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番外編《それぞの夏休み1》
裕 side
「やばい、終わりが見えない……」
そうぽつりと呟いた言葉は誰に拾われることもなく、目の前の真っ白な原稿用紙に落ちた。
「くそ~それもこれもあいつらがなかなか進展しないせいだ!!」
あいつら、と言う単語と共に俺の脳内に部活動の後輩である二人が浮かび上がる。
片一方は自覚済み、もう片方は多分無自覚だろうが明らかに両想いであろうその後輩達の関係は幼馴染、しかも生まれた頃から一緒にいるだなんて、幼馴染設定が死ぬほど好きな俺にとって正にドストライクカップリングなのだが如何せん全く進展しない、こっちがちょっかいをかけようが、発破をかけようが全くと言って良いほど進展しない、それもこれも
「颯希が鈍すぎるのが問題だと思うんだよなぁ……」
俺、笹原裕は腐男子である。
腐ったきっかけなんて覚えていない。
何故って?
何せ物心つく前から既にBL、GLの類を絵本を読み聞かせるかのように読み聞かせられていたからだ。
そう、俺は英才教育を受けた腐男子なのである!
って何言ってんだろ俺……
「原稿の終わりが見えないからって相当頭にきてるな、ははは」
まぁそんな英才教育を受けて育った俺は今や立派な腐男子として日々、妄想を糧に生きているのだが今は一つ下の後輩である2人組にどハマりしており、その2人をモデルに創作BLを描いていたりする。
……勿論本人達には内緒で。
実は既に今年に入ってから何度かイベントにて同人誌も発行しておりこれがどうして、中々評判が良いのだ。
そして今回もオタクの祭典である夏コミに運良く受かり、さぁ本を出すぞ!!と意気込んでいたは良いものの全くと言っていいほど何にも書けやしないのだ。
「何かしらあいつらの間で進展があったらこんなに頭を悩ますことも無いんだけどね……」
そう、ひとりごちてため息を吐いた瞬間
ぴりり
と着信を告げる携帯のアラームが部屋に鳴り響いた。
そこに映し出された名前を見て思わず「げっ」なんて言葉が漏れる。
そうして出るか出ないか迷っていれば一度鳴り止んだ携帯が再び着信音を奏でた。
「……もしもし」
《あーやっと出た―》
「俺、今すごく忙しいんだけど。用件が無いなら切るよ」
《そんなつれない事言うなよ~》
「はぁ……。て言うかそっちの方が忙しいんじゃないの?確か締切もうすぐでしょ、兄ちゃん」
呆れた声音でそう言えば電話の向こうの相手は《あはっ》だなんて言って誤魔化そうとする。
声しか聞いていないのに何故だろう、鮮明に今兄ちゃんの顔が浮かび上がる。
電話の相手は俺の実の兄である笹原龍、今世間で最も売れている小説家だ。
俺に腐男子としての英才教育を施した張本人でもある。
「で、何の用なわけ?」
《何だよ、用が無いと可愛い、可愛い弟に電話しちゃダメなのか?》
「切るよ」
《わーーー!待って!頼む!切らないで!!》
「はぁ……。まぁ大方原稿の締切が迫ってきたもののまだ終わらないから何とかして担当である鈴原さんを説得したいけれど出来なくて現実逃避の為に俺に電話をかけてきたってとこでしょ」
《流石、我が弟。よく分かってるじゃないか》
「そりゃ締切が近づく度に現実逃避させて!って毎回電話してきてたらもうそのパターンくらい覚えるよ。て言うかプロだろ、大人だろ、現実逃避してないで向き合えよ、原稿と!」
《プロでも、大人でも向き合いたくないことの一つや二つあるんだよ!》
「そんな情けない兄ちゃんの言葉聞きたくない!て言うか俺も忙しいの!」
《兄ちゃんのが忙しい!!》
「じゃあ電話してくんな!バカ兄貴!!」
《え、ちょ、ま》
ぶつっ
「はぁ~~~」
焦った声が電話の向こうから聞こえたがどうせ大した用も無いのだから切ってしまっても問題ないだろうと思い、通話終了のボタンを押してついでに電源も落とす。
兄ちゃんの事は尊敬しているし好きなんだけど、締切間際に相手をするとすごく疲れる。
しかも自分も修羅場の真っ只中なのだから。
「とりあえず夏合宿で何かラッキーラブハプニングが奏汰と颯希に起こりますように……!」
そう祈りながら心の中で、起こらないなら俺が起こせばいっか!なんて考えて俺は思考を放棄して思いっきりベッドへダイブした。
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