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097 あるかどうか:R
知らない男に突然された個人的な質問に。
「きみ、誰? 清崇 の知り合い?」
幸汰 との初対面を思い出しつつ。答えずに問い返す。
別に答えてもいいんだけど。
彼氏いるのー? 今夜の相手決まってるー?……とか。ただのナンパなら、すぐ返事するんだけど。
この赤毛、色めいた瞳してなくて。
目的も素性もわからない人間は、軽く警戒対象なんだけど。
警戒心を抱かせる気配は全くなくて。どこか低姿勢というか、申しわけなさげ。
だから、様子見。
「そう。たまきっつーの。清崇ってより、幸汰のダチ」
幸汰の友達……が、何の用だろ?
「前に、清崇とあんたが一緒にいるとこ写真撮ってさ。浮気してるって幸汰に見せたの、俺」
「へぇ……」
清崇と幸汰の関係を進展させるきっかけになったのが、この男ってことか。
「9月ラスト週、あいつと会ってたの、あんただろ?」
「うん」
もう、普通に答えてもいいかな。声かけてきた理由も知りたいし。
「友達の色恋問題スルーしなかったのって、正義感?」
「んな大層なもんじゃねぇ。2人がつき合うの、もともと反対だったしよ。清崇はいい噂聞かねぇゲイで、幸汰は腐れ縁の親友に流されてるだけに見えたからさ」
「そうじゃなかった、でしょ?」
「みたいだな。幸汰がオッケーしたあとも、あんたとやってたってバレたのに ……あの写真のおかげでうまくいったとか礼されて、意味わかんねぇ」
「本人たちがわかってれば、いいんじゃない?」
口元をほころばせる僕を見て、たまきも表情を緩め。
「それ。恋愛の尺度は人それぞれってな」
一息ついて。
「で、本題っつーか。偶然あんたのこと見かけて、声かけたのは……謝ろうと思ってよ」
思いがけないことを言い出した。
「え?」
「すまねぇ。悪かった……」
頭を下げて上げたたまきが、真剣な顔を僕に向ける。
「仲間とダーツしに行った帰り、ホテルから出てきた清崇とあんた見て……よくねぇと思いながら、勝手に写真撮っちまって。幸汰に密告した」
「いいよ。結果がいいほうに転んだんだから」
つき合い始めても、清崇が僕とやってたのを知って。
同時に、清崇がネコでマゾなのを知って。
それは幸汰にとってプラスの情報だったから、結果オーライ。
「そこまではそうかもしんねぇが、まだあるんだ。その画像……ダチの神野 ってヤツに、やっちまった」
「何で?」
「清崇が男と一緒の写真撮ったの聞きつけて、一緒にいた男が誰か確認したいっつわれて。1週間前くらいか」
確認って、僕かどうか?
それとも。ほかの心当たりのある、ほかの男かどうか?
「その時は何も気になんなかったが、昨日……俺以外にも例の画像持ってるヤツいるかって、清崇に聞かれて……気になって仕方ねぇ」
「きみの友達が持ってても、害ないよね。脅しのネタにはならないし」
「つーか。幸汰と清崇がつき合ってんの、学内じゃ知られてねぇからな。内緒にしとかねぇと、幸汰が都合悪いらしくてよ」
「ふうん……」
事情があるんだろうけど、大学でバレないように一緒にいるって大変そう。
「じゃあ、ダーツだっけ? その時の仲間は、僕が清崇の恋人だと思ってるんだ」
「それか、あの日引っかけた遊び相手な。あいつ、男関係の評判悪いからさ」
たまきが鼻で笑う。
「清崇のヤツ浮気してやがるって思ったのは俺だけ 。あんたが前の男だって幸汰に聞いた時ゃ、俺ん中でさらに株下がったぜ」
前の男? 初っ端も、つき合ってたヤツって言ってたけど。恋人じゃなくセフレだったって、わざわざ訂正する必要……ないか。
「とにかく。幸汰のことは清崇がひた隠してっから割れねぇが、あんたのことは知れちまってる」
「別にかまわないよ。きみたちの大学でナンパするつもりないし」
「……違ぇって」
たまきの表情が険しくなる。
「画像はダチがひとり持ってるっつったら、清崇に頼まれた。『俺には恋人も好きな男もいない。 誰かに聞かれたら、そう言ってくれ』」
「何……それ」
「清崇のヤツ、ハッキリしねぇんだ。でも、昨日は……焦ってるっつーか、テンパってた。ヤバい心当たり、あんのかもしんねぇだろ」
「きみにはある?」
「ねぇ……が、神野に画像やった時……俺、言っちまってんだよ。こんなかわいいの食ったら、清崇もハマるよな。最近遊んでねぇみたいだし、マジなんじゃね……って」
食ってるのは僕のほう、だけどね。
「幸汰のカモフラになるとか思って……マジで悪かった」
「ま、しょうがないじゃん?」
まだ、今は。何も起きてない。
これから起こるとも限らない。
「軽く言うな。マジでヤバいかしんねぇ……」
たまきが両手で赤毛を掻き上げた。
「あんたと清崇のこと、俺の勘違いだったって言おうとしても……神野と連絡つかねぇんだ。先週から大学でも見かけてねぇ」
「え……?」
「清崇も今日は休みで、幸汰とは話した。昨日ちょっとケンカしただけで何もねぇっつってたが、俺の勘がヤベぇっつってる」
「だから、何かあって。僕にも何かあるかもしれないってこと?」
「あんたがどこの誰か、俺は知らねぇから教えてねぇし。清崇が自分からあんたを巻き込むことはねぇと思うし。一応、気つけといてくれりゃ……俺の気が済む」
たまきを見つめる。
ずっと抑えてた不安が表に出てきたみたいな、余裕のない瞳。
この男にとっては他人事なのに。
人がいいんだな。
少しばかりの要因は作ったかもしれないけど。
何かあるとしても、何もなくても。
たまきのせいじゃない。
原因は清崇だろうし。
清崇とやってたのは、僕の意思だし。
「わかった。気をつけるよ」
「あんたと話せたてよかった。連れのヤツら、待たせちまったな」
僕の後方に向けた視線を追うと、こっちを窺う翔太と和橙 がペコリとお辞儀をした。
「もし、何かあったら言ってくれ。出来るこたするからさ」
「了解」
たまきと連絡先を交換した。
一緒に、清崇と僕の例の画像もスマホに保存。
「玲史、か。高校生だよな?」
「うん、2年」
「喋ってみると……見かけほどかわいいタマじゃねぇな、あんた」
わりと鋭いみたい。
勘っていうのも、ただの気のせいじゃないかも。
「自分の身は自分で守れるくらいにはね」
たまきが去って。
買い物の続きを終えて、アダショを後にして。
満足げにエロアイテムを抱えた翔太と和橙と、学園の駅で別れた。
電車に乗ってる間にきたメッセに返信しながら、考える。
紫道 が電話で言ってた、八代って先輩から沢渡に送られてきた写真……たまきが撮ったやつだよね、きっと。
清崇といた僕が誰かを知りたがってる八代と、写真をほしがった神野。ここが繋がってるのか。
どうして僕を探ってるのか。
何をしたいのか。
清崇に心当たりはあっても、僕にはない。
紫道の嫌な予感。
プラス、たまきの勘。
アタリなら。
ターゲットは清崇か僕か。
目的はともかく。敵が誰か、は……もうすぐわかるはずだから。
出来ることがあるかどうか。
あれば、やるかどうか。
それから考えるしかないよね。
紫道に言うことが、あるかどうか…も。
滅多に行かないカラオケの一室で待つこと10分。
「悪い、遅くなった」
息を切らした清崇が、部屋に入ってきた。
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