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第23話

 その愁いを帯びた風情は、なんとはなしに庇護欲をかき立てる。わたしはもう一度、天音の頭に手を伸ばし、栗色の髪をかき乱してやった。  実のところ、山荘を訪れるまでは長居は無用と考えていた。天音と反りが合わないようならトンボ返りしよう──と。  幸い、天音とはウマが合い、杞憂に終わった。ただ、義弟に慕われてまんざら悪い気もしないが、それにしても天音のなつきぶりは度が過ぎる。  今も真横に腰かけて、膝をすりつけてくる。こんなふうに深読みすることじたい自惚れがすぎるのだが、誘惑されている──と勘違いするくらいに。  無性に煙草が()いたい。だが天音の手前、我慢するしかない。  わたしは笹を一枚ちぎった。口淋しさをまぎらせるために、すぼめた唇に押し当てた。それを吹き鳴らすと、天音は笑みを深める。  里沙の前で同じことをやれば、草笛なんて不潔だ、と彼女は顔をしかめることだろう。クラシック音楽に造詣が深い彼女は、コンチェルトを好む。  高嶺の花を射止めた者の贅沢な悩みだ。本音を吐けば里沙の希望でフレンチレストランに食事をしにいっても、気後れが先に立って何も食べた気がしない。  その点、今朝は楽しかった。わたしも天音も料理の腕前に関しては似たり寄ったりのヘボで、黒焦げになったトーストをおたがい苦笑交じりにかじった。  しかし、それがささやかなものであっても、思い出を共有することで連帯感が強まるものだ。それと同様に、朝食を境に天音とぐっと打ち解けた気がする。  それでいて薄茶色い双眸がわたしをまっすぐ見つめてくるたびに、どくんと、こめかみが脈打つ。  ふたりの間を流れる空気はどことなく甘やかな緊張感をはらみ、わたしはなかばムキになって草笛を吹きつづける。  それにしても草笛に興じるなど、かれこれ二十年ぶりだ。勘を取り戻すにつれて舌づかいがなめらかになっていくのは、きっと天音という熱心な聴き手がいるからこそだ。   一曲吹き終えると、 「おれも吹きこなせるようになってみたいな。吹き方を教えてもらえますか」  天音は、よりによって野アザミをむしり案の定、鋸状の葉先で指を切った。

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