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となりのナハトくん・5

「いやあ、今日は助かったよヘルムート。早番のバイトの女子達も『凄いね』って言ってたぞ。盆休み前によく頑張ってくれたな」 「もちろん! 衛さんのケーキ美味しいから、売り切れになって当然です!」  衛さんを褒めながら何故か得意げに胸を張っているヘルムート。午後七時半、閉店まであと三十分だ。 「掃除も終わったし、この時間になればもう殆どお客さんは来ないからな、冷蔵庫の好きなケーキ一つ食べてもいいぞ」 「あ、ありがとうございます衛さん! どっ、どれにしましょう千代晴!」 「こっちの上の段にあるやつな」  一応言っておくと、ヘルムートが「むう」と目を凝らして中のケーキを一つ一つ見つめた。前の失敗を相当気にしているのか、誕生日プレートが乗っていないかの確認をしているらしい。 「あの茶色くて丸いのがいいです!」 「チョコレートのモンブランか。千代晴はどうする」 「俺はヘルムートのを一口もらうからいいですよ」 「おれのを、一口……」 「……あ、やっぱ俺もモンブランで」  ヘルムートがニコッと笑って俺を見た。「一口もらう」と言った時の焦りの表情は見ものだったが、ほんの一瞬、コイツの中で「千代晴よりケーキ」という図式が浮かんだのだろうと思って微妙なショックを受けてしまう。 「おいしいですね、千代晴!」 「口周りチョコだらけだぞ。ああでも、疲れてると確かに甘いモンが美味いわ」  衛さんがレジの売上げ清算をしながら、「元気な時でも俺のケーキは美味いんだよ」と皮肉っぽく笑った。  それから閉店作業と掃除を終え、俺とヘルムートは店内横のドアから熱帯夜の中へと踏み出した。 「それじゃお疲れ様でした、お先です」 「衛さん、また来ます!」 「ああ、お疲れ様。休み楽しめよ!」  すっかり暗くなった夏の夜空。日中は暑くて堪らないが、昼間より少し気温の下がった夏の夜というものは割と好きだ。 「ああ、腹減ったな……。ヘルムート、焼き鳥の他は何か食いたいものあるか?」 「うーん。アイスと、ソーセージ……。フライドポテト……それとハンバーグですかね……」 「それもうハンバーグセットにした方が良いんじゃねえか? 焼き鳥の出る幕ねえじゃん」 「千代晴がそう言うなら、おれも賛成です!」 「何だそりゃ」  家での食事も二人なら賑やかで楽しいものになるだろう。食事だけでなく、いつもなら一人での帰り道も、電車の中も、信号待ちも。  久しくこの感覚を忘れていたけれど、誰かと一緒にいるというのは良いモンだ。 「フレッシュサマーありますよー」 「はは、まだ言ってんのか」 「今日はこの言葉言い過ぎて、頭にこびり付いてしまいました……」  歩きながらはにかむヘルムートに俺も苦笑した。  ヘルムートが呼び込みをする姿は、俺もまだ網膜に焼き付いている。太陽の下で楽しそうに笑い、汗の一粒一粒さえ輝かせながら、心からの「楽しい」を全身で表現していたヘルムート。踊るようにあちこちを移動しては試食用のケーキを勧め、それを口にした人達さえも巻き込み笑顔にさせていた。  客だけでなく、スタッフも衛さんも、俺も。  まるで一方的に送られてくるエネルギーのテレパシーだ。触れれば誰もが笑顔になるエピデミック。今日のヘルムートには、そんな不思議な力が働いているように見えた。 「千代晴、どうしました? いつになくおれのこと見てます」 「い、いや。頑張ってたなぁと思ってさ」

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