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028 想像もつかないや:R

 美術室に着いたのはギリギリで。 「風紀の立候補、オッケーだったよ。紫道(しのみち)も」  説明を受けて課題の絵を描き始めて、ようやく私語が目立たなくなったタイミングでそう言うと。同じ作業台で鉛筆を走らせる將悟(そうご)(かい)が顔を上げた。 「あと杉原もね。風紀やるのって、將梧のため?」 「涼弥、大丈夫だったんだ」  ホッとしたように呟き、不満と満足が混ざった顔で將悟が僕を見る。 「俺が選挙出るからだよ。もし、役員になっちゃった場合……風紀委員なら近くで助けられるから……って」  やっぱり。  杉原の理由は翔太と同じ、愛のためってやつ……か。 「へーすごい。愛されてるね」  ちょっと嫌味入ってることに將悟は気づかず、幸せそうに照れてる。隣にいる(かい)は、僕に向かって肩眉を上げて見せたけど。  愛されてる自覚? 自信? そういうの、何を根拠に持てるんだろう。  言葉だって。  セックスだって。  証明出来ないじゃん?  存在しないかもしれないモノ信じたり、すがったり……バカバカしくないの?  はじめからないモノ、なくして悲しんだり苦しんだり。虚しくないの?  でも。もし、リアルにあるなら。  愛されるのって……どんな気分かな……想像もつかないや。  そんなこと思いつつ。  將悟と凱とダラダラ喋ってたら。 「水本、あれから何もないか? あの……写真のことで」  僕と凱に、將悟が聞いた。  先週の杉原の件。  水本が持ってる將悟と杉原のキスシーンの動画は、2人にとって脅しのネタにはならないことわからせたけど。それを何かに悪用されないように、こっちも同様のネタを保険として作ったのが写真。  凱と僕が事前に打ち合わせて。不意を突いて、僕が水本にキスしたところを撮ったやつ。 「うん。保険、効いてるみたいねー」 「僕にもないよ」  凱とともに答え。 「すれ違った時、照れて目逸らされたくらい」  そう続けると。將悟が、それは違うんじゃ?って顔をした。    まぁ、水本はノンケだから。男にキスされてムカついてる可能性も否定出来ない。でも……目覚めることもあり得るから。  見た目も言動も悪めの水本みたいな男、征服欲掻き立てられるんだよね。   「完全フリーなら相手してもよかったけどな」 「へー落ちたの? 紫道」  凱に聞かれて、口元がほころぶ。 「もうすぐそこ。風紀委員になったらオッケーだって」 「そのおかげで。俺が選挙出るんだからな。つき合うなら大事にしろよ」  將悟は変わらず忠告風味。 「もちろん。やっとだもん」 「あんまいじめんなよ。紫道はタフそうだけどさ」  凱にまでそんなふうに言われると、ちょっと心外。  いじめるのはセックスの時だけ。あくまで快楽のスパイスなのに。  当然、スパイスは一度にたくさん入れない。様子見ながら、ちょっとずつ……その加減は、心得てるから。  ちゃんとおいしく調教してあげるんだ。  楽しみ気分を映すように、白い画用紙に絵を描いた。  5限目が終わり、將悟がダッシュで教室を出ていった。  杉原のとこかな。風紀に受かったオメデトウ言いに?  仲良くていいね。  でもさ。  ついこないだまで、普通に彼女がいるマジメでおカタい委員長だったのに。ずいぶんな変わりようじゃない?  愛? 錯覚?  冷めたら消えたら我に返るなら、ないのと一緒……。 「ねー玲史」  テーブルの向かいから、凱が呼んだ。 「お前、人好きになったことあんの?」  聞かれて、ニッコリして。 「好きだよ、凱」 「サンキュ。俺も好き。けど違くてさー、將悟たちみたいに」  唇の端は上げたまま、凱を見る目に険を含める。 「恋愛の好きはないけど。きみはあるの」 「たぶん大昔にはねー。もう、無理。俺、そんな価値ねぇからな」  僕を見据える瞳がすごく暗い。凱は、たまにこういう瞳をする。  人の闇の部分って、見える人には見えるし……興味を引かれるよね。 「何ソレ。愛する資格がないとかいうつもり? くだらない」 「へーはじめて見たぜ。お前が毛逆立てんの」  おもしろそうに笑みを浮かべる凱。 「そこ、地雷?」 「猫じゃないから僕。地雷とかないし。リアルに愛とかも、ないから」  努めてにこやかに言う。 「いろいろ便利に、汚れた気持ちもキレイなモノに思わせるために使う言葉の代表でしょ、愛っていうのは」 「そー? あるとこには、あんじゃねぇの?」 「じゃあ、愛のチカラってのも?」 「知ってるぜ? そいつがいーほうに向いてればいーけど、悪いほういくと最悪だってのもな」  いったん消えた闇が、再び凱の瞳の奥に広がる。 「お前、悪者に容赦ねぇじゃん? そーゆーヤツは自分も簡単に悪者になれんだろ。道、踏み外さないでねー」  飛躍し過ぎな凱の話に笑う。 「平気。誰ともモメてないし、紫道とつき合うし。楽しみで気分いいもん……泣くまで攻めまくりたい」 「あー……そーいえばサドだっけお前。いい趣味してんね」 「縛ってあげよっか?」 「俺は嫌」 「どんなプレイでも出来るでしょ、きみ」  誰とでも、とは言わないけどさ。 「必要ならな」 「將悟とはノーマルセックス?」  唐突な問いにも、凱は動じず。 「そーね。よかったぜ」  無邪気な笑顔で、あっさり認めた。 「さっき、將悟……一度タチで一やったことあるって言ってたよね。きみが抱かれたんだ」 「俺はどっちでも楽しめんの」 「そうだったね。女もイケるんだっけ。でも、何で……杉原が知ったら大変じゃない? 僕はバラさないけど、そのうち將悟が自分から話すんでしょ?」  全部知りたい、嘘はつきたくないって……そんな近いつき合い、息苦しくなりそう。 「んー大丈夫。俺に突っ込んだくらい、大した問題じゃねぇだろ」 「……かなぁ?」 杉原って。独占欲とか嫉妬心とか、超強そうだけど。 「凱はボコられて、將悟は監禁陵辱されちゃうかもよ」 「涼弥は、んなことしねぇって。アイノチカラで堪えられんじゃん?」 「だといいね」  そんなのが実際にあれば……ね。

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