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ビフォア・バースデイ・4

 ナハトが洗面器にたっぷりの水を入れて、寝室に戻ってきた。 「千代晴ちん、ヘルちゃんのパンツ脱がして。お尻の下にタオル敷いて、できるだけ腰が浮くように膝を立たせて、足を広げて」  言われるままヘルムートのハーフパンツを下着を脱がし、そっと脚を支えてナハトの言う恰好を取らせる。腹から一番近い場所でタマゴの自然な通り道となると……やはり尻から出てくるということだ。 「ヘルちゃん。少しだけお腹押すよ。マッサージみたいなものだから怖がらなくていいからね」 「は、はい……」  ナハトの両手がヘルムートの腹に触れる。 「ふ、う……ぅ、痛いです、……ナハト……!」 「ごめんね。タマゴを傷付けないように、ちゃんとした道に導くためだよ。自然な呼吸を続けて、ヘルちゃん。……千代晴ちん、ヘルちゃんの気が紛れるような話をしてあげて」  真剣な顔でヘルムートの腹を押すナハト。その気迫に押される形で、俺はヘルムートの手を強く握りしめた。 「ヘル、前に初めて空を飛んだ時さ、覚えてるか。……最高の一日だった。ヘルがプールの中で楽しそうに泳いでたのも、イルカみてえにジャンプしたのも、めちゃくちゃ綺麗でカッコ良かったぞ」 「千代晴……」 「お前が来てくれて本当に良かったと思ってる。マジで心の底から大事にしたいって思ったのも、誰かをこんなに好きになったのも、本当に初めてなんだ。俺の前に現れてくれてありがとうな、ヘルムート」  その目に浮かんでいる涙が痛みからくるものなのかどうかは、分からない。  だけどヘルムートは笑っていた。汗だくで、苦しそうに息をしながら、それでも俺をしっかりと見つめて笑っていた。 「おれの方こそ、地球来れて良かったです。千代晴が、連れてってくれた……駅ビルも、いろんな物売ってる……コンビニも、ソーセージ美味しいレストランと、居酒屋さんと……。衛さんのケーキ屋さん、水族館……。初めて気持ちが一緒になったお城みたいなお部屋も……」 「ヘル……」 「衛さんと、瑠偉くん、いろんなお店の人達、ケーキ買いにくるお客さん……ナハトも、水族館にいたみんなも……。みんな、すごく優しくて……楽しくて……」  その頬を流れる涙を指で拭ってやり、俺はヘルムートの額を何度も撫でた。 「地球、とても素晴らしい。おもちゃ箱みたい……! いろんな人と、いろんなもの、動物たちと自然、おひさま、お月様……いろんな色に溢れてます。おれ、地球が大好きです……!」 「……ヘルムート、……頑張れ……!」 「ヘルちゃん、頑張って。タマゴ降りてきたよ、思い切りお腹に力入れて!」 「んぅっ──!」 「頑張れ。ヘルムート、頑張れ!」 「んあぁっ……!」  俺の手を握りしめたまま、瞬間──ヘルムートの体にバチバチと幾筋もの稲妻が走った。 「いてっ……!」 「だ、大丈夫、千代晴ちん?」 「あ、ああ……ちょっと痺れたけど……」 そして。 「あ、……」

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