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冬色ボンボン 後編

 ちゅっと可愛らしく音を立てるキスをすると、暁人は着替えると言って奥の座敷に行ってしまった。  淡いときめきねぇと、こ生意気だった頃の彼を思い出してみる。くるくるしたくせ毛に明るい色味の大きな目。なんでも持っているお坊ちゃんは容姿にも当然恵まれていて、最初の頃はその口から出る暴言とのギャップに驚かされたものだ。 「そうだ」  ふと面白いことを思いつき、冷蔵庫の扉を開けると、綺麗に並んだゼリーの中から赤いものを選んで取り出す。  座敷との間を隔てているガラス入りの木戸を開けると、明かりをつけないまま着替えていた暁人が振り返った。 「なに?」 「淡いときめきの内容を教えてもらおうかと思って」  手にした赤いゼリーを暁人に押しつけてやると、冷たくて柔らかい感触に自分の唇にもくっつける。  二人の間でむにゅむにゅと動くのが可笑しくて笑うと、目を細めた暁人がゼリーを取り上げてしまった。そのままゼリーを包んでいたラップが剥がされると、甘い半固形物が直接唇に触れる。 「知りたいなら、食べてよ」  ダイニングキッチンから入る明かりに照らされて、琥珀色の瞳が光っている。素直に口を開くと、冷たいゼリーが口の中に入ってきた。  舌で上顎に押し付けるだけでくだける柔らかな塊。ひと口サイズより少し大きなそれを、噛み砕いてからごくりと飲み込む。  じっとこちらを見る暁人の目に、急に恥ずかしくなって視線を逸らした。つるんとしたゼリーはすぐにばらばらになって、最後に甘い味のする指を舐めてやる。いつも綺麗に手入れのされた暁人の指は、冷蔵庫に入っていたゼリーよりも冷たく感じられる。 「っ……陸のえっち」 「思春期の淡いときめきって、こんなじゃないのか」 「否定はしないけどね」  喉を降りていく赤いゼリーの行方を追う、熱っぽくて重い視線。暁人の唇が目元に触れ、頬から唇に、そして首筋へと移動していく。 「冷たいなぁ。いつも着込んでモコモコなのに、どうしてこんなに冷えてるの」 「体脂肪率が低すぎる……とか」 「脂肪も適度につけないと毒だよ。ほら、温めてあげる」 「お前の手も冷たいぞ」  するりと下から滑り込んできて手に脇腹を撫でられると、ぞわりと腰から震えてしまう。服の下で悪戯をしかける暁人の手はすぐに熱をもって温かくなり、その指がなぞった場所からぴりぴりと電流が走っていく。 「陸」  いつもより低く落とされる声は、了承を強請る暁人の癖だ。すぐ近くにある唇にキスをして身体をすり寄せると、すぐに深く合わせ直される。  触れる粘膜が熱くて火傷をしそうだ。どんなに着込んでも冷えてしまうこの身体を、暁人の熱で溶かして欲しい。 「ちぇ、暗いからよく見えなかったや。昼間にまた食べて見せてね。赤は陸のだから」 「だから、赤だとなにが違う……っん、ちょ、反則ッ」  こちらの質問を封じるように胸を摘んで腰を押し付けられると、伝わる熱と固い感触に不本意だが流されてしまう。  生物的な性欲は薄い方だと思っていたが、どうやらそれは興味の薄い相手ならという条件付きらしい。好きな相手だと、触れられるだけで脳から蕩かされる。馬鹿なことを口走っていないかといつも不安になるくらい、セックスをする時の自分は無防備で馬鹿だ。 「りく、りく」  好きだよ、と囁かれる言葉が、鼓膜を震わせて全身に浸透していく。分厚く着込んだ服を脱がされて、直接触れる肌の熱さに震えながら、同じ言葉をちゃんと返せただろうか。  ただもっと、もっと近くに、もっと深くまで来てくれと、うわ言のように繰り返した。自我など溶かしてかき混ぜて、ひとつになれたと錯覚するくらい溺れるこの瞬間が愛おしかった。 「うわぁ、うまそー!」  大皿に並べられたカラフルなゼリーに、いつもは少し斜に構えたところのある寛人が素直に感嘆の声を上げる。 「本当はこれを吸って飲むのが美味しいんだけど、加減が難しいから固さは普通のボンボンゼリーと同じなんだ。直接食べてもいいけど、いちおう取り皿とスプーンね」 「俺、青、ぜったい青。あ、でも緑もうまそうだしなぁ」 「沢山あるんだから、全部食べてみたらいいだろう。別に味は変わらないけどな」 「んだよ、あっちゃんならそこまで凝るかと思ったのに。陸くん、全部ここにいれて」 「色が混じるぞ」 「いいの、いいの。レイボーゼリーッ」  はしゃぐ寛人のリクエストに応え、取り皿にラップを剥がしたゼリーをひとつずつ入れてやる。スプーンでざくりと砕かれたゼリーが混じり合うと、レイボーというよりキラキラした星の競演のようだ。 「美味いっ。俺、あっちゃんの菓子作りの腕だけは買うわ。料理はまあまあだけど」 「暁人は料理も上手いだろう?」 「悪いけど、北米の味覚に抵抗のない陸くんの舌は参考にならないから」  失礼極まりないことをしれっと言う小学生に、口ではとても敵わない陸は黙り込むしかない。たしかに彼方の料理はこれといった特徴に欠けるが、そこまで言われるほど酷くもないと心の中でだけ反論しておいた。 「あ、寛人、赤いのは俺にくれ」 「陸くん赤が好きなの?」 「いや、そういうわけでもないんだが、暁人と約束したからな」 「ふーーん。赤、赤ねぇ」  飲み物を用意しにキッチンに行ってしまった暁人の方を伺うと、寛人がニヤニヤとしながら赤いゼリーをいくつも皿に乗せてくる。 「こんなに要らないぞ」 「まあまあ。あのゼリー、二人でよく食べたってあっちゃんが言ってたよ。とにかく一個食べて」  なんなんだと首を傾げながらも、急かす寛人につられて赤いゼリーをひとつ口に含む。どれも同じ砂糖の甘さなのにほんのりと苺味を感じるのは、色からくる脳の錯覚だろうか。 「陸くん、べーってやって、ベーッ」  甘い塊をひとつ咀嚼し終えると、今度はまた妙なリクエストを受ける。言われるままに舌を出すと、あははと笑ってから青いゼリーを食べていた寛人も舌を出した。  食紅のせいでほんのり青くなった寛人の舌に、それなら自分は赤かと思っていると、唐突に後ろから唇を左右に引っ張られる。 「ふぁ、ふぁきと?」 「おい寛人。お前、もうオヤツ買うのも作るのもしてやらねぇぞ」 「わー、ごめん、ごめん。陸くんが面白くてつい」 「たく」  フンっと鼻息荒くため息をつくと、今度は目の前に座り直した暁人が陸の舌を引っ張ってくる。訳が分からず目を白黒させていると、昼間の方がずっと綺麗に光る琥珀色が、くすぐったそうに細められて暁人が笑った。 「うん、やっぱり赤いね」  青を食べれば青くなり、赤を食べれば赤くなるのは当たり前だ。それの何が面白いのか陸にはよく分からなかったが、微笑む暁人の顔があまりにも優しかったので、まあいいかと笑い返した。  キラキラしいゼリーは、あの頃の日々そのもののようだ。

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