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お仕事をします!・3

 それから二時間ほど経ち、暇だったこともあり問題なく休憩時間を迎えることができた。 「衛さん。飯食ってきますんで、店の方頼みますよ」 「ああ、任せろ。ゆっくりして来い、ヘルムートと仲良くな」  キッチンの扉を閉めようとしたその時、衛さんが「あっ」と声をあげた。 「どうしたんですか?」 「ヘルムートに廃棄前のケーキを一つ持たせてやってくれ。捨てるよりは食ってもらった方がありがたい」 「すいません、了解です」  廃棄前のケーキは店内の業務用冷蔵庫の中だ。完全な廃棄とまではいかないが、店頭には出せないもの。スタッフが休憩中に食べたり、身内などの知り合いに格安で譲ったりしている。 「ヘルムート、衛さんがケーキくれるってさ。好きなの選んで持ってっていいぞ」 「ほ、本当ですかっ?」 「ああ。この冷蔵庫の中に入ってるやつな。一応言っておくが、下の段にあるデカいホールケーキは駄目だ。これは廃棄予備軍じゃなくて特注品のケーキだからな」 「分かりました。上の段の小さいケーキ、一つ選びます。運ぶのにケーキの箱、一つもらっていいですか?」 「ああ。先に外で待ってるから早く来い」  スカーフタイを外してコックコートを脱ぎ、エプロンを外す。それをスタッフルームのハンガーにかけておき、スマホを開きながら外へ出る。  今日も相変わらずの暑さだ。冷たい蕎麦でも食べたいが、蕎麦屋にケーキは持ち込めない。持ち込み可能な店といったら、……結局昨日行ったファミレスだ。 「お待たせです、千代晴!」 「ん。それじゃ行くか。昨日のファミレスでいいか?」 「今日もソーセージ食べます!」  道中、何のケーキを選んだのかと訊けば、ヘルムートが満面の笑顔で「小さい方の、丸いのです!」と返してきた。よほどミニホールのショートケーキが気に入っているらしい。  が―― 「へ、ヘルムート……。お前、それ……」 「わ。HappyBirthdayのケーキです。イチゴの代わりに、可愛いお人形乗ってました!」  ファミレスに入り、席について早速箱から取り出した――その小さくて丸いショートケーキ。 「ちょ、待て待てヘルムート」 「いただきます!」 「待てってば!」  それは店頭に出しているミニホールショートではない。特別に注文を受けた、イチゴ嫌いな子供のために白桃とオレンジを使ったミニホールショートケーキだ。  小さいから見間違えたりうっかり潰したりしないよう、冷蔵庫の上の段の端っこにぽつんと置いておいたんだった。――まさかよりによって、それを選んでくるなんて。 「待てって言っただ――ああぁぁッ!」  グサ。  フォークが刺さった瞬間、俺はこの世の終わりの音を聞いた気がした。

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