98 / 167

098 誰のため?:R

「誰かにつけられたりしなかった?」  ドアの開く音に顔を上げて、尋ねると。 「大丈夫。俺はそんな大物じゃねぇよ」  笑いながら、清崇(きよたか)が狭いカラオケルームのベンチシートに腰を下ろす。L字型ベンチの、僕が座ってないほうの一辺だ。 「僕と会ってるとこ、見られたらマズいんじゃないの?」 「……まぁ、な」 『人目に触れない場所で話したいことがある』 『出来れば今日すぐにでも』 『こっちの駅はNG』 『現地集合』 『ホテル以外で』  清崇からのメッセで、僕が提案したのがここ。学園の駅前に3軒あるカラオケのひとつ。 「これ、俺の?」  テーブルに置かれたアイスコーヒーに、清崇が手を伸ばす。 「あっま! ガムシロ何個入ってんだよ」 「2つ。ミルクも2つ。僕のも」 「いつもコーヒーはブラックだったろ」  喉が渇いてたのか。それでも、半分以上一気に飲み干す清崇に微笑んだ。 「今日は身体じゃなく頭使うからね」 「あー糖分補給ってか」 「そ。じゃあ、先に結論ていうか……僕との密会がマズい理由と、マズいのに密会する理由。経緯とか考察とか希望とかの前に話して」  着地点がわかってるほうが、話が見やすい。 「そりゃ、お互い恋人がいんだからよ。ほかの男と秘密に会うのはマズいだろ。しかも、元セフレだぜ?」  茶化す清崇に。 「僕とやりたいなら、いつものホテルにしたでしょ。ていうか、それなら来ないし。やるなら、紫道(しのみち)がいいし」  取り合わず。 「秘密にしなくても、僕はかまわないけど。幸汰(こうた)くんと紫道呼ぼっか?」  続けると。 「よかった」  清崇がホッとしたように息を吐いた。 「お前が彼氏のこと、ちゃんと好きで」 「え?」 「いー男だったもんな。やるならあいつがいーんだろ? してんじゃん、恋愛」  レン、アイ……じゃないつもり、だけど。  もし……コレが、そうだったら……って。  そんなの、今は問題じゃない。話が逸れる。 「かもね。紫道は好き。トクベツだし。セックスもイイし。つき合ってるし」 「なら、話は早い」  僕の言葉に、満足げに頷く清崇。 「今からお前に話す内容、幸汰には絶対知られたくねぇんだ。お前が何か知ってっかもって思わせるのもナシ」  だから、密会か。 「面倒なことが起きそうでよ。最悪のシナリオ回避のために、お前と決めときたいことがある」 「……何を決めるの?」 「まずは前提。俺とお前は元セフレ。1ヶ月くらい前が最後で、今はお互いフリー。恋人はいない。好きなヤツもいない」  無言で目を合わせたまま、数秒経過。  清崇は冗談言ってない。M気アリの快楽好きだけど、バカじゃない。  心当たりがあるんだろうと思ってたけど。もう、確定でヤバめな事案っぽい。 「誰のため?」  質問タイム突入。 「幸汰とお前の男、紫道」 「僕もターゲットなの?」  ターゲットが清崇だから、恋人だと思われてる僕が危ないんじゃなく? 「俺とお前。ほかにつき合ってる男がいりゃ、そいつらも 。理不尽だけど、原因は俺」 「あり得る危険は?」 「……ボコられる。輪姦される」  清崇が簡潔に答える。 「そん時は、俺らだけで十分だろ」 「ふうん……」  なるほどね。  清崇は幸汰を守りたい。で、僕も……自分と同じように、紫道を守りたいはずって思ってる。  だから、今はフリー。  僕とは、ホテル行くような関係ってバレてるから。無関係は装えない。  でも。  ターゲットの清崇を苦しめる目的で僕も標的になってるなら。  過去のセフレより、今の恋人のほうが効果的じゃん? 僕より幸汰をどうにかされるほうが、清崇のダメージは大きいもん。  ソレをしない理由は、幸汰の存在を知らないから……だとすれば。  清崇の恋人の幸汰の情報と引き換えに、元セフレの僕は標的から外れる。  ココのとこ、清崇が見落としてるはずはない。  だから。幸汰の存在がバレても、僕はセーフにならないはず。僕自身がターゲットっていうのは本当……その理由に全然心当たりはないけど。 「僕とつき合ってることにして、わざと人目につこうとは考えなかったの? そのほうが幸汰くんを守るのに都合よかったでしょ」 「は……考えたに決まってんだろ。俺にとって大事なのは幸汰だけだ。お前とは身体だけ。ある程度の情はあっても、守る義理はねぇし……」  清崇が唇の端を上げる。 「つって、ソレやったら……お前が幸汰をやる。俺への仕返しで。だろ?」 「そうだね」  僕の口元もほころぶ。 「きみが賢くて安心した」 「お前のこと、よく知ってんのはセックスのテクくらいだけどよ。半年もやってりゃ、わかることもあんだろ。お互い」 「信用出来る感じ?」 「おう。だから、俺のことも信じろ。ウソは吐かねぇ。手札も隠さねぇ」  清崇が僕を見つめる。 「幸汰の代わりにお前を犠牲にするわけじゃねぇんだ。どうやっても、お前はターゲットから外れねぇ。だから……幸汰は売らないでくれ」 「売らないよ。2人で済むのに3人に増やす必要ない、でしょ?」  嘘のない瞳を見つめ返した。 「腹いせに幸汰くんを巻き込むほど、クズじゃないつもり」 「……サンキュー」  あ。いい笑顔。  紫道には及ばないけど、この男も見た目に反してかわいい。だから、長くセフレ関係が続いたのかも。 「じゃ、何がどうして誰に狙われてるのか。それ聞いて、対策を練ろっか」  ターゲットにされてるからって、おとなしくどうこうされる気はない。  清崇と僕。プラス、幸汰と紫道がやられるのが最悪のシナリオなら。4人より2人のほうがマシ。ボコられるだけのほうがマシ。被害ナシが一番。  謂れのない罪の代償を払うのは、見合う対価がないと無理。そんなの、なさそうだし。 「俺ら狙ってんの、お前とやるようになって……会うのやめたヤツのダチでさ。お前のせいで俺と切れたって、完全逆恨みだぜ。恨むなら俺だけでいいのにな」  アイスコーヒーを一口飲んで、清崇が話し始めた。

ともだちにシェアしよう!