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現在 -1
後部座席を気にしながら漫然と運転をしている。
すれ違う車はほとんどない。
向かう道路の先には、赤い色をした大きな月が、浮遊しながら揺れている。夜が近い。
「だから立て替えやったんだよ、200万。200万ぽっちで回収業者に給料差押えされてもなあ。だいたい自分が借りた金でもないのに。」
後部座席の佐東 は、独り言のように続ける。
佐東は現在、IT関連の会社の取締役をしている。先日、佐東がビジネス雑誌のインタビューを受けている記事を見つけた。佐東の会社は、起業してからまだ間もないというのに、他に類を見ないほどの急成長を遂げているらしい。
“金と投資は惜しんだら負けです。” 記事にはそんなことが書かれてあった。バブルの時代でもあるまいし。
可愛い社員の借金を肩代わりすることも、ある意味、佐東にとっての“投資”と言うことか。
「えらく感激してたくせに、利息分は体で払えっつったら、途端に顔色が変わってな。」
…なんだ。やっぱりろくでもない。
「…先輩の好みのタイプだったんですね。」
「まあな。かわいい顔してんだよ。で、最初はめちゃくちゃ緊張して嫌がってたくせに…」
「…ン…ッ」
佐東の膝に乗せられているはずのカイトから、小さな声が漏れる。
「どうした?ここが気持ちいいのか?」
「…や…ッう」
残念ながら顔は見えない。
「先輩。僕の車ですよ、汚さないでください。」
「相変わらずお前は潔癖症だよな。大丈夫だよ、万が一のときも手で押さえといてやるし。」
「…はッ…あ!」
「ちょっと。」
「わかったって。」
佐東に乱暴に起こされて、ようやくバックミラーごしにカイトが見えた。
まだ下部をいじられ続けているのか、ときおり肩をびくんと痙攣させながら、つらそうな息を漏らしている。
ミラーごしに目が合う。
優しく微笑みかけると、案の定、カイトは可愛い顔をゆがませて、敵意むき出しでこちらを睨みつけてくる。
そう。その顔が、見たかった。
「コラどこ見てんだよ」
「あ!…っく…」
カイトが佐東にしがみついてしまったので、カイトの顔はまた見えなくなった。
「それで、その借金の身代わりに体を召し出されたかわいい社員さんは、どうなったんですか。」
佐東は答えなくなった。見ると、カイトの舌を自分の長い舌でむさぼっている。
「先輩。」
「なんだよ。」
「どこに行けばいいんですか。先輩の家?」
佐東は町の中心部にあるホテルの名前を端的に言った。
(あそこまで行くのか。)
面倒くさいな。ここら辺は郊外だから、ラブホなら腐るほどあるのに。
「今日は僕もカイトくんで遊べるんですか。」――ううぅっ!
「そーだな。」
なら、ラブホよりはそっちのほうがいくらかは清潔でいいかも知れない。まあ、この僕が遊ぶ気になれれば、の話だが。
案の定、カイトは僕が佐東に尋ねたあと、怒ってかわいいうめき声をあげた。
目の前の、不気味で大きな赤い月。佐東が初めてカイトを僕の部屋に連れてきたあの日には、確か、薄く尖った、真っ白な三日月が浮いていた。
---------→つづく
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