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094 嫌な予感:S

沢渡(さわたり)! 出て来いよ」  西住(にしずみ)に大声で呼ばれた沢渡が、階段から現れ……深く頭を下げた。 「先日はお世話になりました!」 「ああ……元気そうだな」  状況が状況だっただけに、学祭の時は危うい感じが強かったが……今の沢渡は、わりとまともに見える。  風紀の見回りをする俺と西住を尾行してたことは、沢渡にとって正当な行動らしく。向ける笑顔にバツの悪さや申し訳なさはない。 「ついてくる必要ないっつったろ」  西住の言葉にも。 「俺には必要なんだ。きみが心配で……何かあったら後悔する」  やさしげな眼差しで返す沢渡。 「あるわけないって。ここ学校だし。川北さんはネコだし」  は!?  心配……って、俺が西住を襲うとかそういう……? 「だとしても、誰もいないところで2人きりで西住の魅力に気づいたらもう……触って匂い嗅いでやりたくなってガマン出来なくなるだろ。やられる前に止めないと……」 「ないから。妄想やめろ」  先に、西住が遮った。 「川北さんには、俺よりずっとかわいい恋人がいるんだし」 「きみよりかわいい人はいない」 「……いるだろ、そこら中に」 「自分をわかっってない。だから心配なんだ」 「それはお前が、俺を好きだから……」 「好きだ。こんな俺とつき合うくらい、心も広くて深くてやさしくて最高なのに……無自覚なところも」  俺、邪魔だな。  沢渡はやっぱり独特だが、一途なところはいい。  2人を残してこの場を去っても問題はないだろう。見回りも、あとは風紀本部に戻るだけ……。 「とにかく。もうついてくるなよ。俺に手出す心配とか、川北さんにも高畑さんにも失礼だからな」  すでに慣れたのか。照れることもなく、西住が話を締める。 「高畑……?」 「川北さんの彼氏。あの時いろいろ助けてもらったじゃん。あの人が来なきゃ、俺たちつき合ってないだろ」  確かに。俺だけじゃ、クズな連中を追い払えても……2人の仲を取り持ったりは出来なかったな。 「あの……人……この人の、彼氏……?」  沢渡が俺を見る。 「あれ? あの時気づかなかった? 言ってなかったっけ?」  西住も俺を見る。 「すみません。バラしちゃって……」 「そりゃ別にいいが……」  玲史とつき合ってるのは、誰に知られても問題ない。  すまなさそうな西住じゃなく、沢渡に視線を留める。  瞳が、驚きといか……困惑してるようで。 「どうした? 玲史に何かあるのか?」  沢渡の目が泳ぐ。  けど、逸らさない。  第六感なんてもんに馴染みはないが……嫌な予感がする。 「気になることがあるなら言ってくれ」 「え……と……」  何もない、とは言わない。  自然に嘘を吐けない。代わりに、隠したい何かを簡単には吐かない質か。どうすれば……。 「言えよ」  西住が沈黙を破る。  「受けた恩はキッチリ返そうぜ」 「……わかった」  沢渡が頷く。  よかった。  聞かなけりゃならない話かどうかわからないが、聞きたい。  玲史のことなら。好きなヤツのことなら、スルーは出来ないだろ。 「川北さん、ほんとに……あの人とつき合ってるんですか?」 「ああ」  即答する。 「けど、その……あなたがネコって……だとすると、あの高畑さんがタチで……?」 「そうだ」  即答する。  沢渡の困惑はそこじゃないはず。 「いつからですか?」  いつ……。  ハッキリつき合い出したのは、正式に風紀委員に決まった先々週だが……感覚としちゃ、風紀で賭けをした時からだ。  俺の部屋で。目の前で。玲史がオナって勃って……覚悟を決めた。 「2週間前くらいから、だな」  その答えに、沢渡は何故か安心したみたいだ。 「西住と川北さんが小ホールのところにいた時に、俺のスマホに写真が送られてきました。2枚」  沢渡が話し始める。 「八代(やしろ)先輩からです。学祭の時の、茶髪の」  茶髪……あいつか。 「どこかの駅前と……ホテル前にいる高畑さんが写ってました。見たことない男と一緒に」 「え……? 何だよそれ」  西住が口を挟む。 「ほんとに高畑さんか? その写真見せろ……」 「見回りが終わってから見せるつもりだった。俺はあの人の名前とか知らないから、きみに聞こうと思って」 「名前? 何で……」 「先輩が知りたがってるんだ」  沢渡が差し出したスマホの画面を、西住と覗き込む。 『学祭の時コイツ来たよな。名前と連絡先教えろ。無視したらお前のオカズさらうぞ。期限は3日』  メッセージは明確。  そして。  その下の2枚の画像。  写ってるのは紛れもなく玲史と、見覚えのある男。学祭で会った、玲史の元セフレ……清崇(きよたか)って言ったか。 「それ撮ったの1ヶ月以上前です。後ろの映画館のこのアニメ、9月いっぱいで終わってるから」  沢渡が画像を指差した。  だから、安心したのか。  俺と玲史がまだつき合ってない頃なら、ほかの男と一緒にいる写真を見せても問題ない。 「一緒にいるの、知ってるヤツですか?」  マズい写真じゃないとわかったからか、西住の口調は重くない。 「ああ」 「元彼とか?」 「……まぁな」 「じゃあ、それはいいとして」  そう。それは問題じゃない。  問題は……。 「あいつが玲史に何の用があるのか」  西住の言葉の続きを口にする。 「何のためか……」  俺と目を合わせ、沢渡が首を横に振る。 「わかりません。けど……俺に名前聞くってことは、先輩たちと高畑さんは知り合いじゃない。あの時に見かけて顔覚えてて……別のとこで、何かモメたのかも」 「でも。画像、9月のなんだろ。写真見て、うちの学祭で見た顔じゃんってなったとか」  なかなかの考察をする沢渡と西住。  学祭の時、玲史はヤツらを知らなかった。入れ違いで教室に来ただけで、直接モメてはいない。  そのあとも、玲史とヤツらの接点はないはず。昨日の夜以外、俺と一緒だったからだ。  つまり。  用があるのは、ヤツらとは別の誰か。そう考えるのが自然だ。 「あいつらに写真を見せたヤツがいるな。そいつが玲史に用がある……」 「どこの誰かわからなくて探してたんですかね。てことは、あいつらのダチかな?」 「そんなとこだろう」  誰かってのは、今はいい。  それよりも。 「沢渡」  確認したい。 「西住に聞けば、玲史の名前も連絡先もわかる」  風紀委員同士はメッセージアプリでのやり取りが多いが、メンバー全員の電話番号とメールアドレスのリストにもアクセス可能だ。 「八代ってヤツに、すぐ教える気だったか?」 「はい。そうしなきゃ西住が……だから、教えます」  当然の答え。 「お前ソレ、まず高畑さんに了解取ってからじゃないと」  西住が、常識的に意見するも。 「意味ないだろ。ダメだって言われても、俺は教える」 「いや、ソレ……」 「きみの安全のためなら、俺は何だって売るよ」  沢渡は揺るがない。  それはわかってる。 「沢渡。頼みがある」  だから……。 「八代に、名前はすぐ教えろ。玲史には俺が言っておく」 「だけど……」 「連絡先は、学園内で聞きまくってどうにか調べる。ヤツにはそう伝えて……まだ教えないでほしい」  期限が3日あるなら、何か対策を考える。  そうしなけりゃならない。  八代……いや、そのダチか何かが玲史に用があって。玲史の連絡先を手に入れたら、直接コンタクトを取るだろう。  そいつの用件が何か、全く見当はつかない。  でも、もし。ヤバい類のもんだったら。玲史はたぶん、俺に内緒で動く。  俺の身を案じてかもしれないが……。  万が一の時、助けられないのはごめんだ。  嫌な予感が消えてない。  どうにか。何かあれば、俺も知れるようにしておきたい。  助けが要るなら助ける。  力が要るなら貸す。  当然だろ。  恋人だからな。

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