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冬色ボンボン 前編
寒さに凍えた指先をすり合わせながら冷蔵庫を開けると、なぜかそこに色とりどりの丸い塊が並べられていた。
不思議に思ってひとつ突いてみると、ぷよんとした弾力が返ってくる。どうやらラップで包まれているゼリーのようだ。どうみても手作りのそれに、すっかり料理好きになったらしい恋人のまめさに感心してしまう。
「しかし、この季節に冷やしたゼリーはどうなんだ?」
赤に青、そして黄色に緑と、きらきらしたゼリーは宝石のように綺麗だが、ぶるりと背筋が震えてしまうくらいには寒々しい。
冷たい感触から指を引っ込めて、目当ての牛乳を取り出して冷蔵庫を閉めると、陸は暁人に笑われるくらいに着込んだもこもこの姿でお湯を沸かし始めた。
日本の冬がしんしんと冷えるのは、この国が常に水気を含んだ土地だからに違いない。エアコンはきちんと仕事をしているはずだが、カナダで十年暮らした身体は何故か日本の冬に弱いままだ。
お湯が沸くのを待ちながら時計を見ると、針はそろそろ夜の九時を過ぎようとしている。予定より遅いなと思いながら熱々のコーヒーを入れていると、鍵の開く音がしてキッチンのある裏口の方のドアが開く。
「ただいま」
「お帰り。なんでいつも裏口から帰るんだ」
「陸が暖房つけてるから暖かいじゃん。そもそもこっちが家族用玄関で、表は来客用、みたいな?」
「いいから早く閉めろ。寒い」
はいはい、と可愛くない返事をすると、暁人はさっさとコートを脱いでハンガーにかけてしまう。土間の裏口近くに作ってある収納棚をみれば、確かにこちらの方が玄関としてもずっと便利だ。
広く残したままの土間にある流しで手を洗うと、靴を脱いだ暁人が近づいてきて後ろから抱きついてくる。ヒヤリとした身体に飲みかけのコーヒーを渡してやると、一口飲んで今度は冷たい頬をくっつけられた。
「そうだ。冷蔵庫のゼリー、お前が作ったんだろう」
「うん。明日は寛人が来るから、おやつ用」
「いくらなんでもこの季節のおやつには寒すぎないか」
何かというと息子に手作りおやつを与えている暁人だが、今回は少しばかりチョイスがおかしい気がする。プリンは常温や温かいものもあるが、ゼリーが美味しいのは冷えた状態以外ありえない。
「彼奴のリクエストなんだよ。この間、引出しの奥から古いボンボンゼリーを見つけてきてさ、昔のお菓子だって教えたら食べたいって聞かなくて。もちろん期限切れもいい所だから取り上げたけど、あんまり泣くから代わりに作ってやるって話になって」
「それであんな色をつけているのか。お前にしては珍しいと思った」
「まあね」
陸自身は長い海外生活でカラフルな菓子に抵抗はないが、いつもシンプルな手作り菓子を提供する彼らしくないとは思っていた。なる程そういうわけかと納得してから、ふともうひとつの、というより根本的な解決法の可能性を思いつく。
「なんで買ってやらないんだ。お前も小学生の頃はよく食べていただろう」
ラムネに限らず懐かしい古さを愛していた聡介は、他にもこの離れにお気に入りの駄菓子類を箱買いして置いていた。
それを勝手に消費していたのが主に息子の暁人で、ここの鍵をもらってからは陸もなんだかんだと頂いていた。食べた個数をメモに書いて置いていたら、恩師に君は律儀な性格だなぁと笑われたのも懐かしい記憶だ。
「あのゼリー、とっくの昔に製造中止なんだよ。容器を作る機械が壊れて、新しく作っても資金回収できないからってさ。仕方ないけど、寂しいよね。駄菓子ってお爺ちゃんお婆ちゃんがちょこちょこ作ってくれてる会社だったりするから、無くなるともう二度と食べられないんだよね」
「そうだったのか」
いつでもそこにあると錯覚していた物が、いまはもう同じ場所にはない。暁人と並んで縁側で食べた、甘ったるいゼリー。懐かしいその味がもう味わえないのは、確かに寂しく胸の奥が少し疼く。
「俺もひとつくらい食べてもいいだろう」
くっついてくる顔に唇を寄せて強請ると、ふふふと嬉しそうに微笑まれる。冷蔵庫の棚を一段占領していた色とりどりのゼリーたち。あの頃のように縁側でとはいかない気候だが、炬燵で温まりながら食べるのもまた良いものだ。
「うん、陸のは赤いやつね」
「選択権はないのか」
「だって、いつも赤選んでたし」
「別に特別好きで選んでたわけじゃないぞ。お前がいつも赤だけ選ばないから、残りのバランスを調整しようとすると必然的にそうなっていただけだ」
まあ何色を選ぼうと、ゼリーそのものの味にさほど変わりはない。しかし中学生男子が好んで赤を食べていたと思われるのもなんだか嫌で、今さらのように理由を説明しておく。
「そうだったの。俺は赤が大好きな陸にどきどきしてたんだけどなぁ」
「なんだそれ?」
「少年の淡いときめきの話です」
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