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089 今までと違う気がする:R
「玲史?」
聡 に呼ばれて我に返る。
「ぼっとしちゃって。川北のこと考えてアンニュイな顔した玲史、風情あっていいな」
「惚れちゃう?」
無邪気な笑顔を作って聞くも。
「惚れない」
当然のノー。
「友だちとしては好きだけど」
笑ってから、考えるふうな顔で僕を見つめる聡。
「さっきの話……今までに告られたこと、けっこうあるよね? 好きだ、つきあってほしい……って。やり中じゃなく」
「それはノーカン。僕をろくに知らないのに好きも嫌いもないじゃん」
「先輩後輩ナンパはそうでも、クラスメイトとかは?」
「僕がタチでSのほうって知ったら怖気づいて、取り消す男ならいたけど。それもノーカンでしょ。ただ僕を抱きたかっただけなら、恋愛じゃなく性欲」
「あー玲史の場合、そこ勘違いされるもんね。でも、ほんとに好きなら逃げないはず」
頷いた聡がニヤッとする。
「川北みたいに」
「紫道 はネコでMなの。僕にピッタリ」
「きみに合わせてくれてるのかもよ?」
言われて。ほんの一瞬、もしかしてって思って……。
「愛のチカラで」
次の言葉で、思いきり首を横に振る。
「違う。アレは素」
聡まで。
愛のチカラの信者なの!?
何でみんな、そんなの信じてるの?
見えるの?
触れるの?
感じられるの?
信じられるのは、愛されたことがあるから?
誰かに……一度でも。
「じゃあ、運命だ。運命の恋人ってやつ」
「何ソレ。クサ過ぎ」
笑った。
笑って、息を静かに長く吐く。
愛の次は運命?
うさんくさいなぁ……でも。
偶然とタイミングと確率の結果を自分の選択で変えられるなら、悪くない。
決められたモノじゃなく。
自分で決めていいなら。
頼りにしてもいい、かもね。
「そういうクサいセリフ、平気で吐けちゃう男がモテるの。学祭とかで気分アガッてる時は特に刺さるから」
嬉し悔しって表情の聡に、また笑う。
「刺さったんだ?」
「だって、そういうのに飢えてたし。待ちくたびれてたし。学祭効果にやられた部分のが大きいし!」
「まぁ、それもあるんじゃない」
駅から学園までの道で。昇降口で。首にキスマークつけたうちの生徒を何人も見た。話しながらのんびり歩く僕たちを今追い越した1年のうなじにも、赤い内出血の痕。
「学祭のあとに楽しんだ子、多いみたいだから」
「だね」
聡の目も、誰かの欲の痕を残した1年の後ろ姿へ。
「1日じゃ消えないからバレバレ……僕もだけど」
「岸岡にもついてる?」
「あたりまえ。ヤラれっぱなしじゃないもん……あれ? きみは?」
「紫道にそんなヨユーないよ」
「かわいそうに」
「十分かわいがってるから大丈夫」
開けっ放しのドアから2-Bの教室に入る。
まだまばらなクラスメイトたちの中、前方の席で佐野と喋ってる岸岡……耳の下からシャツで隠れるところまで、赤いまだら模様……に目が留まる。
「あんなに。マーキング?」
「まぁ、そんなとこ。あ……川北。おはよ!」
視線を横に向けると、ちょうど紫道が後ろから登場し。
「おはよ、紫道」
「おはよう……」
聡と僕に挨拶だけして、通り過ぎる。
「うわ……歯型くっきり。痛そう。ひどくない?」
「十分気持ちよくしてるから、大丈夫」
小声の聡に合わせて声をひそめるも。聞こえたのか、俯いて足を速める紫道。
「じゃ、またね」
呆れ顔の聡に微笑み、紫道の席に向かった。
おとといの夜にセックスして、昨日の今日で。学校で普通のテンションで会う紫道と僕の関係は、やる前と変わらない。
友だちとしてそこそこ仲良かったところに、恋人として身体を繋げる快楽を共有する関係が加わっただけだし。やったからって、僕のモノ!ってベタベタするような趣味ないし。
少なくとも、僕は。
もちろん、紫道だって。キャラ変えて僕にスキンシップしてきたりしない。しないけど……おかしい。どこか。様子が。
始業前に少し話した内容は、体調……腰の痛みはほとんど引いた……のことと。7時頃きた風紀委員長からの連絡メッセージ……今日の昼にミーティングあり……のことくらい。
セックスの話題は出してない。おとといのも未来のも。
昨日の翔太たちとのことにも触れてない。
昨夜のオナニーはどうとか、聞いてない。
なのに。
何か変……な気がする。
そわそわしてるっていうか。
わたわたしてるっていうか。
緊張? 怯え? 高揚? 微妙にテンパってる?。
話してて、じっと見つめると目を泳がせたり。
離れたとこでふと目が合うと、スッと逸らされたり。
かといって、避けられてる感はなく。よそよそしいわけでもない、んだけど。
とにかく。
今までと違う気がする……気のせい?
「玲史。どうした?」
今日の午前中は順番に学祭の片付けがあり、うちのクラスは2限の後半で。昇降口前のスペースに、將悟 とゴミ袋を運んでるところ。
ガタイのいい紫道は、マネキンや大道具を倉庫に仕舞いにいってる。
「んーどうもしないよ」
階段を降りながら答えるも。
「やっぱり、どうかする……かな」
將悟の意見を聞くことにした。
「紫道のことなんだけど」
「うまくいってるんじゃないのか?」
僅かに眉を寄せた將悟が。
「昨日……あ、おとといの夜? やった……んだよな?」
照れながら尋ねるから。
「うん。学祭の夜ね。きみたちも、思い出して赤くなるほどのセックスしたんだ。昨日かおとといかわからなくなるまで?」
つい、からかっちゃうよね。
「壊されなくてよかったじゃん」
「涼弥は大事にしてくれてるから……」
「そう? 杉原、精力強そうだし。攻め好きそうだし。テクよりパワーでやられまくったんじゃないの? アナルに違和感残ってない?」
「な……平気、だし!」
杉原とつき合うようになって、だいぶエロ話に動じなくなってきた將悟だけど。この程度でもまだ恥じらうんだ。羞恥プレイ向き。紫道は、さらに向いてる。
したいなぁ、紫道と羞恥プレイ。
「いいんだよ。俺もやりたかったんだから……って。俺のほうは問題ない。お前だろ。何かあったのか?」
表情を変え、親身な眼差しを僕に向ける將悟に。
「特にないのに。紫道が何か……変でさ」
朝から感じるおかしなところを言い連ねながら。指定の場所にゴミを置き、校舎へと戻る。
「嫌になったとか、怒ってるわけじゃなさそうだな」
將悟の言葉に頷いた。
「悪いことはしてないしね」
「……首。傷だらけだったじゃん。ゾンビん時もお前、マジで咬みついてただろ」
「ほどよい痛みは、気持ちよくなるの」
「ソレ、お前がそう思ってるだけじゃなく?」
「紫道はそうなる。反応でわかってやってるから。感度上がってイイみたい」
「加減、ちゃんとしろよ。間違っても! ナイフとか物騒なもん使うな……」
責めるふうな將悟の瞳が、探るように斜め上を向き。
「あ……そういえば、あの時……」
暫し無言のあと。
「玲史。お前、さ……」
僕を見つめて、口を開ける。
「何……?」
ほんの2、3秒の間でも焦れったい。
そんな言いにくいの!?
僕にわからなくて將悟が気づく何か……?
「紫道のこと好き、だよな?」
將悟が聞いた。
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