはどういうことだ? なんで宰相がここにいるんだ?
そんなふうに、時間が経てば経つほど動揺する頭を律して、アダムはハッと思い出した。
「魔の森、にある果実が」
「どんなものだ?」
「親指くらいの大きさで……赤色から紫色のもの」
「そうか。分かった」
宰相は頷くと、くったりと力のないアダムをベッドに寝かせた。そして扉の方に向かい声をかける。
やってきたのは医療士の白衣を纏った、兎獣人の初老の男。
「俺は魔の森に行ってくる。しばらくこいつを頼んだぞ」
「なんと……! 魔の森になど行ってはなりませぬっ! 招かれざる者が一度足を踏み入れてしまえば、二度と戻っては来れないのですぞっ」
「それなら大丈夫だろう」
ふっと苦い笑みを浮かべた刹那、イサクの姿が獣に変わる。空の奥では星がうっすらと煌めいていた。
遠のきそうな意識のなかでアダムが「ごめんなさい」と呟く。音にならなかった声を、まるで聞いたかのように、振り返ったイサクが大きな尻尾で頬を撫でた。
それを最後に、アダムの意識はぷつりと途切れた。
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