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第19話

  「おだてても何も出ませんよ。材料は特殊な粘土です。大ざっぱに説明すると、モールドという型に粘土を流し込んで、その工程を経てできあがったパーツを焼成したあとで、顔を描いてパーツを組み立てて。関節は可動式だから、いろんなポーズをとらせることも可能です。アンティークドールの技法を取り入れたといえば聞こえがいいけど所詮、猿真似だ」 「謙遜することはない。これだけ精巧で、独創性に富んだ人形はマニアの垂涎の的に決まっている」    天音が艶冶な目つきで睨んできた。心臓が跳ね、わたしは眼鏡をいじった。咳払いひとつ、訊いた。 「こういうものは、やっぱり専門の学校に通って作り方を学ぶものなんだろうな」 「いえ、おれの場合は独学で。十年ほど前に亡くなった祖母がおれに遺してくれたアンティークドールがあって、それに魅了されて古今東西の技法を調べたことが、人形作りの原点になっています」    肝心の人形は里沙に奪(と)られたけれど──天音が小声で独りごちたように聞こえたのは、幻聴だろうか。  天音は人形の巻き毛を手ぐしで梳く。と、おもむろにドレスを脱がせると、本体を渡してよこした。  ドロワーズ一枚の姿に剝かれた人形は、妙に艶めかしい。わたしは伏し目がちに人形を受け取った。  断じてロリコンではないが、思春期の少女のようなふくらみかけた胸に、どぎまぎするものを感じた。 「胸のそれを開けてみてください」  胸部に小さな扉がついていて、それはスクリューねじで開閉できる仕組みになっている。やや急かされて開けてみると、心臓を模した陶製の薔薇が埋め込まれていた。  こういった寓意性に富んだ人形をこしらえるあたり、天音は素人目にも天与の才に恵まれている。 「いずれ天音の人形を単行本の表紙に使わせてもらってもいいか。しかし、なんだか淋しい()をしてる」 「人形は形代(かたしろ)で、魂を封じ込められているんです。表情に怨嗟がこもるのは、当然のことですよ」  愁わしげなそれを聞いて、ふと、腑に落ちるものがあった。人形と同様に、天音もまた、この山荘に囚われている気がする。 〝籠の鳥〟のように、神崎家の囚人(めしゅうど)であることを強いられている気がする……。

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