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侑紀「極彩牢獄」→卯太朗「と或る画家と少年の譚」

 古い田舎の屋敷であるうちの応接間に飾ってあったのは、ホトトギスの絵だった。  繊細に描かれたそれは羽毛が今にも風で翻り、木々の葉に戯れだしそうなのが不思議で、小さい頃は暇に明かして緑に包まれるそれを眺め続けていた記憶がある。  確か、絵が好きだった祖父が投資目的で買っただか譲り受けただかした物だったのを気に入って飾ったと、聞いた気がするが……小さい頃すぎてその作品の素性に関しては覚えていなかった。  ただ、すごく好きな絵だった。 「え?   外しちゃうの?」  応接間が騒がしいと思って覗いてみれば、壁からその絵が外されるところだった。  長年壁にかけられていた物がなくなると、微かな壁の日焼け痕が際立って……あるはずだったのに、視界に入らない寂寥感に胸が痛くなった。  急にどうして  と、取り上げられる気分の悪さに表情が取り繕えない。 「こら侑紀!行儀の悪い、先にご挨拶だろう?」  父に睨まれて、はっとソファーの方を見ると、和装の老人が気難しそうな顔で座っている。  慌てて頭を下げて挨拶するが、ゴトゴトと絵が動かされる音に落ち着かずにチラリとそちらを見た。 「あの……その絵  」 「お譲りすることになったんだ」  譲る先はこの老人だろう。  父を見て自然と眉間に皺が寄る。  この絵をぼんやりと眺めるのが、とても好きで……  これからもずっとこれはここにある物だと思っていたのに。 「え  だって   」  そうは言っても絵の今の持ち主は父で、弟の汰紀のお願いならともかく、父はオレの言うことなんか聞かないってこともよくわかっている。  抵抗しても意味を成さないのを知っている抵抗は虚しくて、言葉が出なくて。 「   」 「この絵が好きかい?」  気難しそうな顔立ちなのに、こちらに問いかけてくる声音は思いの外柔らかで、素直にこくんと頷いた。 「緑の中の、ホトトギスが  とても気持ちよさそうだから、すごく 好きです」 「  そうか」  老人の目はこちらを向かない。  目の前にある絵画を見ているようで、視線は更に遠い。 「すまないが、これは渡せなくてね」  穏やかな声はオレに向けてではない気がする。  けれどそのひたむきな風情が、この老人がこの絵を愛おしく思っているのだと知らしめて…… 「すまないね」  気難しそうな顔からは想像もできないほど優しい声で呟き、年季の入った額縁を優しく撫でた。  裏を返して何かを確認すると、小さく頷いて父に向き直った。  オレが何度も後悔しているのは、その時その絵の裏の何を確認したのか聞きそびれたことだ。家からあの絵がなくなってずいぶんしてから、あの老人が日本画家であることを知ったし、もう尋ねることもできないと言うことも知った。  ただ、老人が満足そうな顔をしていたのだけは印象に残っていて……  あの絵の裏には、何があったのかなって未だに思うけれど、それはきっとあの絵を描いた画家と老人だけが知ればいいことなんだろう。 END.

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