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133 それだけ、だ:S

 沢渡の言葉に。暫し口を開けたまま静止した坂口が、首を横に振る。 「それでいくとさ。清崇(きよたか)さんの前の男ってのが博己(ひろき)で? フラれたかなんかして逆恨み? で、復讐? マワすの? さすがにそこまでクソ野郎じゃないだろ」 「そうですね。ほかにも何かあると思います」 「ほか……って?」 「わからないけど、最低なことしてでも優先したい何か……」  沢渡が俺を見やる。 「高畑さんたちが……自分の恋人のためなら何だってするような何か、です」 「だからってさ。博己が友井に復讐頼むとか……」 「頼まれてじゃなく、博己先輩のために自分からやってるんだと思う」 「はぁ? 頭おかしいだろソレ……」 「さっきも、そこまでする友達はイカれてるって言ってたけど。好きな人のためなら何でもするって、変ですか?」 「変だろ!? 人殺せっつたら殺んのかとは言わねーけど、合意させてレイプだぜ?」  坂口が俺を見て。 「あ……悪い。俺は……恋愛ってのでネジ外れたこと、なくてさ」  意気込んだ語気を弱める。 「納得いかないっつーか」 「友井先輩の中ではいくんでしょう。俺も、西住(にしずみ)のためならどんなことでも出来ます」 「まぁ……お前はそうかもしんねーけど。友井のヤツ、自己満足っつってた。理不尽な恨みってのはわかってんだろうに、何でやるんだよ」 「勘違いで正義ぶらないだけ、マトモです」 「は……」  坂口が鼻で笑い。 「その推測だと、博己が頼めば友井は即刻やめるんじゃないのか? どんな理不尽なことでもするくらい好きなヤツの頼みなら」  沢渡と坂口の会話を黙って聞いてた幸汰(こうた)が、口を開く。 「博己が何も知らないとしたら、今の状況を伝えればいい。そうすれば、自分からやめさせるように動くんじゃないか?」 「……それじゃ、友井が……」 「クズなのをバラすのはかわいそうなんて気遣う必要、ないだろ」  口を挟む坂口に、幸汰が冷たく言う。 「自分のせいで友井がクズなのを知ったら博己がショックを受けるからって、心配する必要もない」 「……あんたと川北の気持ち考えたら、そうだよな」  頷いた坂口が、沢渡に視線を移し。 「お前、何で友井が博己の頼みでもきかないって思う?」  尋ねる。 「きくだろ。博己が言えば、何でも」 「俺もそう思います」  沢渡が同意して。 「博己先輩の本気の頼みならやめるだろうけど、さっきのは……坂口さんが博己先輩に言わせたってわかるからです」  答える。 「博己に全部バラして友井を止めさせるしかない……か」 「それが一番有効だね」 「無理です」  坂口に幸汰が頷くも。沢渡がまた、キッパリ。 「今度は何?」 「博己先輩はすでに知ってる、というか……そこにいると思うから」 「は? そこ?……ってホテルに!? んなわけねーだろ。一緒にいるのはリュウさん……そうだ。リュウさんも博己のためだっつうの? 何で……」 「神野先輩がつき合ってるのは、博己先輩の姉です」 「え……あのキレイな……博己の姉貴? お前、どっからいろいろ情報得てんの?」 「2人が言い争ってるところに居合わせたことがあって。それから、博己先輩と何度か話をしただけです」  坂口が息をつき。 「で……博己のための復讐だから、本人もそこに? 内緒でやってるかもじゃん? 知られたくねーだろ?」  尋ねる。 「博己の前でやるか?」 「……必要なら」 「お前の読みがアタリかハズレか……」  溜息をついて、坂口がスマホを操作する。  呼び出し音。  応答ナシ。 「川北」  ずっと無言の俺に、坂口が声をかける。 「静かじゃん。悪い想像して折れんなよ?」 「俺は……」  役に立つことなんぞ言えないから、口を閉じてた。  口を開けたら……友井を罵るか。神野を罵るか。博己ってヤツを罵るか。自分を罵るか。  友井も神野も博己も知らない俺と違って、坂口と沢渡は3人を知ってる。幸汰は冷静に考えられる。  想像はしない。  嫌でも浮かぶ想像したくない玲史の姿に必死にモヤをかけて、バカな真似をしちまいそうな自分を抑えてる。  折れてる場合じゃない。  折れるわけにはいかない。  俺が折れたら、誰が玲史を守る?  だから、俺は……。 「待ってるんだ」  今出来ることがそれしかないなら。 「待つしかねぇだろ」 「きみはどうしたい……」  少し前の問いを、幸汰が口にして。 「邪魔はせず。早く終わらせてもらうために出来ることはして、待つ。それでいい?」  代わりに答えて、俺に確認する。 「ああ」 「玲史くんを信じてる?」 「……ああ」 「邪魔はしない?」 「……ああ」 「部屋に入れたとしても?」  数秒、間を開けて。 「入れるのか?」  聞き返した。  脈が速く打つ。  今すぐそこに行ける。  止められる。  終わらせられる。  玲史に会える。  待てるか? 「ついさっき、たまきからメッセージがきた。八代がホテルの外に買い出しに出てるらしく、見張ってる」 「八代が……!?」 「とりあえず捕まえるか。部屋に戻る時に踏み込むか。どうするか聞かれてるんだけど……何もしない、でいいかな?」 「は……せっかくのチャンスだぞ!? ヤツにドア開けさりゃ中に入れる。終わるまで待たねぇで……」  とっさに反論しながら、気づいた。  そこに行けても。そこに行くだけじゃ……ダメだ。  ヤツらを止めることは出来る。玲史に会うことも、そこから連れ戻すことも出来る。  けど。それは……。  邪魔することになるんだろう。  途中で終わらせることは、玲史が望まないことになるんだろう。  今、俺に会うことは……望んでない、んだろう。 「部屋に入ってその場面を見ても冷静でいられるか。玲史くんからヤツらを引き剥がさないでいられるか」  幸汰の声は平たくて。 「玲史くんの恋人だって態度に出さないでいられるか。2人の思いをムダにしないか。100パーセントの自信がないなら、行かせない」  逆に凄みを感じた。 「自信はねぇ」  あるわけがない。  すでに冷静じゃない。  ヤツらは半殺しにしても飽き足らない。  玲史を前にして何するかわからない……が。 「一刻も早く会いたいだけだ」  それだけ、だ。 「俺もだよ」  幸汰の声がやわらかくなったのは、力ずくで俺を止める必要はないとわかったからか。 「八代、捕まえようぜ」  坂口の提案に。 「踏み込まないにしても、話聞けるだろ。誰がいるのか。どうなってんのか。知ってること吐かせれば……」 「八代に危害を与えれば、清崇たちにそれが及ぶかもしれない。神野に妨害と見なされるリスクは負えない」 「……ほんと、よくそんな自分抑えてられんな」  幸汰はブレない。  清崇の邪魔をしないことが最優先……。 「じゃあ……せめて、博己がそこにいるかどうか。たまきさんから八代に聞いてもらってくれ」  坂口も引かない。 「沢渡の読み通りなら、博己がカギだ。博己を説得出来れば終わる。いるなら、俺に連絡するよう頼んでほしい」 「いなかったら?」 「友井が電話に出るか、博己が連絡してくるか……終わるのが早いか。何にしろ、俺たちはここで待つ」 「どう? 紫道(しのみち)くん」  幸汰に聞かれて……頷くしか出来ない。  ほかの案なんぞ浮かばない。  待つってので、精一杯だ。 「たまきに連絡する」 「友井に電話し続けてやる」  幸汰と坂口それぞれがスマホに目を落とした。

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