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となりのナハトくん・3
「挨拶遅れてごめんちょ。ボク、102号室に越してきたナハトっていうんだけどさ」
「そうか、俺は101号室の佐島千代晴だ。よろしくな」
「よろしくう!」
「……そ、それじゃ」
片手をあげて男の横を通り過ぎようとしたその時、「ねえ」と唐突に引き留められた。
「何か?」
男がゴミ袋を左手に持ったまま、赤い目を細くさせて俺を見つめる。
「忍びの者の正体知りたい?」
そうして首元まで上げていたダウンのファスナーを右手の指で摘まみ、ゆっくりと下げていった。
「じゃん。昨日の名残」
開かれたダウンの前――現れたのは、真っ白な男の裸体だ。パンツ一丁どころか、全裸どころか……その体には複雑な縛り方で縄が巻き付いている。俗に言う亀甲縛りというやつだ。初めて見た。
「はぁ、なるほど」
変な反応をしてしまったのは、思考が現実に追いつかなかったからだった。亀甲縛りというものを見たのは初めてだし、変質者に出会ったのも初めてだったからだ。
男の頬には、暑さによるものとは別の種類の赤みがさしていた。
「じゃあね~、お兄さん」
再びダウンの前を合わせた男が、ゴミ袋を放ってから小走りでアパートの方へ駆けて行く。
昨日の名残――。昨日の夜に喘いでいたのは、どうやら彼だったらしい。
「……ナハトくん、只者じゃねえな」
頭をかいて俺もアパートに戻るため歩きだす。
あれじゃあ相中さんが怯えるのも無理はない。荒れた目付きとピアスだらけの顔面に縛り趣味……何をするか分からない典型的な輩だ。
同じゲイ友で歳も近そうだから仲良くなれるかと思ったが、あまり関わらない方が良いかもしれない。
「おかえりなさい、千代晴! ゴミ捨てられましたか?」
「ああ、捨ててきた。歯磨きしたらパン焼いてやるから、もう少し待ってくれ」
朝食を済ませてからテレビを見て時間を潰し、十一時半頃になって俺達は外へ出た。今日もうだるような暑さだ。一雨降ってくれれば少しは涼しくなるのだが。
「こう暑いと働きたくなくなるよなぁ。俺は冬の間に働いて、夏はゆっくりしてたいタイプだ」
「おれ働くの楽しみです! 今日も衛さんのケーキいっぱい売ったらきっと、廃棄前のケーキ一つもらえます!」
「今日も、って何だ。いつもいっぱい売ってる風に言いやがって」
からかえばヘルムートが照れたように笑い、それを見た俺もつい笑ってしまった。
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