1 / 44

第1話(1-1)

3/22 飲み会のあと、酔い潰れた翔をタクシーに乗せると当たり前のように運転手へ「ホテルで。そーいう感じの。」と流暢な日本語で行き先を告げた珊瑚。 自分より7~8cm背の高い、筋肉質の男性(しかも酔っぱらってほぼ寝ている)を運ぶのは至難の技だったが、カメラや機材を担ぐ珊瑚もある程度力はあるので、引き摺りながらなんとか部屋へたどり着いた。 「あー、重…っ!!」 翔をベッドに投げると冷蔵庫からビールを取り出してタブを開ける珊瑚。 「日本のビールもなかなかだよなー。」 ポケットで震えるモバイルを取り出し、先月別れたスペイン男からの通話に出た。 珊瑚の捲し立てるような外国語(スペイン語)で目覚めた翔は、自身が置かれている…ゲイの珊瑚とラブホにいるという状況を見て驚くが、特に服も乱れていないことを確認するととりあえずホッとする。 「もうかけてくんな!泥棒野郎っ!!」 そう日本語で叫ぶと翔が座るベッドの横へスマホを投げる珊瑚。 「あ、起きた?吐くならあっち…」 珊瑚がトイレのある方向を指差すが、翔の顔色は良さそうだ。 「へーき…。あの、電話…!」 「あー、一応元カレ? なんか会社の金盗んで捕まってさー…。 まだやり直したいとか寝言ほざくからキレてた。」 「…スゲーね(苦笑) じゃあ、今はフリーなのー?」 「まぁね。 何? …ヤる?別にいいよー?」 軽口でそう誘う珊瑚に驚きながら苦笑する翔… 「俺、女の子専門なんだけど…!」 「ノンケなの…?! マジで? 凪といいあんたといい…バイだと思ったのに…!」 最近見る目が鈍ってるな…と呟く珊瑚。 再びスマホが震えて苛立ちながら通話を押す珊瑚… 「だからもうかけるなってー!」 「…珊瑚兄?」 「…アビー…? ごめん、何でもない。 …どーした?」 「あの、サチの薬が届かなくて…!」 「またかよ…っ! ストックは?」 「あと2日分…。ばあちゃんは先週からずっと明日には届くって言うだけだし、クロイの店にも来たらすぐにって言ってあるけど…! じいちゃん腰痛めてるし…どうしよう…」 日本語で話している辺り、祖父母には内緒で連絡してきていることが伺える。 「分かった…。 アビー…悪いけど、明日学校休んで病院まで取りに行ける?」 「うん。行くよ。」 「駅までクロイに送らせるから…電車自分で調べられる?…金は?」 「えっと…」 「待って、今入金する。」 スマホを操作し、珊瑚はネットバンクを通じて送金したようだ。 「…いつものとこに入れたから、通帳とカード持って銀行寄ってから病院で頼むね。先生にはあとで連絡しとく。」 「ありがとう。 珊瑚兄…ごめんね、お金…! あの…やっぱり俺も働くよ。」 「気にしなくていいから。 お前は頭いいんだから大学に行きな。 明日も間に合いそうなら学校行けよ?」 「分かった。」 「頼むね。 サチは?」 「みんないるよ。呼んでくる!」 隠れて電話していたらしいアビーは下の兄弟たちを呼びに行った。 しばらくすると賑やかな外国語が聞こえて、小さな子供たちの笑い声とバタバタとした足音も聞こえた。 珊瑚もさっきまでとは違い、にこやかに子供たちの相手をして本当に"いいお兄ちゃん"といった感じだ。 側でその様子をずっと眺めていた翔は、珊瑚の二面性に驚き、戸惑い、固まっていた。 通話を終えた珊瑚は1つ大きなため息をついた。 「はぁー…。 あれ? まだいたの? 帰ったと思ったのに…。」 「…今の誰?」 「…ドイツにいる家族だけど…? あ! ヤバい、長電話しすぎた。 もうバッテリーがない…。 ねぇ、スマホのバッテリーってコンビニとかで買えるの?」 「iPhoneでしょ? 俺持ってるよ。」 「ちょっと、急ぎで電話したいから借りていい?…時間ある?」 「いいよー。」 そう言って充電器を珊瑚へ貸して、彼の電話が終わるのを待った。 多分だが、病院へ電話しているようだ。 「ありがと。助かった…。」 素直にお礼を言って充電器を返し、ベッドに転がる珊瑚。額に右手を置いて目を瞑り休んでいるようだ。 「帰らないの?」 目を閉じたまま翔に確認する珊瑚。 「…そっちは?」 「あー…、多分あいつらラブラブタイムだと思うからこのまま泊まる。」 居候先の弟カップルに気を遣っているらしい。 「そっか…。えー…なんかさ、」 「何?」 「意外…ってか、家族と話してる方が素なんだよねー?なんか…興味湧いちゃって…! ちょっと話、聞いてもいい?」 珊瑚は一呼吸置くと取り繕うのを止めて、穏やかに話し始めた。誰かに家族の話をするなんていつぶりだろう…。 「別に面白い話じゃないよ? うち、弟たちが5人いるんだけど、みんな養子で。 さっきのアビーって俺と紅葉のすぐ下のやつは頭いいから日本語も教えた…。紅葉なんてアホだから学年追い付かれそうになってさ(笑) 一番下のサチって女の子は4歳。 隣町に学校サボって遊びに行って… 教会の裏に産まれてすぐに捨てられてたのを俺が拾った。」 「はっ?!」 「心臓に穴があいてて…多分それで親が捨てたんだと思う。」 「ひどいね…。 あ、それで人物の写真は撮らないの…?」 「まぁ…、そんな感じかなー。 サチっておれが名前つけたの。 日本語で幸せって意味でしょ?」 可愛いんだよ、と家族写真を見せる珊瑚。

ともだちにシェアしよう!