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第2話
終わった後、相手の身体を風呂に入れたり、後始末をしたりするのは初めてだった
気を失わせるまで抱いたことも、まず初めてだった。
目覚めるまで抱きしめていたいと思ったことも初めてだった。
年上の冴えないはずの男が、もうそう見えない。
抱いたらあんなに可愛くなるなんて。
あんなにいやらしい身体を隠していたなんて。
目覚めた先輩に甘くキスした。
先輩は真っ赤になって。
それが可愛かったから、また抱いてしまうところだった。
でも、無理をさせた実感はあったので、止めた。
先輩が休みたいから帰ってくれ、と言うから素直に応じた。
今は帰る。
今は。
でもてばなす気はなかった。
俺は欲しかったものを諦めたことなんかない。
一度だって。
そして、こんなに欲しいと思ったことはなかったのだ。
だけどそこから先輩は俺を避けだした。
プロジェクトが終わって元の部署にもどってしまったこともある。
先輩は一人で設計する部門に、こちらはプランを立てて実行する部門にいる。
先輩はメールや電話などでしか俺と関わろうとしなくなった。
そんなのゆるせるわけがない。
先輩だって俺が欲しいはずだ。
わかってるんだ。
あんたが、あんなに乱れたのは俺が初めてで、あんたの身体を狂わせるのは俺だけだ。
俺もあんただけにおかしくなるんだから。
逃がさない。
会おうとしない先輩を、会社の先輩の部屋でとうとう捕まえた。
怯える色のない顔。
冴えない無表情な顔に、色がさす。
二人きりになったのを、可哀想なくらい怯えるから。
腹がたって。
「何で逃げんの?」
そう聞いた。
両腕をつかんで机の上に押し倒しながら。
「逃げてなんか・・・」
先輩が嘘なんかつくから。
唇を塞いでキスしながら、シャツのボタンを外した。
素肌に触れたら、熱くなるのは俺の方。
でも先輩だって、ほら。
もう乳首は立ち上がっていた。
それを指先で撫でる。
ピクン
先輩の身体が指に反応する。
これだけのことで。
「嫌だ・・・やめて」
泣かれたから、乳首を摘まんでやった。
ここをどうされるのが好きか思い出させるために。
指をすりあわせてやったなら、声を上げて感じた。
舐めて吸ってやる頃には、俺の頭を抱えて喘いでいた。
先輩を机の上で犯した。
先輩は抵抗なんかしなかった。
唇を塞げば自分から舌を絡めてきた。
その汁気たっぷりの舌を味わった。
先輩は触れてしまえば、熟した果物のようだった。
皮に歯を立てて、その甘さを味わった。
ぱっくり後ろが開いて、俺の出したモノがダラダラ出てくるまで・・・犯し続けた。
淫らに身体をくねらせる、身体の反応はやはりやらしくて、可愛いくて。
その白い身体のいたるところに吸い跡を残した。
でも、やはり泣くのだ。
「ダメだ・・・ダメなんだ」
って。
「いいっ・・・もっと・・・」
と強請ることもおぼえたくせに。
もう逃がさない。
先輩は俺を受け入れた。
部屋の鍵も貰ったし、毎日のように互いの部屋で夜は過ごした。
夢中になった。
その身体に溺れた。
先輩も泣かずに俺に抱かれるようになった。
その身体の奥深くまで入ったし、喉の奥まで犯した。
抱けば抱くほど溺れた。
可愛くて。
普段の無味乾燥な感じが、余計に夜に咲く淫らさを増した。
だけど。
先輩は夜しか俺を近づけなかった。
「オレとお前は違うんだ」
先輩は隠れてこっそり会うことしか許してくれなかった。
普段は同僚としてしか接することを許してくれない。
夜、互いの家のどちらかではドロドロになるまで抱き合うのに。
わからない。
わからなかった。
俺がこんなに好きなのに。
元々人柄に惹かれて懐いていたのだ。
まさかこんなに可愛いなんておもわなかったけれど。
可愛い大事な恋人だ。
もっと愛したかった。
夜以外でも。
「お前とオレは違う」
先輩の言葉の意味はわからなかった。
俺は恵まれた容姿を持って生まれてきたし、欲しいモノは何でも手に入れるために生きてきた。
それだけの能力もある。
目立つし、勝手に人が群がってくる。
でも、それだけだと思ってた。
先輩の一つかふたつの何かを突き詰めていくような生き方は、自分じゃしないからこそ敬意も持ってた。
俺達は違う。
それのどこが悪い?
わからなかった。
実際に先輩がそうされるのを見るまでは。
何度か抱いて、飽きてしまった同僚にまた誘われて断った。
綺麗なだけの顔と身体。
先輩とこうなる前に飽きたのに、先輩に夢中になっている今、コイツとするわけがない。
まあ、にこやかにちゃんと断った。
今は付き合っている人がいるから、と。
向こうも、そう、仕方ないね、みたいに。
それで終わったと思っていたんだ。
「最近アイツと仲良いじゃないですか」
先輩の部屋のドアが開いていて、ソコから聞き覚えのある声がした。
あの同僚の声だった。
「プロジェクトで一緒だったからね」
先輩の表情のない声。
「・・・オレね、アイツと寝てるんですよね」
同僚の言葉にカッとなる。
今でも寝ているような事を言うな。
先輩に手を出す前からお前とは終わっている。
怒鳴りつけようかと思ったら先輩の冷たい声がした。
「それを言いに来たのは君だけじゃないよ。何人も来たよ」
先輩の言葉にへたり込んだ。
欲しければ抱いて来た。
男でも女でも。
それはこの会社の中でも同じ。
それがこんなところで。
「彼が誰かを抱いているのを見たことだってあるしね」
先輩は淡々と言った。
頭を抱えた。
社内でやるのは楽しみの一つだった。
見られていたのか。
俺は弱った。
でも、全部、全部、先輩とこうなる前の話だ。
今の俺は先輩一筋だ。
「アイツがあんたを抱いてるなら、もの珍しさからだから。大体、釣り合うと思ってる?噂になってるけど、みんな笑ってるからな」
同僚の吐き捨てるような言葉に、今度は血の気があがる。
先輩への気持ちを隠しきれない俺の様子を見て、一度か二度抱いたくらいの奴らが嫉妬するなんて。
お門違いだ。
やはり怒鳴りつけようとドアに手をかけようとした。
「知ってる。・・・笑われるのも仕方ないし、嫉妬されるのも仕方ない。でも、オレが望んでそうなったわけじゃない」
先輩の淡々とした声には疲れがあった。
俺は怯んだ。
先輩にはこういうことが初めてではないとわかったからだ。
先輩は俺のせいで嫌な思いをしていたのだ。
俺には見えないように行われる、嫉妬や嘲笑。
それを先輩は引き受けていたのだ。
俺には何も言わずに。
そして、先輩が望んでこうなったわけではないのだ。
それは確かな事実だった。
望んだのは欲しがったのは俺だ。
俺はそれでもドアを開けて、驚いた顔をする同僚の顔を張り倒し、ドアの外に蹴り出した。
「そんなことしたって何にもならない」
冷静な先輩の声がしたけれど。
俺の大切な人を傷つけたのだ。
これでも優しいくらいだ。
でも、俺は先輩の言うことが正しいともわかっていた。
「あんたがいいんだ。あんただけなんだ」
俺は泣きながら先輩を抱きしめた。
「嬉しい。それは嬉しいんだ。本当に」
先輩が苦しそうに言った。
「あんたが俺には一番なんだ。本当だ。他の誰もいらないんだ。もうあんただけなんだ」
俺はこんな伝わって欲しいと思って言葉を話したことはなかった。
今まで俺が話してきた言葉はどれほど薄っぺらいものだったのか。
俺は本当にわかって欲しいと思って話したことなんかなかったのかもしれない。
でも今、解ってほしかった。
でも、そんなの俺の自己満足なのは分かっていた。
「・・・そうだね。そうだとしても・・・オレには苦しい。オレは目立ちたくない。オレは消えていたい。オレはオレの技術を極めたいだけだ。オレはそれだけでいいんだ、でも」
先輩は困ったように笑った。
オレとは違って先輩は精一杯なんとかしようとしてくれたのだとわかった。
オレと先輩が注目されないように、細心の注意を払ったのだ。
一緒にいられるように。
嫌がらせや嘲笑を受けないように。
オレだけが何も考えていなかった。
「オレ、そんなに強くないんだ」
先輩は呟くように言った。
受けた嫌がらせ。
嘲笑。
それが平気なわけが無い。
「俺が」
なんとかする、そう言いかけてそんなことはムリだと気づく。
俺がどんなに先輩が良くても、周りの連中が勝手にジャッジするのだ。
そして、俺の気持ちなんかお構いなしに俺の大切な人を傷つけるのだ。
それを俺は止めることなんか出来ないのだ。
「お前を好きになる連中の気持ちをお前が止めることなんかできないだろ」
先輩は淡々と言った。
その通りだった。
勝手に俺を審査して、俺に何が相応しいかを決めつける連中がどこから現れるかなんか、俺にわかるはずもない。
「・・・オレ、ムリなんだ。こういうの」
先輩が弱々しく言ったから。
随分耐えていたのだとわかった。
「オレにはオレには・・・」
先輩がくりかえす。
知ってる。
設計や技術では先輩の右に出るものはいない。
でも、人間のやりとりになると先輩はポンコツで。
生きにくそうな人だな、と興味を持ったのだ。
賞賛も名誉も金もいらないこの人に好意を持ったのだ。
友人なら。
友人としてなら。
ここまでだれも何も言わなかったのか。
「お前とはいられない。お前が望むようには」
先輩が言った。
疲れ果てた声だった。
何も言えなかった。
だって何も分かっていなかったんだ。
「誰もいない場所にあんたを閉じ込めたい」
俺は心から言った。
二人きりなら問題ないのに。
二人だけなら、邪魔にならないのに。
「不可能な話だろ」
先輩は苦く笑う。
ドアに後ろ手で鍵をかけた。
先輩は何も言わなかった。
これが最後だと分かっていたからだ。
色のない顔に色が差して、ほら、誰よりもいやらしく可愛くなる。
「あんたが好きなんだ」
俺は跪いて、先輩の腹に顔を押し当て抱きつきながら言った。
「知ってる」
先輩が吐息のように言ったのは、俺がベルトとボタンを外して、ファスナーを下ろしたからだ。
もう期待で先輩のそこは勃起していた。
ズボンと下着をずりおろし、俺は先輩の性器を咥えた。
俺だけしか知らない。
先輩のいやらしいところを。
「俺以外にはこんなことさせないで」
俺は舐め、しゃぶる合間に哀願した。
先輩の願いを叶えるには、それを約束してくれなければ。
とてもじゃないけど、耐えられない。
この人が他の誰かのものになるなんて。
誰かの前で、こんなにいやらしくなるなんて。
それだけは嫌だ。
「しな、い・・・ああっ・・・お前・・・だけ」
先輩は口を抑えて、あえぐ。
こらえて堪える顔が、やらしくてたまらない。
今の先輩を見たら誰がこの人が「ツマラナイ」なんて思うだろう。
誰も俺とこの人とが不釣り合いなんて言わない。
それどころか、誰だってこの人を欲しがる。
でも、だからこそ、誰にもこの姿を見せたくない。
それだけは絶対で。
しゃぶり、吸いながら後ろの穴をほぐし、俺の口の中でイクそれを出した後も愛することをやめてやらなかった。
「もうやめ、やめ・・・やめてぇ」
先輩が泣いても止めない。
腰が抜けて先輩の身体が崩れおちる。
声を殺して身体を痙攣させる先輩を机の上に乗せた。
脚を押し広げ、その穴をなめた。
いやらしい穴。
俺が散々してるから、もう使い込まれた形になって。
俺にハメられるための穴になってるそこ。
舐める舌に、穴が俺を欲しがってひくついていた。
俺を欲しがる穴。
舌をねじ込んだ。
「・・・!!」
先輩は必死で口を抑えて震えていた。
「誰にも挿れさせないで」
俺は必死で訴えた。
そこを指で広げて、愛する合間に。
俺のだ。
俺だけの。
ゆっくりそこに俺の性器を当てて、沈み込む。
入る感触も、中で絡みつくこの様子も。
俺だけしか知らない。
そうでないと嫌だ。
「お前・・・だけぇ・・・」
先輩は俺の背中に爪をたてた。
ほら、挿れただけでイク。
可愛い過ぎる。
「俺だけだ!!」
俺はそう囁いて、首筋に歯を立てた。
まだイっている先輩の中を思い切り突いた。
ヒィ
先輩が声を思わずあげた。
さらに突き上げる。
先輩が自分の手を血がでるまで噛み締めていた。
声を殺すために。
そうでもしないと声さえ抑えられない、感じやすい身体が可愛くて。
さらに激しく突き上げた。
先輩の身体が激しく震えて、精液じゃない透明なものを性器から吹き出した。
手の甲から流れる血。
「俺を噛んで」
俺は囁いた。
背中に立てられた爪だけじゃない。
痛みが欲しかった。
なんなら、一生消えないほどの。
肩を噛まれて微笑んだ。
突き上げる。
殺したい。
壊したい。
誰かに渡すくらいなら
「あんたを好きじゃなかったら、絶対に離したりしないのに!!」
俺は先輩に囁いた。
苦しめたくない。
傷つけたくない。
そっと生きるこの人を、馬鹿達の標的にしてたまるものか。
傷つけるくらいなら、触れず近寄らず見つからないように隠しておく。
「愛してる!!」
俺は言った。
俺は先輩を愛していた。
欲しいモノは何でも手に入れるのに。
手に入れることを諦めるほどに。
「知ってる」
先輩は小さく言った。
そして、俺の肩の肉を食い破るように噛んだ。
痛みこそが、快楽よりも心を焼いた。
先輩を殺すつもりで、突き上げた。
先輩はオレの背中に爪を、肩に歯を食い込ませて、身体を痙攣させつづけた。
手酷いセックスは。
手放すために。
離れる為に。
必要な儀式だった。
暴力的なセックスは。
俺にも、先輩にもつらくて。
そして、とても気持ち良かった。
何度も何度も注ぎこみ、奥まで激しく貫いた。
抱き潰した先輩を抱えてマンションの部屋まで送り届けた。
ヘッドに寝かせてキスをした。
そして、出て行く。
ドアの鍵をかけた。
鍵を外からドアポケットに落とした。
もう。
もう、この部屋には来ない。
もう。
先輩を抱かない。
ドアの外で崩れ落ちて泣いた。
欲しいモノを諦めたのは生まれて初めてで。
しかもかそれが、一番欲しかったモノだった。
それでも、そうしたのは。
愛していたからだった。
片っ端から色んなヤツを抱いた。
ヤケになっていたのはある。
でもそれ以上に先輩にもう誰かが目をやらないようにするためだった。
先輩がそっと生きられるように。
誰かに苦しめられないように。
味気ないセックスを繰り返した。
派手に。
ホントに手に入れられないモノ以外は手に入れることに決めた。
それが下らないものだとしてもだ。
それくらいいいだろう。
俺からあの人を奪った連中が欲しがるものを俺が全部取って、お前らには手に入らないことをみせつけてやるんだ。
それはそれほど難しくなかった。
俺は成功していく。
起業し、のし上がり、全てを吸収していく。
手をのばせば、どんな女も男も手に入った。
ただ一人以外は。
それだけは考え無いようにした。
悲しくなるから。
俺は全部を手に入れて行っていた。
それは、疾走するようで、墜落するようで。
行き先がない、止まることのない日々だった。
先輩はきっと変わらずひっそりと、どこかで誠実な仕事をして、静かに生きている。
たまにそう思った。
俺が諦めた人。
穏やかに。
静かに。
それだけを願った。
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