97 / 167

097 あるかどうか:R

 知らない男に突然された個人的な質問に。 「きみ、誰? 清崇(きよたか)の知り合い?」  幸汰(こうた)との初対面を思い出しつつ。答えずに問い返す。  別に答えてもいいんだけど。  彼氏いるのー? 今夜の相手決まってるー?……とか。ただのナンパなら、すぐ返事するんだけど。  この赤毛、色めいた瞳してなくて。  目的も素性もわからない人間は、軽く警戒対象なんだけど。  警戒心を抱かせる気配は全くなくて。どこか低姿勢というか、申しわけなさげ。  だから、様子見。 「そう。たまきっつーの。清崇ってより、幸汰のダチ」  幸汰の友達……が、何の用だろ? 「前に、清崇とあんたが一緒にいるとこ写真撮ってさ。浮気してるって幸汰に見せたの、俺」 「へぇ……」  清崇と幸汰の関係を進展させるきっかけになったのが、この男ってことか。 「9月ラスト週、あいつと会ってたの、あんただろ?」 「うん」  もう、普通に答えてもいいかな。声かけてきた理由も知りたいし。 「友達の色恋問題スルーしなかったのって、正義感?」 「んな大層なもんじゃねぇ。2人がつき合うの、もともと反対だったしよ。清崇はいい噂聞かねぇゲイで、幸汰は腐れ縁の親友に流されてるだけに見えたからさ」 「そうじゃなかった、でしょ?」 「みたいだな。幸汰がオッケーしたあとも、あんたとやってたってバレたのに ……あの写真のおかげでうまくいったとか礼されて、意味わかんねぇ」 「本人たちがわかってれば、いいんじゃない?」  口元をほころばせる僕を見て、たまきも表情を緩め。 「それ。恋愛の尺度は人それぞれってな」  一息ついて。 「で、本題っつーか。偶然あんたのこと見かけて、声かけたのは……謝ろうと思ってよ」  思いがけないことを言い出した。 「え?」 「すまねぇ。悪かった……」  頭を下げて上げたたまきが、真剣な顔を僕に向ける。 「仲間とダーツしに行った帰り、ホテルから出てきた清崇とあんた見て……よくねぇと思いながら、勝手に写真撮っちまって。幸汰に密告した」 「いいよ。結果がいいほうに転んだんだから」  つき合い始めても、清崇が僕とやってたのを知って。  同時に、清崇がネコでマゾなのを知って。  それは幸汰にとってプラスの情報だったから、結果オーライ。 「そこまではそうかもしんねぇが、まだあるんだ。その画像……ダチの神野(じんの)ってヤツに、やっちまった」 「何で?」 「清崇が男と一緒の写真撮ったの聞きつけて、一緒にいた男が誰か確認したいっつわれて。1週間前くらいか」  確認って、僕かどうか?  それとも。ほかの心当たりのある、ほかの男かどうか? 「その時は何も気になんなかったが、昨日……俺以外にも例の画像持ってるヤツいるかって、清崇に聞かれて……気になって仕方ねぇ」 「きみの友達が持ってても、害ないよね。脅しのネタにはならないし」 「つーか。幸汰と清崇がつき合ってんの、学内じゃ知られてねぇからな。内緒にしとかねぇと、幸汰が都合悪いらしくてよ」 「ふうん……」  事情があるんだろうけど、大学でバレないように一緒にいるって大変そう。 「じゃあ、ダーツだっけ? その時の仲間は、僕が清崇の恋人だと思ってるんだ」 「それか、あの日引っかけた遊び相手な。あいつ、男関係の評判悪いからさ」  たまきが鼻で笑う。 「清崇のヤツ浮気してやがるって思ったのは俺だけ 。あんたが前の男だって幸汰に聞いた時ゃ、俺ん中でさらに株下がったぜ」  前の男? 初っ端も、つき合ってたヤツって言ってたけど。恋人じゃなくセフレだったって、わざわざ訂正する必要……ないか。 「とにかく。幸汰のことは清崇がひた隠してっから割れねぇが、あんたのことは知れちまってる」 「別にかまわないよ。きみたちの大学でナンパするつもりないし」 「……違ぇって」  たまきの表情が険しくなる。 「画像はダチがひとり持ってるっつったら、清崇に頼まれた。『俺には恋人も好きな男もいない。 誰かに聞かれたら、そう言ってくれ』」 「何……それ」 「清崇のヤツ、ハッキリしねぇんだ。でも、昨日は……焦ってるっつーか、テンパってた。ヤバい心当たり、あんのかもしんねぇだろ」 「きみにはある?」 「ねぇ……が、神野に画像やった時……俺、言っちまってんだよ。こんなかわいいの食ったら、清崇もハマるよな。最近遊んでねぇみたいだし、マジなんじゃね……って」  食ってるのは僕のほう、だけどね。 「幸汰のカモフラになるとか思って……マジで悪かった」 「ま、しょうがないじゃん?」  まだ、今は。何も起きてない。  これから起こるとも限らない。 「軽く言うな。マジでヤバいかしんねぇ……」  たまきが両手で赤毛を掻き上げた。 「あんたと清崇のこと、俺の勘違いだったって言おうとしても……神野と連絡つかねぇんだ。先週から大学でも見かけてねぇ」 「え……?」 「清崇も今日は休みで、幸汰とは話した。昨日ちょっとケンカしただけで何もねぇっつってたが、俺の勘がヤベぇっつってる」 「だから、何かあって。僕にも何かあるかもしれないってこと?」 「あんたがどこの誰か、俺は知らねぇから教えてねぇし。清崇が自分からあんたを巻き込むことはねぇと思うし。一応、気つけといてくれりゃ……俺の気が済む」  たまきを見つめる。  ずっと抑えてた不安が表に出てきたみたいな、余裕のない瞳。  この男にとっては他人事なのに。  人がいいんだな。  少しばかりの要因は作ったかもしれないけど。  何かあるとしても、何もなくても。  たまきのせいじゃない。  原因は清崇だろうし。  清崇とやってたのは、僕の意思だし。 「わかった。気をつけるよ」 「あんたと話せたてよかった。連れのヤツら、待たせちまったな」  僕の後方に向けた視線を追うと、こっちを窺う翔太と和橙(かずと)がペコリとお辞儀をした。 「もし、何かあったら言ってくれ。出来るこたするからさ」 「了解」  たまきと連絡先を交換した。  一緒に、清崇と僕の例の画像もスマホに保存。 「玲史、か。高校生だよな?」 「うん、2年」 「喋ってみると……見かけほどかわいいタマじゃねぇな、あんた」  わりと鋭いみたい。  勘っていうのも、ただの気のせいじゃないかも。 「自分の身は自分で守れるくらいにはね」  たまきが去って。  買い物の続きを終えて、アダショを後にして。  満足げにエロアイテムを抱えた翔太と和橙と、学園の駅で別れた。  電車に乗ってる間にきたメッセに返信しながら、考える。  紫道(しのみち)が電話で言ってた、八代って先輩から沢渡に送られてきた写真……たまきが撮ったやつだよね、きっと。  清崇といた僕が誰かを知りたがってる八代と、写真をほしがった神野。ここが繋がってるのか。  どうして僕を探ってるのか。  何をしたいのか。  清崇に心当たりはあっても、僕にはない。    紫道の嫌な予感。  プラス、たまきの勘。  アタリなら。  ターゲットは清崇か僕か。  目的はともかく。敵が誰か、は……もうすぐわかるはずだから。  出来ることがあるかどうか。  あれば、やるかどうか。  それから考えるしかないよね。  紫道に言うことが、あるかどうか…も。  滅多に行かないカラオケの一室で待つこと10分。 「悪い、遅くなった」  息を切らした清崇が、部屋に入ってきた。

ともだちにシェアしよう!