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090 欠けてるんだろうなぁ:R

 タメがあったから、何かよからぬ情報かと思いきや。  紫道(しのみち)のこと好きか……って將悟(そうご)の問いに、拍子抜け。 「うん」  詰めてた息を吐いて頷いた。 「恋愛感情で?」  僕を見つめたままの將悟に聞かれて。 「うーん、わかんないけど。紫道はトクベツ」  素直に答える。  ごまかす必要も隠す何かもない。  紫道への感情は確かに特別だけど、これが恋だ愛だって思ってもない……ていうか。  信用できないモノにするのが嫌。  だから、考えないの。  この気持ちの正体もトクベツの意味も、わからなくていい。  今は、知りたくない。 「こんなにほしくなったの、紫道だけだし。やっても全然やり足りないし。いろいろしたいことあるし。もっとメチャクチャに犯したいし」  続けたトクベツだと思う根拠と願望に、將悟が溜息をついた。 「無理させたんだろ」 「ほんの少しだけね。セーブするの大変だったから」 「それってやっぱり……好きだから、じゃないか?」 「何で?」  何で。聡も將悟も、恋愛にしたがるのかな。 「タガが外れるのは、強い感情があるからじゃん?」 「憎しみとか怒りとか?」 「そうだな。お前のは違うと思うけど」  さっきより深い溜息をつく將悟。 「恋愛感情だと何かマズいのか?」 「別に……ただ、わからないから」  知らないから。  信じてないから。  幻だから。 「自覚出来るまで、保留にしときたいだけ」 「……紫道はわかったんだ」  当たり障りなく答える僕をじっと見つめ、將悟が言う。 「お前を好きだって、ハッキリ自覚したから……おかしな態度になったんじゃないか?」 「え?」 「俺も、わからなかった。涼弥を好きな気持ちが恋愛感情だってこと、ずっと……わからないっていうより、認めないようにしてた」  昇降口の脇の邪魔にならないところで足を止め、將悟が続ける。 「恋愛として誰か好きになったことなかったし。涼弥を失くしたくなくて、友達でいなきゃって思ってたし。でも、いろいろあって……自覚してさ。意識したら、おかしくなった」 「どんなふうに?」 「涼弥の前で、それまでどうやってしゃべってたのかわからない。いろんなこと考えて勝手に落ち込んだり、ドキドキしたり。自然にって思うほど不自然になる感じ」 「へぇ……」 「涼弥も俺を好きなのかもって思ったら、よけいに。どうしていいか、わからなくて……男とつき合えるか不安だったのもあってさ」  遠くない過去を懐かしむように遠い瞳をして微笑んだ將悟が、あらためて僕を見る。 「風紀委員のことでお前と賭けした時。紫道、言ってたろ。確かめてみる気になった、とか。俺の意思は五分五分、とか」 「んーそうだったかな」 「で、つき合って。学祭も終わって……お前を好きだってわかって。少しとまどってるんだと思う」 「んー……そうかなぁ」 「俺と状況は違うけど。きっと、そう」  自信ありげに言われると、そんな気も……でも。  好き?  僕を?  紫道が?  本気で?  嫌だよ。  幻にされたくない……!   「じゃ、気にしないようにするね。つき合い始めたばっかだし。慣れれば紫道も普通になるだろうし」  この話はもう終わりにしたい。 「玲史……」 「ありがと。そろそろ戻らないと……」 「俺も恋愛は初心者だし、俺が口出すことじゃないけど……」 「あ! 今日の昼、生徒会役員と風紀委員の顔合わせでしょ。会長の挨拶、考えた? 短いほうがスマートだから。紫道にも……」 「聞けよ!」  將悟に遮られ、黙る。 「俺は、お前も紫道も好きだ。大事な友達として」  うん。  笑みを浮かべた。 「すれ違ってほしくない。笑っててほしい。だから、紫道とちゃんと話せよ。言わなきゃわかんないことって、けっこうあるじゃん?」 「そうだね」  まっとうな意見に頷くも。やっぱり、わからないままのほうがいい……って思っちゃう。  まっとうな恋愛観? 持つには、欠けてるんだろうなぁ。  僕には。  愛情って呼ばれるモノを感じるための経験が。  だけど。 「大丈夫。紫道とつき合ってハッピーだから」  これは嘘じゃない。  わざとじゃない僕の笑みに。やっと、將悟も納得したみたい。 「なら、安心……」 「早瀬さん!」  後ろから声がして。 「こんにちは。高畑さんも……」  現れたのは、学祭のゴミ袋を手にした1年の津田和橙(かずと)。 「昨日はありがとうございました!」  頭を下げて上げた和橙の顔は、ほんのり赤い。けど、エロじゃなく通常モード。マジメで清そうな、現生徒会長の江藤に似た面差しで。 「あの、翔太からメッセージいったと思うけど。俺たちのあんなお願い聞いてもらっちゃって、本当に感謝してます!」  礼を繰り返した。 「役に立ててよかったよ。また何かわからなかったら、教えるから聞いて」 「はい」 社交辞令じゃなく言った僕に。同じく本気で頷いてそうな和橙が、爽やかな笑顔を將悟に向ける。 「当選、おめでとうございます。これからは役員としても、よろしくお願いします」 「あ……うん。よろしく」  將悟はやや困惑気味。 「昼休みに、また」  お辞儀をして、和橙が去った。 「津田のやつ、なんかちょっと……変わったっていうか……」 「翔太とやってハッピーなんじゃない?」  そう言うと。 「え、翔太って木谷だよな? じゃあ……」  將悟が嬉しそうに口元をほころばせ。 「よかったマジで。木谷にオーケーしたって聞いて、そうか……そのあと、うまく……」  言葉を止めて僕を見る。 「お前、何で知ってる? 津田と親しかったか? てか、昨日? お願いって?」 「翔太に頼まれて、アナルの解し方教えたの。和橙くんに。昨日。実践で」 「は……!?」  問いに全部答えたつもりだったけど。 「え? 紫道、で……?」  正しく伝わってないみたい。 「紫道は見てただけ。僕もレクチャーしただけで、手は出してないよ。和橙くんが翔太のアナルを解したの」 「そ……」  伝わっても、將悟の顔から驚きは消えず。 「いくら頼まれたからって、そんなこ……と」 「挿れる前に部屋出たし。4Pとかしたわけじゃないから」 「よっ……あたりまえだろ!」  他人事なのに熱くなって照れて、大きく息を吐いて。 「でも、まぁ……いいか。津田と木谷が幸せなら、うん」  問題解決したっぽい。 「お前と紫道も、幸せならいい」 「きみは?」  こっちに振られて、尋ねると。 「俺と涼弥は、世界一ハッピーだ」  ためらいつつも、超ノロケる將悟。  その笑顔を見て、思った。 『紫道とつき合ってハッピー』  それはたぶん、本当。  セックスしたし。  またするし。  気持ちいいし、満たされる……それは幸せなことだよね。  紫道もそうかな。  僕とつき合って、紫道はハッピーかな?  そうだといいな。  今まで、自分が不幸だって思ったことないし。  何が幸せかって考えたこともないし。  幸せなんてあやふやなモノに興味もなかったけど。  恋愛かどうかわからなくても、ハッピーならいい。  ハッピーって思えればいい……そう思った。

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