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091 今は考えなくていい:S
学祭の片づけも終わり、通常のタイムテーブルに戻った。
期末考査はまだ先で。学祭の準備から本番までがんばった気が抜けてるし。秋の晴れた日は陽気もいいしで、だらけた雰囲気の昼休み。
あちこちでイチャつくカップルが、学祭前より増えてるようだ。
確か、去年もこうだった。
学祭で気分がアガって告るヤツ、告られてオーケーするヤツが多いからか。
結果、新しい男が出来たり。
友達から恋人に関係が変わったり。
ノンケがバイになったり。
ゲイを自覚したり。
校内はもとの日常に戻っても、新たな日常を始めた生徒もいる。
俺と玲史も。今朝、昇降口の掲示板に風紀委員の氏名が小さく貼り出され。見回りの仕事はもう始めてるが、あらためて正式に活動開始だ。
そのスタートに。
「風紀委員長の川北紫道 です。委員のみんなと協力し、学園の風紀を正していきたいと思います。よろしくお願いします」
可もなく不可もない挨拶をして、頭を下げた。
「副委員長の高畑玲史です。風紀を乱すヤツは容赦なく指導して、平和な学園を守ります。エロも暴力も得意だから、頼りにしてください。よろしく」
隣で玲史もお辞儀をする。
さっさと昼飯を食べて集合した風紀委員本部で。
すでに見知った現委員と来期の委員で、軽く委員長副委員長その他の就任をして。
今。今期と来期の生徒会役員10人がやってきての顔合わせ。来期の生徒会長副会長に続いて、俺と玲史が挨拶したところだ。
拍手が消え。
「じゃ、次。実務の引き継ぎは1月までにそれぞれで完了するとして、それ以外に必要な情報を共有しとこうか」
この顔合わせの場を仕切る坂口が言った。
「生徒会と風紀は良好な関係を築き、スムーズな連携を取っていかなけりゃならない。そのためには、ムダに敵対しない。いがみ合わない。かといって、なあなあにならない」
現風紀委員長の瓜生 が続ける。
「仲が悪いよりはいいほうが利は多いが、別組織として互いを見張る役も負ってるからな」
「ほどよく仲良く、諍わない。特に、色恋のモメゴトは起こすべからず……ってことで、現状確認。来期役員委員で、この中につき合ってるヤツがいる人は自己申告して。ハイ、挙手!」
「はい!」
坂口の言葉に。玲史と目配せする間もなく、木谷が手を挙げた。
昨日の今日で、木谷と津田と顔合わせるのは微妙に気マズかったが……個人的な会話をする暇はなく。幸せそうな2人を見て、役に立てたならよしとした。
身体も痛めてなさそうだしな。
「あれ? ひとり? 恋人は妄想?」
「違います……!」
木谷の視線を追って、ほぼ全員が生徒会会計の津田を見る。
「あー、愛のために風紀入ったんだっけ。その子とうまくいったんだ?」
「はい」
坂口に聞かれ、答える木谷。
「いつから?」
「選挙発表のあと告って……」
「やったの?」
「はい。昨日……」
「翔太 !」
津田が声を上げ。
「俺、木谷とつき合ってます」
話を終わりにするように、強くハッキリ自己申告した。
坂口がニヤリとし、役員委員たちを見回す。
「オッケー。あとは……」
コレは、スルー不可能なやつ……気は進まないが、とっとと申告しちまうのがベスト……。
目を合わせた玲史が唇の端を挙げ、手を挙げる……俺も。
「うちのツートップね」
坂口が頷く。
玲史とつき合ってることに恥ずかしさはないが、こういう注目はキツい。慣れない。
首につけられた痕やら傷やらのおかげで、今日は散々人に見られてるってのに……慣れる気がしない。
「風紀をまとめてく2人……うまくいってる?」
「相性バッチリ。大丈夫です」
玲史が答える。
「身体の相性?」
「え? はい、もちろん」
聞いたのは坂口で、答える玲史に非はないが……。
「それはけっこうだけど。つき合うって、やるだけじゃないからさ。気持ちがないと続かないよー」
坂口の意見もまっとうなんだろうが……。
チクッとくる。どっかに。胸んとこに。
玲史にとって。
つき合うってのは、やることで。
セックスがよけりゃ、うまくいってるってことで。
身体以外に相性ってあるの?……って感じで。
そもそも。やりたいから俺とつき合いたいってなったんだし……な。
はじめから、わかってる。
気持ちより欲で。
それでかまわなかった。
恋愛を知らないのは俺も同じ。
前に進みたくて、玲史の誘いにのった。
ただ、知っちまった。
気持ちが、今は……ある。
つき合うのは気持ちがないと続かないってのは、そうなんだろう。
玲史にそれがあるのかないのか。
あることが、あり得るのか。
考えなけりゃいいのに、考えちまった。
「あと、新生徒会長」
坂口とともにみんなの視線が將悟 に移り、ホッとする。
手の甲をスルッと撫でられ、見下ろした玲史の笑顔に微笑みを返し、そっと息を吐く。
気持ちはあったほうがいい。
けど、今は考えなくていい。
俺にあるのがわかってるだけでいい。
玲史と俺はつき合ってる。
それが大事なこと……で、いい。
「早瀬の男、杉原は嫉妬深いから。この2人によけいなちょっかい出すのは、やめとくのが無難だぜ」
笑い声が漏れる中。
「將悟に手出すヤツは、俺が潰す」
涼弥が凄み、場が静まる。
ブレないな、涼弥は。
そこまでの思いを何年も隠してたっていうのは驚きだったが、うまくいってマジでよかった。
この2人が別れるのは想像つかない。
「ハイハイ。みんな賢いから、きみの地雷は踏まないってさ」
からかい口調で坂口が宥め。
「もし、今の6人にホレちゃった場合は、正々堂々チャレンジで。ゲスなやり方で横槍は厳禁。で……当人たちは、ケンカしても別れてもギクシャクしないようにねー。任務に支障をきたすから」
忠告する。
「はーい」
返したのは玲史だけ。
ケンカしちまっても、きっちり仲直りする。
別れる未来は想像すらしない。
それなら、ギクシャクすることもない。
木谷と津田と將悟と涼弥は、そう思っていそうだ。
玲史は。つき合いをやめたら、単純に友達に戻る……って思っていそうだ。
俺……は。
ケンカはともかく。別れてギクシャクするほどの何かが、俺と玲史のつき合いにあるのか……って。
また、よけいな考えが頭に浮かんじまう。
「みんなも。来期メンバーはゲイとバイ多いし、学園内に男いるヤツもけっこういるみたいだからさ。色恋沙汰でモメないように、自分に恥じる行為はしないこと。んじゃ、次。会長から」
坂口に振られ。
「風紀副委員長が言った必要な情報、というか……共通の連絡事項を伝えるね」
現生徒会長の江藤が口を開く。
今までの……誰と誰がつき合ってるとかは、必要な情報じゃなかったようだ。
「生徒会役員も風紀委員も、任期中は多忙になる。多少の特権はあっても、かなりプライベートな時間を取られる……タダ働きの雑用要員の面もある」
実際、ほかの委員会より何倍もやることは多い。
「ここにいるみんなは責任感と正義感が強いだろうし。報酬のために引き受けたわけじゃないはずだけど。くれるご褒美は、もらっておこう」
一同を見渡して、江藤がニッコリする。
「生徒会と風紀委員会の親睦旅行を、来月中旬に行う。来期は全員、今期は希望者が参加。近場に一泊で、費用は学園から出る。メンバーのコミュニケーション活性化と研修が名目だよ」
控えめにざわつく室内。
「俺ら、仕事いっぱいで大変じゃん? がんばってるから、ご褒美旅行だ。来期のヤツらはこれからがんばる前払い。喜べ!」
坂口の煽りで、ゆるい歓喜の声が上がる。
褒美で旅行。
生徒会役員と風紀委員で、来月……。
今から1ヶ月経つ頃、俺と玲史はどうなってる?
このままか。
それとも……いや、考えるな。
考えたってわからない。
けど、たぶん……。
俺が玲史を好きなのは、変わらない。
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