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30 かくれんぼ

 夜空に呑気な笛の音が鳴り響く。 「あはは、すっご、たまやって聞こえる」  俺はその笛の音を、花火大会会場近くにあった大きな公園のジャングルジムで聞いていた。啓太は浴衣だからジャングルジムはNGで近くにあったベンチから俺を見上げて笑った。  花火大会はもう終わっちゃった。七時スタートの八時終了。それで、会場は離れたんだけど、なんかね。  帰りたくないなぁ、なんて思ってたら、ちょうど公園があってさ。 「ねぇ、啓太、たまやとさ、なんかなかったっけ」 「?」 「たまやさんのライバル的なさ、掛け声みたいなの」 「……やまや」 「それは違う!」  啓太が冗談を言って、俺が突っ込んで。  そんで笑った。 「気をつけろよ」 「んー」  ジャングルジムのてっぺんなんて登ったのはいつぶりだろう。てっぺんってこんなに風が吹きぬけたっけ。  スーッて、夏なのに涼しい風が汗をかいた首筋を冷やしてくれるのが気持ちイイ。啓太も上れたらいいのに。  高さにしたらどのくらいなんだろう。三メートルはさすがにないと思う。二メートルちょっとくらい? けど、たったそれだけ高くなっただけで景色が違って見えた。  花火大会の間は遊具禁止って札がかかってた。今はもう花火大会終わったから上っても叱られないよね。でもさ、これ、花火をここから見たら、きっとものすごく近くてさ。火花に本当に触れることができちゃうと思うんだ。 「気持ちイー……」 「……」  触れたら、あっついのかな。火傷する? 「柘玖……」  名前を呼ばれた時だった。 「!」  どっからだろう。急にでっかい笑い声が聞こえて、それとほぼ同時くらいに啓太が立ち上がった。  帰る?  とか、訊くよりも早く啓太がジャングルジムの足元に来て手を伸ばす。 「A組の奴らだ」 「へっ? 啓太の?」 「こっち」 「は?」  こっちって手を伸ばされてもさ、今、ジャングルジムのてっぺんにいるんだけど、俺。 「ちょ、ちょっ、と」  ビーサンで、高さ約二メートルのところから、そう簡単に降りられないんですけど。俺、啓太みたいに運動神経抜群じゃないから。 「平気だから、おいで」 「へっ?」 「おいで」  おいでって、手を――。 「柘玖志」  飛び降りるとか、すんの?  その時、また笑い声が聞こえた。さっきよりも近くて、もしかしたらこっちに近付いてるのかもしれない。  夜の公園で、花火大会に行ったに決まってる浴衣姿のA組の有名人と、なんか色々普通なE組の人……っていう組み合わせはきっと違和感すごいよね。すごすぎてさ、見つかった時なんて説明したらいいのかわからないでしょ。  絶対に女子から花火大会の誘いあったはずだし、たとえ、女子からはなかったとしてもクラスの男子は誘わないわけなくて、だから、きっとこのツーショットって。 「っ!」  まるで映画の中のヒーローみたいだった。  啓太ほど筋肉あるわけじゃないし、背もないけど、女子よりは絶対に重い俺がさ。  ぴょーん、って飛んで。 「わわっ」  啓太にキャッチされた。ちゃんとキャッチされちゃった。 「あ、ビーサンっ!」  飛び降りた拍子にビーサンが片っぽだけ飛んでった。でも、俺は抱っこされてるから、足は地面についてなくて。っていうか、抱っこされちゃうとか思ってなくて。 「うわあああ!」 「隠れよう。見つかるとうるさいから」 「えっ?」  このまま? 「あははは、そんでさー」  抱えられたまま木の茂みの中に連れてかれた。  かくれんぼ。  そしたら、ギリギリのタイミングで俺たちがさっきまでいたジャングルジムのところに啓太のクラスメイトが現れた。 「けどさ、あいつ、花火大会来るかと思ったんだけどなぁ。サッカー部の練習出てないって、他の奴が言ってたし」 「啓太?」  啓太の話してる。男子三人。学校で啓太を見かける時によく話をしている三人だった。 「なんだ? ビーサン、片っぽだけ落っこちてる」  あ、それ! 俺のです! 捨てないで、そこにそのまま置いてください! 「彼女、できてたりして」 「かもな」 「かもなぁ。最近、なんか嬉しそうにしてね?」  嬉しそうに、してるんですか? 「あ、してるしてる、試験の間、めっちゃ機嫌良かった」  試験なんて学生にはしんどいばっかの時に、ご機嫌だったんですか? 「けど、試験準備期間の間はなんか暗かったっしょ」  それって、その、うちに来ちゃダメだった期間だ。すれ違っちゃってた時、のことじゃん。そ、そんなに暗かったの? そんで、そんなに機嫌よくなっちゃったの? 「あれは、恋だろ」  これは、まぁ、あははは、恋、です。 「マジか! っていうか、誰だよ相手」  相手は、ですね。 「あいつ、B組の子も断ったじゃん? あと、野球部マネにアピられても無視だったじゃん」  そ、そんなにあぴられてたんかい。 「それにさ、うちのクラスのさ」 (柘玖志) 「!」 (悪い、やっぱ少し重い)  抱っこされてるから、耳元で、啓太の声がして、くすぐったさに肩を竦めながら、ごめんごめんごめんって、謝って、その場に下ろしてもらおうと思った。裸足ですがどうぞどうぞお構いなくって。  けど、着地したのは地面じゃなくて、啓太の足の甲のとこ。 (じっとしてて)  構わないのに。全然、ビーサンだしさ。地面だって別にいいのに。 (あいつら、マジで……ったく)  きっと今啓太は真っ赤になってる。 「誰だよー。どっんなに可愛い子なんだよー」  実は、とても恐縮なのですが、これがまた全然可愛くないんですよ。普通のモブ系で、しかも申し訳ないことに、男子っていうさ。みんなの予想をことごとく裏切る感じなんです。 (柘玖志)  だからさ、くすぐったいってば。 (じっと……してて……)  すごくくすぐったい。 「今頃、その彼女とイチャイチャしてたりして」  なんか俺の知らない恋する啓太のことをこっそり教わりながら、啓太の足の上に立った俺は、いつもよりも近くにあるその唇とキスをした。  A組男子の噂話を聞きながらするキスはたまらなくくすぐったくて、ギュッて抱き締めてくれる啓太の腕がけっこう強くて、俺は肩を竦めた。  本当はずっとしたかったんだ。  花火大会を観ている間から実はしたかった。  キス。  けど、いつもするのとはちょっと違って、かくれんぼをしながらしたキスは柔らかくて、濡れてて、あったかくて。夜にしかしちゃいけないような大人っぽい。 「……ン」  キスだった。

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