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092 好きにならなく出来るのか?:S

 生徒会と風紀の顔合わせで昼休みが終わり。午後の授業からSHRまで、あっという間だった。  今日は時間が過ぎるのが早い。  忙しいわけじゃなく。特別楽しいってわけでもなく。平和な日常のはず……いや。  日常は変わった。来期の風紀委員長になり、これから放課後の見回り当番がある。  まぁ、これは外側というか。物理的というか。大した変化じゃない。  大した変化は、内側だ。  もともと。授業中にボーッとしてる時も、特に物思いしてるんじゃなく。ただ気抜いてるだけで、日々何かを絶え間なく思考するタイプとは違う。  他人の頭ん中は測れないが、自分は悩みや心配事は少ないほうだと思ってる。わりと、楽観的というか。どうにかなるさ、というか。  どうにもならないなら、ならなくてもかまわない。それを受け入れてる、つーか……。  どうしてもガマンならない。どうしてもこうしたいってもんのが、なかった。  日常は平穏。学園の友達との仲は良好。離れてる家族との関係も、極端に悪くはない。過去の傷の痛みも遠い。  だから。常に頭に浮かんだり心に居座る思い、なんてのとは無縁だった……今までは。  それが今じゃ、考えないようにしても考えちまうことがある。  いや、そうじゃねぇ。  考えないようにしてるせいで、よけい考えちまってるのか。なくならないのか。  とにかく。  俺の内側から、玲史がいなくならねぇ……!  玲史とつき合い始めて今日で10日。  おとといの夜、セックスして……昨日の朝まで。何度も。欲情して。やって、満たされた。  好きだと自覚した。  はじめての恋愛感情だが、錯覚じゃない。  そのせいで、とまどってる。  内側に玲史がいる。  玲史のことを考えちまう。  意識して気をつけちゃいるが、言動がおかしくなってそうだ。  つっても。今日は玲史とゆっくり話す時間はなかったから、よかったのかもしれない。  もう1日2日経って、気持ちが落ち着けば。  この、変な高ぶりは鎮まるはず。この、原因不明のモヤも消えるはず……だよな? 「川北さん?」  呼ばれて、足を止める。  気づいたら上の空で、最初の見回りチェックポイントへのルートを間違えるところだった。 「大丈夫ですか? 身体の調子悪いとか……」  一緒に見回ってる西住(にしずみ)の視線は、俺の首に散る内出血の痕。俺に限ったことじゃないだろうが……今日見られるのは、ここばっかだ。 「ボケっとしちまって悪かった。大丈夫だ」 「あのあと、やったんですよね? 高畑さんと」  ストレートに聞かれた。 「ああ……まぁ、つき合ってるしな」  肯定し。つい、理由も口にする。  そうだ。  コイツは話好きで。下ネタ好きで。うちの学園に来て男とのセックスを知って。  そして。学祭の見回りで、性的暴行を受けそうになってたクラスメイトを助けて。そいつに告られ、オーケーして……。 「お前は、その……沢渡(さわたり)とは……」  後輩のプライベイトに口出すのは控えたいが、あの一件でつき合うことになった2人だ。俺と玲史が関わらなけりゃ、こうなってなかったかもしれない……って、少しばかり責任を感じる。  西住が流れでオーケーしたふうに見えて。沢渡はかなり本気で、だいぶ独特なヤツだったから。気にかかってた。おせっかいだと思うが、いろいろ心配っつーか……。 「やってません」  言い淀んだ問いに、西住が答える。 「一緒にメシ食って、そのへんブラついて。路地裏でキスしただけです。9時には部屋にいました」 「……そうか」 「特に目つけてたヤツはいないけど、学祭だから。ノリで誰かといい感じになってやれたらラッキーって思ってたんです」  ノリでやる、のか。  その軽さはわからない……が。  そうだった。  言ってたな。  女とやったことはあるが、つき合ったことはない。  男とやるのにハマったが、好きとかつき合いたいとかはない。  コイツも、恋愛経験がないのかもしれない。 「で、沢渡とつき合うってなって。なのに……やらないとか」  西住が溜息をつく。 「あれだけのこと言っといて。意気地ないんですよ、あいつ」 「……期待、してたのか?」 「するでしょ? 熱烈に告られて。俺、オッケーしたし。学祭の夜だし。当然、エロい気分になります」  なんか。  俺の認識と違うな、かなり。 「あいつだって。家帰って絶対、俺オカズにして抜いてます。いつもそうしてるみたいだし。せっかくリアルでやれるチャンスなのに、意味不です」 「沢渡にとっちゃ、いきなりの展開だったろ。あの先輩だか何だかに脅されて、俺たちに助けられたのも。お前に気持ちがバレて……つき合うことになったのも」  いろいろあってキャパ超えちまった沢渡が西住にムチャしないか、心配してたが……。 「お前とつき合う、それだけでいっぱいいっぱいだったんじゃないか?」 「だとしても。好きって口で言うだけで。俺、その気だったのに」  心配不要。むしろ、西住のほうがやる気だったらしい。 「変わってる面はあるが、沢渡のお前に対する気持ちは本気だと思うぞ」 「それはわかってます」  西住が笑みを浮かべる。 「変態なのも」 「……お前が、オーケーしたのは、流されてとかじゃないんだよな? つき合ってるフリした手前、断りにくくてとか。沢渡を落ち込ませるのは忍びないとかじゃなく……」 「ちゃんと、いいなって思ったからです。いきなりあの変質的な熱量で俺をっての知って、最初はマジビビりましたけど」 「なら、よかった」 「かわいい顔してるし。あそこまで好かれるのって、悪い気しないし。恋人にしたら、何でも言いなりに出来そうだし。恋愛関係っていうより、セフレとかオモチャとか? 飽きるまで……」 「おい!」  遮った。聞くに耐えず。 「いくら何でも……」 「冗談です」  笑顔で言って、真顔になる西住。 「俺、男知って間もないし。タチしか経験ないし。やりたいイコール抱きたい、だし。沢渡とやるのはアリでも、抱くほうのつもりだったし。でも、あいつは俺を抱きたいみたいで」  そう……だったな。  西住はタチだった。  2人とも、見た目は細身でゴツさはないが……言動から、沢渡が西住を襲う心配しかしてなかった。 「そういう場合はどうするんだ? おとといは……お前が沢渡を抱く気だったのか?」 「いえ。今まで、抱かれるほうは誘われても拒否ってて。俺がネコはあり得ないって。突っ込まれてもいいって思ったの、沢渡が初です」  屋上への扉がある踊り場のようなスペースに到着。3階から半分死角になる重要チェックポイントだ。 「誰もいませんね」 「ああ」  手にしたリストにマークする。  扉の施錠を確認し、これもチェック。 「あいつの変態加減に、何故か嫌悪感ないし。抱かれる気にもなるし。俺……沢渡のこと好きなのかな? 一時の気の迷い? どう思います?」  階段を降りながら、西住に聞かれ。 「抱かれるのもオーケーって初めて思えたのは、特別な気持ちがあるからかもしれないが……」  恋愛感情ってやつに関して、ヘタな憶測は出来ない。俺自身、自分の気持ちをやっと自覚したばかりだ。 「本心はお前にしかわからないだろ。今すぐじゃなく、あとでわかる気持ちもあるしな」 「ですよね。あー!」  西住が、憂いを含む声を上げた。 「好きになりたくない。マジで」 「どうして……」  好きになったらマズいのか。  何が嫌なのか。  何か、怖いのか。  恋愛恐怖症ってやつか。  そもそも。  好きにならなく出来るのか?  少なからず驚く俺に、西住が肩を竦める。 「沢渡みたいに……あんなふうになっちゃうのは嫌だ」  何だ……そういう……。 「アレは、独特っつーか……一般的じゃないと思うが……」  本人がそう言ってても、変態と呼ぶのは気が引ける。 「でも、アレしか知らないから。周りのヤツらも、恋愛ってより性欲優先だし。まともなの、守流(まもる)さんくらいかな」 「……そうか」 「俺、愛とかそういうのに縁がなかったんで」  乾いた笑みを漏らす西住の瞳が、何故か玲史と重なった。

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