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154 僕も、あげたいなぁ:R
アラームが鳴るまで体感、秒だった。
夢も覚えてなく。頭はクリア。身体は気ダルく、気分は爽快。
短いけど、イイ睡眠……の要因になった紫道 は、隣で向こう側に寝返り。はだけた毛布にくるまり直した。
「おはよ。朝だよ」
もぞりと動くも起きない紫道の身体に跨がり、体重をかける。
眉間に眉を寄せるも、目は開かない。
「紫道」
呼んでも、起きないし。
セックスして一緒に眠った翌朝。やさしくキス、とかで起こすシーンだけど……僕はコレ。
昨日つけた首の傷。血が乾いた皮膚に、少しやさしめに歯を立てた。
「ッい……ッ! なッ……玲史!?」
「おはよ。よく眠れた?」
文字通り飛び起きた紫道に笑顔で挨拶するも。
「あ……ああ。おは、よう……」
ぎこちなく笑まれ、目を逸らされ。
「トイレ、行く。シャワー先、いいか?」
「え? うん……」
素早く去られた。
何。どうしたの?
なんかカタコトだけど?
そんなにオシッコしたい……わけないよね?
朝勃ちして抜きたくなった……って雰囲気でもなかったし。
朝イチで咬みついたから?
そんなに痛かった?
でも。
今さら、怒るわけないし。
昨夜のエロ思い出して恥ずかしくなったとか?
今さら、ないよね。
ナイフで脅してないし。
昨日の昼間のイロイロ……やっぱりムカつくとか?
今さら、怒らないか。
うーん……わからない。
でも。
まぁ、気にしなくていいよね。
紫道は僕を好きだし。僕も紫道が好きだし。
愛されてる、みたいだし。
ソレの確かな実感はないっていうか。どういうモノか、わからないけど。
信じられるから。
信じられてるから。
ココチイイから。
このハッピー感がソレなのかなぁ?
あーでも。
紫道もハッピーなら違う?
僕のほうは、愛してるとかない……ってより。ソレを紫道にあげてないじゃん?
その感覚を知らないんだもん。
どうなったらわかるモノ? メモリとか電源みたいに目でわかるようになってればいいのに。
紫道はどうしてわかるんだろ。
やっぱり、マボロシ?
幻だから、見たいように見てるだけで。思い込みとか自己暗示の類いなのかも。
それでもオッケー。
朝からくだらなくてアヤフヤなコト考えちゃうくらい、好調ってことで……。
暫しベッドで物思いしたあと、キッチンで水を飲み。バスルームに合流しに行こうとしたら。
「待たせて、悪い」
パンイチの紫道が身体を拭きながら出て来た。
「全然待ってないよ」
ずいぶん急いだらしく。体感的にも時間的にも、早い。
そして。
僕をじっと見る紫道はもう、目を逸らさない。
見つめ合い。交わす笑みも、ぎこちなくない。
何か変な感じだったのがなくなって、よかった。
「僕もシャワーしてくるね」
とりあえず。
学校行くなら、さっさと支度しなきゃ……。
「玲史」
横を通ろうとした僕の腕を、紫道が掴んで。引き寄せて。唇を重ね……軽く。浅く。短く……で、離れる。
「昨日、冷凍庫にあったパン……焼いておくぞ」
「あ……うん」
足早にキッチンへと向かう紫道を、半開きの口で見送った。
びっくり。
今の何?
エロくないキスって、挨拶? 恋人同士の?
あ!
セックス以外の、愛情表現ってやつ?
いいよ。
いいんだけど。
昨夜も紫道、キスしたがったし。
かわいかったし。
ただ。たださ。
セックスに続くやつじゃなく。チュッてするだけのやつって、ほとんどしたことなくて。
どう反応していいかわかんないんだけど!
ほんと。性欲オンリーを求め与える関係しか知らなかったから、わからないことが多いの。恋人って、つき合うって……感情で繋がる関係でしょ?
何をもらってるのか。何をあげればいいのか。
得体が知れないの。
快楽をあげるのは簡単なのに。
でも。
見えなくても、何かある。気分をアゲる何か。あったかくなる何か。ハッピーになる何か。
それはわかった。
紫道が僕にくれてるソレ、僕は確かに感じてるけど。僕は紫道にあげてない感じ。
ほんと。見えないモノって厄介……だけど。
ソレを愛っていうなら。
幻でもほしいっていうなら。
僕も、あげたいなぁ。
そう思う自分がおかしかった。
どうすればあげられるか、とか。ソレ……愛ってやつ。僕にも、ある前提なの。わからないくせに。ないかもしれないのに。
未知な自分を発見するのも、うん。悪くない。
自然に口元がほころぶのを自覚しながら、すでに湯気で湿ったバスルームで熱いシャワーを浴びた。
紫道が用意したトーストを一緒に食べて、支度をして。一緒にマンションを出て、電車に乗る。
普段と違う、ひとりじゃない朝。新鮮。学校に行く日常なのに、何だか楽しい。
「やっぱり目立つか?」
ここに来るまでにいくつかの好奇の視線を感じたせいか、紫道が小声で聞いた。
「バッチリ見えはするけど、自殺未遂には見えないから」
声を潜めて答える。紫道が言いたいのはそこじゃないの、わかってるけど。おもしろくて。
首の咬み傷。擦り傷より深い、血の褐色の傷。どう頑張っても、制服の襟じゃ隠れない。どう見ても、不自然な裂傷。犬猫や鳥に襲われたり、器用に首の皮膚だけ切れるように転んだりで自然につく傷じゃない。
明らかに、人がわざとつけた傷。刃物よりイビツで。見る人が見れば、プレイで人の歯がつけたってわかる傷。
もちろん、強く吸われた内出血もセットで。
しかも、両側にある。
「気にしなくて大丈夫だよ」
「……するだろ」
眉間に皺を刻む紫道に。
「恥ずかしい?」
何が効くかは、わかってる。
「僕とのコト。何して何されたか、バレたくない?」
「そうじゃねぇが……」
「堂々と見せつけていいじゃん? 愛のアカシだもん」
紫道が頬を紅く染め。
「わかった、から……言うな……」
俯いて顔を横に向けた。耳も真っ赤になる。
そんなにとは思わなかったけど、満足。
身体はエロに素直で貪欲なのに、こういうところは純風味で。羞恥プレイしてるみたい。
いつもは楽しくも憂鬱でもなく。昨日はわりと憂鬱だったこの時間が、今日は楽しい。
紫道と一緒だからか。
窓の向こうを流れるのは昨日の朝と同じ景色でも、見え方が同じじゃない。
24時間で何か変わった?
天気がいいから?
ガラス越しの朝の陽射しの中。恥じらう恋人を見てるうちに、電車が止まり。適度に混雑する改札を抜けて、学園へ。
通常の顔色に戻った紫道は、首の傷は忘れることにしたらしく。今日の風紀当番の話をし始めた。
昼の見回りで西住 とペアになる僕に、自分が代わろうかとオファー。理由を聞くと。沢渡 がついてくるはずだから、と。昨日の今日で、沢渡たちと顔を合わせるのは気が重いんじゃないか、と。言いにくそうに。
「平気だって。沢渡とは昨日会ってないから、お礼も言いたいし」
「お前がかまわなけりゃ、俺も一緒に行くが……」
「ダメ。きみは放課後の当番、寮の友達に昼と代わってもらうんでしょ? 吾妻 くんだっけ?」
僕が母親と会うのに、一緒に来るために。
「ああ。佑 と代わるのは、ほかの日でも……」
「紫道!」
校門前。大声で呼んだのは、今話してた吾妻佑だ。
「昨夜は十分楽しんだか? うっわ! 首んとこ、スゲー……」
「来い」
佑を引き摺るように門をくぐって脇に寄り、紫道が溜息をついた。
「デカい声出すな」
「平日に男んとこヤり泊まりしといて、何気にしてんだよ。なぁ?」
振られて、唇の端を上げる。
「うん。十分楽しんで満足だから、大丈夫」
僕と佑を交互に見て、紫道がまた溜息。
「ここで……そういう話は、やめてくれ」
「んじゃ、ほかの。つーか、マジな話あって」
佑の口調がシリアスになる。
「変なヤツがお前に会いに来たぜ。寮に」
「は……?」
「高遠 康志 っての。知ってるか?」
康志……って。
もしかしなくても、紫道を脅して犯したクズ……。
紫道と目を合わせた。
見つめる瞳が暗く翳るのを見て。何故か、どこかが……苦しくなった。
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