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144 守ってくれたじゃん:R

 紫道(しのみち)が僕の指示通りに用意してくれた、サキさん作りおきのミラノ風カツレツとフォカッチャを食べる。  積もる話は多々あれど。食べ始めたら、僕も紫道も無言で栄養補給。  自覚してなかったけど、けっこう空腹だったみたい。昼抜きだし。カロリー消費激しかったし。これからまた、カロリー消費するコトするつもりだし。  黙々と食べ続ける紫道と目が合う……と、微妙に逸らされる。皿に目を落としたり、オレンジジュースに手を伸ばしたり。ただ俯いたり。意味なくソファーの後ろを振り返ったりする……のは、見つめ合うのを避けてるの? 見られたくない?  なのに。  また。  すぐに。目、合う。  こっち見るのに。  また、逸らすじゃん!  挙動不審気味の理由は何……。 「うまいなコレも。パンも」  フォカッチャに目を向けたまま、紫道が言う。 「お前の父親の再婚相手、マメに差し入れてくれるんだったか?」 「そ。月2回。大量に。おかげで食生活はバッチリ」  答えて。  また。  2人無言で食事を続行し。3人前くらいの料理を、あっという間に平らげた。  ジュースを飲んで、一息ついて。  さて、と。 「紫道」  先に腹を満たす……のは、終わり。  で、次は欲を満たす……の前に。聞くこと聞いてから。心置いてやるんじゃ足りない。ガッツリ夢中でやりたいの。今日は、特に。  食べながらでもよかったんだけど、集中して話すほうがいいかなって。サクッと。手短に。間を置かず、セックスに移行するためにも。 「言いたいことあったら言って。聞きたいことあったら聞いて。あるでしょ?」  僕よりずっと、あるはずだし。  言いたいはずだし。聞きたいはず。  じっと見つめる僕の瞳を、紫道が見つめ返す。さすがに、もう目は逸らさない。その瞳はなぜか、不安定っていうか。掴めない感じ。 「本当に……大丈夫なのか?」  30秒かかって口にしたその問いに、拍子抜け。 「確認だ。お前を、信じてないわけじゃない」  続けたそのセリフに、微笑んだ。 「うん。本当に大丈夫だよ」  答えは変わらない。 「だから、安心して何でも聞いて。ウソつかないし、何言われても大丈夫。ほんとは怒ってるんなら、怒って」 「……お前は、俺が怒ってると思ったのか」 「うん。だって、きみ以外の男とセックスするのオッケーしたから……ごめんね」  苦痛げに顔をしかめるも、紫道は僕を責めず。 「逆だったら、お前は怒ったか?」  問う。 「俺が、今日のお前と同じことをしたら」 「うん。だって、きみは僕のだもん」 「……お前は俺のモノ、か?」  この問いへの答えは。 「う……ん。つき合ってるし。昨日も言ったけど、きみがそう思えばそうじゃない?」  紫道が僕のモノなのと同じように、僕は紫道のモノ。  そうなるくらい、紫道が僕をほしがってるなら。  紫道がそう思うなら、そうでいい。そうがいい。  あ……だから、紫道が怒ってると思ったのかな……。 「玲史……」  絞り出すような声で。 「ごめんな」  紫道が謝った。 「え? 何……」 「アイツらには心底怒ってるが、お前に怒っちゃいない。何も話してもらえない、頼られてないことはさみしく感じたが……怒りはない。俺のモノだと、思えてなかったからだ」 「それは、謝る必要ないんじゃない?」  つき合って日が浅いし。つき合う感覚なんて人それぞれだろうし。 「お前を守るっつったくせに、助けられなかった」 「それは……」 「助けは要らない。お前が決めたコトを邪魔されたくなかった、か」 「うん。だから、待っててくれたんでしょ?」 「……俺ひとりじゃ、無理だった」 「え……」 「みんながいなけりゃ、殴り込んでた。お前がどういう気でいるのか、俺にはわからなかった」  痛くなるほど強い紫道の視線。熱くて暗い瞳が揺れる。 「俺のため、だったんだろ」  あー……それ。 「誰の考察? 沢渡(さわたり)?」 「……昨日、沢渡に頼んだ。あの画像の件で八代に、お前の連絡先じゃなく……代わりに俺のを教えてくれって」  聞こうと思ってた、沢渡が紫道の連絡先を八代に教えた理由が判明。  でも……。 「何で?」 「……知りたかったからだ」  そう言って。 「お前に何が起きてるのか。お前が俺に隠してもわかるように。俺に出来ることがありゃ、出来るように。お前に何かあったら、助けられるように。お前を……守りたかった」  紫道が話し始める。  あの画像。悪い予感。何かが起きてても、僕が話さないかもしれない。渋る沢渡に頼んだ結果の、あのメッセ……神野からの『隣の906』。  沢渡と西住(にしずみ)と合流。  僕にメッセ。  僕が電話に出なくてムカついたこと。  自分が僕の恋人だと絶対バレないように約束して沢渡に聞いた、神野たちのこと。八代の、僕をレイプするつもりらしいメッセ。僕の、紫道を守りたいからってメッセ。  幸汰(こうた)との電話。  坂口と合流。  幸汰とたまきと合流。  居場所の特定。  僕を助けたい。間に合わなかったら。守る。邪魔はしない。  坂口と友井が電話で話したこと。  守れなかった。無力感。大丈夫なわけがない。大丈夫と信じたい。  たまきがセレニティホテルに行って神野と話したこと。  僕と清崇が何のために……幸汰たちの意見。  無理だ。待つ。待った。  坂口と博己(ひろき)の通話。  傷つけたくない。大丈夫だ。信じる。  906号室へ。  一気に喋った紫道に。 「ありがと」  もう一度、お礼を。 「待ってくれて助かったし、守ってくれたじゃん。僕のしたいこととか気持ちとか」 「守れた……のか?」 「うん。だから、大丈夫」  未だ眉間に皺を寄せる紫道に笑む。 「信じてくれたんでしょ? 大丈夫だって」 「……ああ。けど……身体は、まだキツいだろ」 「もう平気」  トークタイムはもうおしまい。 「やりたい。ずっと抱きたかったの」  途中で止める自信がなくてキスさえガマンしてたのも、もうおしまい。  腰の痛みも、もう遠い。 「紫道……」  ソファーの上で膝立ちして、紫道にのしかかるも。 「待ってくれ」  オアズケされ。  体勢を崩しながらも倒れはしない紫道と見つめ合う。  イヤ……じゃないよね?  苦痛と不安の色が残る紫道の瞳に、欲がある。近くで見るとハッキリわかる。  さっき、どこかチグハグな感じがしたのはコレ?  紫道も、ずっと欲情してた? 「今日は……俺がやる」 「え!?」  目を瞬いた。  聞き間違ってないよね?  俺が……って、紫道が?  僕を抱きたいの?  マジ?  あ。友井たちに突っ込まれたから? お清めってやつ? したいの? ネコじゃないから別に不要だけど?  あーでも。どうしてもっていうなら。  あんまり楽しめないけど。そっちの欲はないけど。  それに……。 「アナルはまだちょっと腫れてて痛いけど、きみが挿れたいなら……」 「は!?」  紫道が驚いて目を見開いて。 「バッ、そうじゃねぇ! 俺が挿れるとか、ねぇだろ!?」  え? 「じゃあ……」 「俺が……ケツで抱く。お前は動かなくていい」  上気した顔と潤んでギラっとした瞳で、ステキなことを言う紫道に。 「オッケー」  期待を込めて笑んだ。

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