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134 傷つけたくない:S
5分経ち。
10分が経ち。
15分は経ってない……が。
何もしないでただ待つしかないこの時間は、拷問だ。
誰も喋らない中。
坂口のスマホから漏れる呼び出し音だけが聞こえる。何度も。何度も。
友井に電話をかけては、博己 へのメッセージの既読を確認する坂口と。スマホに何やら打ち込んでる幸汰 と。自分の世界に入り込んだような目でぼうっとしてる沢渡 。
電話をかける必要も調べることも自分の世界に入る余裕もない俺は……じっと息をしてる。
待ってる。
たまきからの連絡を。
博己からの連絡を。
友井と通話が繋がるのを。
玲史に会えるのを。
「川北さん」
口を開いたのは沢渡。
「俺が言うことじゃないけど……高畑さんを怒らないでください」
は?
「あなたに冷たくされたら、やっぱり悲しいと思います」
は!?
「何、だそりゃ。俺は怒ってねぇっつっただろ。冷たくもしねぇ」
「あなたを守る手段だとしても。あなた以外の人とやって。内緒のつもりがあなたに知られて。高畑さん、気に病んでるはずだから」
思いっきり眉を寄せると。
「これで別れるとか、ないですよね?」
思いもかけないことを問われ。
「ない! 考えもしてねぇぞ」
全力で否定した。
つき合うって賭けをした時は、わからなかった。
つき合い始めた時も、自信がなかった。
今は、ある。
玲史が好きだ。
あいつが俺と別れたいと思わない限り、そばにいたい。一緒にいたい。守りたい……。
「よかった。会ったら……やさしく出来なくても普通にしてあげてほしいです」
「ああ……」
普通に……やさしく……。
会って何て言やいいのか、わからない。
玲史を……傷つけたくない。
それが大事なことで。
あとで考えりゃいいと思ってたが、その場で何を口にするかもわからない。
傷つけちまわないように。
安心してもらえるように。
やさしく……。
「え、怒んなきゃマズいだろ」
坂口が言った。
「理由はともかくさ。お前じゃない男とセックスしたのに何でもないようにされちゃ、傷つくじゃん。お前にとっちゃどうでもいいことみたいで」
「どうでもいいわけあるか! けど……だから……」
俺に怒られたら、よけい気に病むんじゃないのか。ただでさえ、ダメージ負ってるとこに……。
玲史が決めたこと、俺が否定したら……傷つけるんじゃないのか? 逆なのか……?
「お前、一瞬もムカつかなかったの?」
坂口が問う。
「つき合ってるのに黙ってこんなこと、相談もナシで。しかも……お前のためだぜ?」
「そりゃ……」
「高畑は怒るだろうねー。お前が勝手にひとりで、自分の知らないとこで」
玲史なら……。
「……そうだな」
「怒んなかったらどうよ? ふうんて感じで。誰と何しようと別にって感じで、気にもしなかったらさ」
俺を信じてくれて、傷つけないようにしてくれてるから……だとしても。
「ちょっと、淋しくはなる……か」
「だろ? 好きなら好きなだけムカつくもんだし。怒られた分、大切に思われてんだなーって感じるもんらしいぜ」
「そう……か」
「まぁ、どうでもいいヤツに説教されるのはウザいけど」
「好きな人を怒らせるのはツラいです。自分のせいで気分を害してるって思うと悲しい……」
沢渡が割って入る。
「西住 が無事なら俺は全然平気なのに」
「自分とごっちゃにすんなよ」
坂口が溜息をつく。
「お前は独特だから」
「高畑さんも平気です」
「高畑も独特だけど、お前みたいに自虐的じゃない」
「俺は誰にとっても大切なモノじゃないから」
「……んなことねーだろ」
「大切にされる感覚がわからない。怒られて嬉しいんですか? 責められるのが? 否定されるのが?」
「好きなヤツを本気で怒るのには意味があんの」
「俺は西住に怒られたらヘコみます。高畑さんも同じだと思う」
坂口と沢渡の会話を聞きながら、考えてる。
俺は玲史に、本当に怒ってないのか?
本当は怒ってるのか?
怒ってるなら、どうして怒ってる?
俺は玲史に、怒ったほうがいいのか?
怒らないほうがいいのか?
怒ったら、玲史はどう思う?
怒らなかったら、玲史はどう思う?
俺だったらどうだ?
沢渡のいうことはわかる。怒られりゃヘコむかもしれない。悲しいかもしれない。
坂口のいうこともわかる。怒らなけりゃ、気にしてないみたいで淋しいかもしれない。
やさしくしたいだろ。
普通になんか出来ないだろ。
責める気はない。否定する気もない。
けど……。
「どうするか、決めんのは川北だ」
坂口が俺を見る。
「言いたいことハラに溜めて、何でもないフリはすんなよ」
「……わかった」
その通りだ。
ごちゃごちゃ考えることじゃない。
俺は玲史に……。
不意に。
話しながらも操作を続ける坂口のスマホから小さく聞こえてた呼び出し音が、途切れた。
「友井!」
スピーカーにしたスマホに向かって坂口が呼ぶ。
「話がある、切んねーでちゃんと……」
『とーじ?』
聞こえた知らない声。
とーじ……坂口冬士朗 ……。
『理玖 は今出れないけど、急用?』
「博己……お前、友井と一緒なのか? そこにいるんだな!?」
坂口の言葉で場が緊張する。
『え? 一緒だけど、何? どうしたの?』
「やめさせろ! 今すぐ!」
『何を?』
「俺の後輩にやってることに決まってんだろ!」
『へぇ……とーじの後輩なんだ、清崇 の男。何してるか、とーじはどうして知ってるの?』
「いいからやめさせろ! やめさせてくれ! お前のためなんだろ? お前がマジで頼めば友井もリュウさんも……」
『今さら頼めないよ。理玖と龍介が始めたことでも、俺が最初に玲史をやったから』
博己……が、玲史を……。
「貸せ!」
反射的にスマホに手を伸ばす俺を、沢渡が止める。
「ダメです。坂口さんにまかせてください」
堪える。
ここで呪いを吐いたって、どうにもならない。
「何で……お前も友井も、そんなヤツじゃないだろ?」
『フラれて壊れて逆恨みでレイプ。堕ちるとこまで堕ちてるでしょ』
博己の笑い声。
「ふざけんな!」
『理玖はね、俺と一緒に堕ちてくれたんだ』
「な……」
『こんなの許せないはずなのに、俺のために本気でやってる。もう……やめてなんて言えない』
「言えよ! お前が言えば友井はソッコーやめるはず……」
『どうかな。今、お楽しみ中だから』
「楽しめるわけねーだろ!? あいつが! お前の見てる前で!」
『とーじは理玖をわかってないね』
「友井はお前を……」
『いいよ。かけ直すから、自分の目で確かめて』
「博己! 待て! ひろ……」
通話が切れた。
すぐに、呼び出し音が鳴る。
スマホを持ってるのは坂口で、画面を見つめて動かない。
「出ないのか? 博己だろ?」
尋ねる幸汰を坂口が見やる。
呼び出し音は鳴り止まない。
「おい……!」
坂口の視線が俺へ。
「ビデオ通話だ」
「は……?」
「コレに出たら向こうが映るんだよ!」
だから何だ?
やっと待つのが終わったんだろ? まだ話は終わっちゃいねぇだろ? やめさせるんだろ? 終わらせるんだろ?
「いいから早く出ろ!」
怒鳴った。
坂口がスマホ画面をタップ。
呼び出し音が止んだ。
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