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135 つもりなだけだった:S

 博己(ひろき)からのビデオ通話に出た坂口は、画面をすぐには見せなかった。 『俺が確認するから』『お前は見なくていい』『見たくねーだろ』  そう言う坂口に。 『俺は見るよ』『紫道(しのみち)くんも見る』『今見て、免疫つけておいたほうがいい』  幸汰(こうた)が言い。 『見せてくれ』  覚悟して、言った。  玲史がやられてる画なんぞ、見たいわけがない。見ないほうが楽に決まってる。あいつだって、見られたくないだろう。  それでも。  それがリアルなら、見るしかないだろ。ショックを受けるなら、今……玲史に会う前に。  テーブルの上に差し出されたスマホの画面の中で、ドアが開いた。  寝室か。画面いっぱいに映るベッドに人が、いる。誰か……を組み敷いてる男に……近づいてく。服着たまま、裸の……誰か、を……犯して……。 『何、してる!?』  こっちを、横を向いた男が言った。  学祭で見た顔。友井だ。 『ライブ中継。続けてよ』  博己の声。 『撮るな……今日で終いだ』  画面を睨む友井のアップ。 『消せ……あとに残さないでくれ』 『動画じゃないよ。信じてもらえないから、ビデオ通話にしたの……話す?』 『は!? 何……誰、と……』  眉を寄せる友井からアングルが変わり。  画面に映ったのは玲史。 『ッぁあ……ん、うッ!』 「玲史!」  大声で呼んだ。 「やめろ!」 「友井!」  幸汰と坂口も声を上げた。  こっちの声が玲史に聞こえるかわからない。聞こえちゃマズいのかもしれない。友井に。玲史に。  けど。呼んじまう。玲史に伝えたい……。  俺がいる……! 「れ……ッッ」  口を塞がれた。沢渡(さわたり)に。 「バレたらダメです」  そんなこたわかってる!  名前呼ぶくらい、いいだろ!?  ダチだって、心配くらいするだろ? 助けたいと思うだろ? 幸汰だって、やめろって怒鳴っただろ? 坂口だって、止めようとしてるだろ?  今、玲史がやられてんだ……黙ってられるか……!  なのに。  口元を覆う手を払おうとしても出来ない。  沢渡の力が、見た目よりあるのか。俺の力が入ってない……のか。 『それ、俺の……じゃあ、坂口……か?』  友井の声。 『うん。ごめんね。鳴りっぱだったから出ちゃった』  博己の声。 『……切れ』  友井の声。 『だって。ね? ウソじゃなかったでしょ?』  博己の声。  画面が揺れて、ベッドの端が映る。 「くっそッ! 友井!」  坂口が怒鳴る。 「そっちに行くから待ってろ!」 『今? 混ざりたいの?』 「……ブン殴って正気にしてやる、友井もお前も!」 「落ち着け」  幸汰に言われ、坂口が大きく息を吐いた。   『無理だよ……』  博己の声は静かだ。 「友井、ツラそうだぜ」  坂口の声も、静かになった。 「もう十分なんじゃねーのか?」 『理玖(りく)はまだ……龍介も』  スマホに映る画が動く。  画面の中で、玲史がやられてる。  俺の目の前で。  俺の手の届かないとこで。  俺がいる……伝えたくても叫べない。力が出ない。  覚悟はしてた。  してるつもりだった。  つもりなだけだった。  身体が冷える。  脳ミソが震える。  こんなに弱かったのか、俺は……。  足りない。  全然足んねぇだろ……! 「どういうふうに話ついてっか知らねーけどさ。ダチが勝手に助けるのは、2人には不可抗力だよな?」 『え……友達も一緒? 玲史と清崇(きよたか)の?」 「すぐ近くにいる。やめねーなら、こっち4人で行く」 『ムダだよ……』 「部屋に入る方法はあるぜ。やし……」 「火をつけて燻り出せばいい」  坂口を遮って、幸汰が口を開く。 『犯罪でしょソレ』 「……清崇さんは?」 「清崇は、龍介がやるところ」  画面から玲史と友井が消え。映ったのは、知らない男……神野か。 『坂口が何の用だ』 『玲史と知り合いみたい。やめろ、だって』 『……もう遅い』 『ッッッ!? あぁアッ! ふッア……!!』  神野と博己の会話に、清崇の声。  画面には、清崇の脚の間で手を動かす神野。 『次は俺が抱いてあげる』 『や……だ、めだッ! あ……ッうッ……!』 『レイプでもいい。もう……底まで堕ちるんだ』 『ひッ……アッッ!』  博己の声に清崇の声。  顎を上げてのけ反る清崇の姿に目を逸らした。  玲史も、清崇も……コレに合意したのか。恋人同士のフリまでして、理不尽に受けた恨みを消すために。俺と幸汰の安全のため……守るため……に。  玲史がやられるのはひどく……苦しい。自分がやられるほうがマシだ。そのほうが耐えられる。俺の身体より、玲史のほうが大切だ。俺の心より、玲史のほうが大切……。  だから……俺が折れるわけにゃいかねぇ。  今。あと……望めるもんがあるなら何だ? 何が残ってる? 「神野。宮内だ。このことは、たまきに聞いて……助けに来た。友達として放っておけない」  幸汰が言った。 『なら、コイツが自分の意思でやってるってのも聞いたはずだ』 「らしいね。でも、博己がやるのはレイプになるんだろ?」 『そ……』  神野が口ごもり。 『そうだよ。清崇が、俺を抱くのも俺に抱かれるのもイヤだっていうから』  博己が答える。 『玲史は、俺を抱くのは無理だって。抱かれるのはいいって。だから、やったけど……それもレイプだろ。俺も。理玖も。みんな……最低だ』  ザラッとした息遣い。 『清崇を犯して、底まで堕ちたい。清崇を傷つけて壊したい。俺が清崇の……傷になるんだ』  乾いた笑い声。 『じゃあ、そういうことだから。ごめんね』 「博己!?」  坂口の声でスマホを見る。  黒い画面。  通話は続いてる。 「神野。聞こえてるだろ」  幸汰が話しかける。 「清崇をレイプして、傷ついて壊れるのは博己だけだ。清崇は傷つきも壊れもしない。絶対に」  冷たい声で。 「こんなことするほど大切な存在なら、やらせないほうがいい」  淡々と。 「これ以上は……やめろ」 「リュウさん! 友井にも言ってくれ!」  坂口が続ける。 「博己のためにクズになれんなら、力ずくでやめさせろ……ってな!」  スマホの画面が明るくなった。映るのは、壁と窓。   『切るぞ』  神野の声。  通話が切れた。

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