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* * * 「えー、二年生として、自覚を持った節度のある生活を心掛けるように。また、進路のことも追々考えておくように。では以上」  ――二年生になった。  四月。桜舞う季節、出会いと別れの頃。ぴかぴかな一年生、どこか堅固で緊張した面持ちの新入生が入学すると同時に、湊達四人は無事に進級した。単位、という言葉はしばらく聞きたくない、というのが全校生徒の本音だろう。 「高宮ぁ」 「うん?」 「宗田? が、呼んでる」 「あ。ありがとう」  廊下に見えた愛しい姿を見つけ、早々に立ち上がる。  今日は午前だけで学校が終わりだ。 「あーみっちゃんと一緒が良かったぁ」 「はは、それ何回目?」 「だって本当のことだもん! 三年間一緒、っていうのが僕の密かな夢だったのに……先生め! 陰謀だっ。これは二人の仲を引き裂こうとしてる先生が仕組んだんだあぁぁ!!」 「はいはい、目立ってるからね。行くよ」 「……最近みっちゃん冷たくない?」 「最近りっちゃんうざくない?」 「え」 「……」 「えぇっ」 「うそうそ」 「ちょ……みっちゃん!」 「あはははっ」  荒ぶる神のごとく、攻撃してくる里津を宥め、靴を履き替える。  進級すれば必然とクラス替えがあり、結果、惜しくも里津とは離れ離れだ。隣ならばまだ良かったのだろうが、八クラスある中で湊が二、里津が六と微妙なのが、里津を荒ぶらせている理由なのであろう。  ちなみに、湊のクラスには奥寺と白石の姿がある。 「――置いていくなんて酷いじゃありませんか」 「あっ三組!!」 「え……? なんですか、里津」 「気にしなくていいよ。今里津は現実を受け止められないだけなんだ」 「は、はぁ……?」 「やっぱり冷たい、みっちゃん」  燃え尽きたのか、がっくり肩を落とし、大人しく靴を履き替える里津。  このままだと後が怖いが、他の生徒の目がある為、放置するしかない。  話題を変えようと、湊が然り気無くもう一人の姿を探せば、目敏くそれを見つけた流夏がいち早く答えをくれた。 「鴻なら新学期早々担任に呼び出されていましたよ」 「え、何やったの、あの不良」 「里津」  可愛らしさが刻々と無くなっていく里津に、その理由を流夏はようやく悟ったようだ。呆れたように息を吐くと、視線を湊に向けてくる。 「ちょうど見かけたんですよ。で、これ。預かってきました」  指先で摘まんで掲げるのは、銀の輝くもの。ストラップも何もついていない、シンプル極まりないそれがあからさまで、湊は目を泳がす。 「は、反応に困る」 「ふふ」 「笑わないでよ……」 「いやぁ、なかなかににやけてしまいますって。あれから箸が転げるだけでにやけてしまって」 「いやそこは普通に笑おう?! にやけてるのは一番やばいよ」 「そうですか? ふっふ」 「…………」  口元が明らかに緩んでいる流夏に何も言えず、早く学校から離れるのが賢明だと思った湊は先立って校舎を出ようとした。  したのだが、里津が寄りかかってきて止められてしまう。 「はぁ、はぁ」  微かに聞こえるのは妙な息遣い。 「り、りっちゃん?」 「なんか考えたら興奮して、我慢できなくなりそう」 「!」  咄嗟に体を離す。 「み、みんななんか最近変態っ」  里津も流夏も。一定の時期を境に、変な方向への加速を始めてるように感じてならない。  それでも湊にはどうにかする術など浮かんでこず、ぷるぷると体を震わせているだけのそこへ、背後から鋭い一声。 「――お前が一番変態だ、馬鹿」  * * *  そう、変化は“最近”のことなのである。 「……」  里津が以前よりも変態なのも。流夏の口端が緩いのも。……鴻に関しては至ってこれまで通りだが。 「ぁっ」  契約の内容に項目が一つ付け足されたのも、最近だ。 「んん、」 「気持ちいい?」 「っ……、ぅん」 【正規の恋人として認めるのは里津だけだが、湊のことは契約した者内で共有すること】  結局、里津も湊も、流夏と鴻のことを切り捨てることはできなかった。  それを二人に伝えると、流夏は驚きながらも喜びを隠せないようで。鴻は、あまり感情を表に出さなかった。  湊と里津が下した決断は無論【普通】では考えられない契約の継続と更新である。  里津とまぐわうことができないから、流夏と鴻の体を貸してもらう。簡単に言えば契約内容はそうであり、里津との状況が解決してしまった以上、流夏と鴻の存在は二人にとって不要だ。  しかし、里津は自分では彼らをどうするか決められないと言った。全ては湊に任せられ、湊は、四人でいることを選んだ。  距離を置くと決意する前、里津達から聞かされた話は、三人で湊を共有するという一方的なもので。  つまり、湊の決断は、一気に三人の相手をするということであり、恋人関係を結んでいる里津もそれを承諾している……。湊を三人で取り合う、というような形になったのだ。  それは図書室で持ちかけられた話と差違ないのだから、彼らに断る理由はないのだろうけれど。  だが、湊には一つだけ分からないことがある。 「逃げんな、馬鹿」 「んんぅ」  夏々城鴻。  里津と流夏は湊のことが好きだという事実がある。  だが、彼はどうだろう。  鴻には当然そんな感情はなく、契約上の関係でしかないはずで。なのに、里津と流夏に混じって湊を取り合う様を成しているのだ。  まさか、湊を好きだと言う彼ではない。  ただ性欲の捌け口として格好のいい獲物にされているだけなのか。……。  分からない。そもそも契約を持ち出した理由もはっきりと分からない。  が、湊は深く考えていなかった。  四人でいることが心地良い。それが本心。  里津を好きでも、流夏と鴻を必要ないからと切れないのだった。 「ぁ、あっ、は……あ、こうっ」  ただ、彼に関して分かっていることもあった。 「鴻の……っ――ちょうだい」  意外に、素直にお願いするとその通りにしてくれる。自分に弱いのだと、湊は薄々感じていた。 “最近”ではそんな考えがあるせいか、自分が郁に抱いた毒牙がやはりまだ抜けてないのだと思い込み、変な気分になってたぶらかしているような気すらするのだった。 「この淫乱」  そして追加契約事項、二つ目。  契約を結んでいない者との関係構築を禁ずる。 「あ、ああっ」  ――共通項は、クラスメートということだけ。  結んだ契約は高校卒業と共にその効力を失い、その先、決して互いに関わりを持ってはならない。  契約を破棄しなかったということは、未来が定まったとも言えるだろう。  それでも未来は何があるか分からないと思えるなら。  こうして契約内容に付加することができたのなら……──。 「俺、っ……ずっと、鴻と、流夏と、里津と一緒にいたいっ」 終わり

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