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第3話
失うのは一瞬だった。
事故で顔の皮膚や肉を失った。
移植で命は繋ぎとめたけれど、外見の修復は不可能だった。
外を形作る肉や皮膚が変わっただけで、全てが変わった。
俺はもう羨ましがられるモノではなくなった。
金も権力も変わらずあっても、だ。
憧れ、羨ましがられ、崇めれる立場から、恐れられるモノとなった。
醜悪な権力者。
金や権力のためにすりより、股を開こうとする者はそれでもいたが、そうでない者は俺を嫌悪して近寄ろうともしない。
本当に下らない。
コイツ等が見ているのは表面の皮と肉なのだ。
そんなもので勝手にこちらにのぼせ上がり、勝手に釣り合う釣り合わないを決めつけ、俺の先輩を傷つけたのだ。
ツマラナイ。
そう思った。
自分のこともツマラナイ、そう思った。
そんな連中相手に、復讐したつもりにでもなっていたのか。
ツマラナイ。
俺の人生はなんてツマラナイのだろう。
俺はもう終わらせてしまおうかと思った。
世界に復讐する醜悪な権力者という役回りはしたくなかったし、もう復讐にも飽きていたからだ。
そう思った時、俺を訪れた人がいた。
先輩だった。
秘書から名前を聞いて躊躇した。
秘書だけは先輩のことを知っていた。
何か先輩にあった時のために様子を探らせていたからだ。
「お会いになりますか」
秘書に聞かれた。
こんなに悩んだことは無かった。
肉と皮膚を失った俺を見て、先輩はどう思うんだろう。
「泣いていらっしゃいます」
長い沈黙に秘書が言った言葉が心を決めた。
先輩が俺を嫌悪したら。
もう終わらせよう。
この世界にいる意味がもうない。
先輩は変わらなかった。
でも泣いているから。
とても綺麗だった。
この顔をみた秘書に嫉妬した。
動かない表情が動き始めたなら、この人は輝き始める。
濡れた瞳が涙を流しながら俺を見る。
光る瞳。
流れる涙が、顔を輝かす。
醜くなった俺を見る。
目を背けたのは俺だ
その顔に浮かぶだろう嫌悪が怖かったのだ。
「見ないでくれ・・・」
弱々しい声さえ出てしまった。
こんな俺を見せたくなかった。
こんなの俺じゃない。
「オレを許して・・・」
先輩がそう言ったから俺は絶望した。
先輩もこの姿には耐えられないのだ、そう思ったからだ。
俺は小さくなって震えた。
初めて先輩の気持ちがわかった。
人間に見られたくないという気持ちが。
嫌悪や嘲笑の対象になる気持ちが。
「俺を身ないでくれ!!」
俺は怒鳴った。
その俺のひしゃげた顔に柔らかいモノがあてられた。
先輩の唇だとわかった。
「オレを許して。これで君といられる、そう思ってしまうオレを許して!!」
先輩は俺を抱きしめて、叫んだ。
「やっと・・・君といられる。君にやっと言える!!愛している!!!」
先輩の叫びに、俺は呆然とするしかなかった。
そして、声を上げて泣いたのは俺だった。
俺達は二人並んで歩く。
顔に酷い傷のある醜い男と、冴えない男。
気の毒そうな眼差しや、ヒソヒソ話す声はする。
でも俺達はかまわない。
嫉妬や妬みに比べたなら、こんな眼差しは問題じゃない。
俺の目には先輩は美しいし、先輩には俺の姿が
心地よいのだ。
俺は夜には俺だけしか知らない先輩をこの腕に抱くし、先輩はもう俺から離れない。
「君は綺麗だ」
先輩は心から言う。
先輩にとってはそうなのだ。
俺にはそれでいい。
俺達は俺達にしか見えないモノを見つめて生きていく。
END
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