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093 それが嫌になるまでは:S

「聞いたことないですか? まともに愛されなかった子は愛し方がわからない、恋愛がヘタクソだって」  西住(にしずみ)の言葉に眉を寄せる。 「そりゃ、親に……か?」 「親に限らず、近い大人とか。誰かに大切にされた経験があるとないとじゃ、違うらしいですよ」  軽い調子で言う西住に。  親に愛されなかったのか? 大切にされなかったのか?  なんて、軽い調子で聞けやしない。  浅い関わりしかないのに、踏み込む話じゃない。 「おかしな恋愛の仕方する原因はほかにもあるだろうけど。俺が沢渡(さわたり)みたいになる可能性、なきにしもあらずだから。好きになりたくないんです」 「そう……か」  何かをしたくない……回避欲求ってのは、嫌なことを避けたいから。 『好きになりたくない』  恋愛でそう思うのは、嫌なのか。避けたいのか。恋愛を。  したくないことは、出来りゃしないほうがいい。ほかに選択肢がないとか、義務だとかで必要ならやるしかないが……恋愛は、しなけりゃならないことじゃない。  かといって。  誰かを好きってのはコントロール出来ない感情で。胸に秘めたり抑えたりは出来ても、意思で即消去なんて出来ない。失恋して忘れるにも時間がかかったり、引きずったりする。心を支配する、手に負えない代物。  そう力説してたのは、片思い中の(たすく)だったか。  とにかく。  恋愛感情に抗うのって、可能なのか?  どうなんだろうな。  今まで恋愛経験がなかったのは、したくなかったからじゃない。したいと思ったこともないが、誰かを好きだって思わないようにしてたわけでもない。  ただ、出会わなかっただけ。  出会ってても、感情がそっちに向いてなかっただけ。  そっちに向いても、なかなか自覚しなかっただけ。  自覚した今。  もし。たとえ、玲史を好きな気持ちをなくしたくなっても。  好きじゃなくなれる気がしない。 「あ……」  先に気づいた西住が口元に人差し指を立てる。  多目的教室が並ぶ廊下のつきあたりにある小ホール。その手前の防火シャターの壁裏。放課後のこの辺りはほぼ人気がない、重要チェックポイントになってる。  足を止め、そこから聞こえる話声に耳を澄ます。 「恋人とか思ってうかれてんの、お前だけじゃん。わかってんだろ? あいつはただやりたくてオッケーしたって」 「わかってる」 「いいのか? 都合よくやられるままで。そのうち好きになってくれるとでも思ってんの?」 「どうかな。なるようになるんじゃない」 「飽きたら終わりだ。そういうヤツだぜ」 「わかってるよ」 「お前、それで……」 「何でお前が熱くなる? 俺がいいんだから、別にいいだろ?」 「……よくねぇよ」 「何で?」 「軽く扱われんのに腹立つんだよ」 「だから。何で?」 「俺、は……お前が……」  声が途切れたところで。  目を合わせ、同時に踵を返した。 「なんか……」  声が聞こえない場所まで無言で歩き、西住が口を開く。 「邪魔しちゃマズいですよね、今の」 「ああ。ケンカやエロじゃないし、な……」  それに。風紀を乱す行為をしてないかの確認だとしても、盗み聞きしていい類の話じゃなかった。 「まぁ……熱くなってたほうが冷静なほうに告ったら、どうなるかわからないけど。とりあえず、この階の空き教室チェックして。あとでもう一度見ときます?」 「そうだな」  恋愛に疎い俺でも。今のヤツらの話は、なんとなくわかった。  熱くなるのは気にかけてるから……好きだから、か。  それはともかく。  会話の内容が、身につまされるっつーか……ネガティブに考えさせられるっつーか。  バカか俺。  恋愛はポジティブに考えろ!  負のオーラは悪い結果を招く!  これも、佑がよく自分に言い聞かせてたやつだが……見倣おう。  勝手に想像して落ち込んでりゃ世話ないだろ。 「俺もそう見えますか?」  唐突に、西住が聞いた。 「今の、冷静なヤツの相手みたいに」 「は……?」 「やりたくてオッケーした。飽きたら終わり。沢渡が俺を好きなのを利用してる、みたいな」  さっきまで。沢渡の気持ちを無碍に出来なくてつき合うことにした、ように見えてたから……。 「そんなふうには全然見えないが……そうなのか?」 「違います。でも、あいつから見れば同じかもしれない。俺、やる気はあっても、好きになる気ないし。仮になっても、同じ熱量返せる気がしないし」 「今は……沢渡がかまわないなら、それでいいんじゃないか」 「川北さんがその立場だったら、いいんですか? それで」  間が空いたのは一瞬。 「ああ。それが嫌になるまでは……」  つき合うのをやめるより。ただの友達に戻るより、いいだろ。  恋愛感情を向けられてないくらい、かまわない。  先は。今そこで聞いたように…… なるようになる、でいい……。  見回りを続け、ちょうど廊下の端まで来て引き返してる途中で。防火扉の裏から2人が現れ、並んでゆっくり階段へと消えた。俺たちを気に留めることなく、何か話しながら。 「話はついたみたいだな」  他人事ながらホッとする。  怒鳴り合うこともなく。風紀の指導も不要でよかった。 「あれ、E組のヤツらです。へぇ、意外な組み合わせ……」  西住が笑みを漏らす。 「もし。あの2人がつき合うってなったら、みんな驚きそう 。え? アイツらが!?……っていうカップル、たまにいますよね」  今の2人は知らない顔で。一年のことはほとんどわからないが、まぁ……確かに。 「傍から見りゃ意外ってのは、いるな」  廊下を戻り。2人が去った防火扉の壁の裏へ……当然誰もいない。  小ホールの施錠もオーケー。 「川北さんと高畑はお似合いですよ。ただ……」  ニヤリとする西住。 「川北さんがネコなのは、やっぱり意外。やったってことは……高畑さんに抱かれたんですか? マジで?」 「……マジだ」 「よかったですか?」  ほんとに。  マジで。  エロトークに躊躇ない後輩と見回りはキツい! 「ああ」  肯定する。 「好きになっちゃうくらい?」 「まぁ……それで好きになったわけじゃないが……」  肯定、する。 「あんなかわいい顔して高畑さん、けっこうすごいんですか?」 「そう……だな」  肯定……する。 「川北さんて、ドライでもイケます?」 「ああ、まぁ……」  肯定……。 「飛ぶまでヤリまくり?」 「……西住」  肯定せずに、息を吐く。 「聞くな」 「すみません」  悪びれずに、西住が肩を竦める。 「川北さんみたいなタイプのネコって新鮮で。興味深くて、つい……いろいろ聞きたくなっちゃうんですよね。そのうち、俺もネコデビューするし」  無邪気な瞳で遠慮ない下ネタ質問はキツいが、憎めない後輩ではある。 「その時は、無理なくほどほどに……って、沢渡に言っておけ」 「はい」  西住が素直に頷いて。 「あいつのセックス、やっぱり変態入ってるのかな」  笑った。  学祭翌月曜日の放課後の学園は平和で、風紀違反者に出くわさずに見回りも終盤……だが、どこか妙だ。  第二校舎3階から2階1階を回る間。視界に入る人影はないのに、人の気配を感じることが度々あり。誰かに見られてるような感覚に何度か振り返るも、誰もいなかった。  第一校舎の各クラスの教室を覗き。残ってる生徒をチェックしながら3階、最初のチェックポイントへの階段下に戻ってきたところで。  また。強い視線を感じた。  素早く、辺りを見回す。180度。見える範囲には、俺と西住しかいない。  階段の踊り場か。教室のドアの向こうか。廊下の出っ張ったところの陰か。ロッカーの後ろか。  死角はあるが……。 「どうかしました?」 「お前、誰かに見られてる気しないか?」  西住に問いで返す。 「たまに、見張られてるみたいな……」 「あ。気づきました? さすが、武道部」 「は……!?」 「大丈夫っつってんのに、ずっとついて来てて」  笑みを浮かべる西住。 「誰が……」  なんて、聞くまでもなかった。 「沢渡か」

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