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29 ロマンチックスターマイン

 これで大丈夫でしょうか。  っていうか、俺、デートとかしたことないから服がないんだ。 「デッ!」  自分で言って、自分で撃沈した。  デートっていう単語に、洗面所の鏡の前で、ぷしゅーって音を立てて萎んでしまいそうだった。 「……何してんの?」 「! つ、紬っ」 「もう、お腹痛いの? 洗面所使っていい? 私、花火大会行くんだから」  知ってます。浴衣着てコンビ二行くわけないからわかってます。間に合わなくなっちゃうじゃんっていうのもわかります。俺もそろそろ待ち合わせ時間だから。 「お母さん、俺、ちょっと出かけてくる」  リビングのほうで「ハーイ」って返事が聞こえたのを確認して、ビーサンをつっかける。もう時間ないしさ、服を買うお金がそもそもないんだからどうにもしようがない。なんて、花火見るんだから気にしないでしょ。そもそも俺にそんなファッションセンスはないし。  大丈夫。きっと啓太は気にしない。俺がダサくても気にしない。花火大会に行くとは、まさかデートだとは誰にも終われない格好だけど気にしない。  そんで、啓太のことも、イケメンだとか、モテ男子とか、イケてるグループとか、気にしない。だって、同じ人間じゃん? 同じ歳で、同じ高校三年生、じゃん? もうそれでいいでしょ。もうそんなの気にしなくていいでしょ。  そう決めたけどさ。  でも、これはイケメンだからこそでしょ。  あれはなんですか? あれは、未確認生命体です。って、わけわかんないこと呟いちゃったじゃん。 「ひぃ!」  だからほら、こんな可笑しな声が出ちゃったじゃん。だって――。 「柘玖志」 「ひっ!」  だって、イケメンが浴衣着てる。浴衣着て、カランコロン下駄を鳴らしながらこっちに歩いてくる。真っ直ぐ、こっちに向かってくるんですけど。 「人、すげぇな」  生まれたての小鹿のように膝がガクガク震えて仕方ないんですけど。 「柘玖志?」  同じ高校三年生って思っちゃいけないと思いました。 「どうかしたか?」  同じ人間って思っちゃいけないと思いました。  紺色の浴衣をびしっと着こなす男子高校生と自分が同じ人間だなんてことは。 「なんか、すげぇ……」 「? 啓太?」  その同じ人間ではないであろう啓太が口元を大きな手で押さえて、深呼吸をした。まるで緊張してるみたいに。 「あの、啓」 「私服……」 「へ?」 「柘玖志の私服、あの公園で見たっきりだったから」 「……」  ものすごいイケメンがイケてる浴衣を着てる。そんでどっからどう見ても平々凡々な男子高校生のさ、ハーフパンツにTシャツビーサンっていう、どっこにでもいそうな私服に、テンション上げてる。家族に花火大会にデートで行くなんてこれっぽっちも思われなかった服装に。そのことにぽかんと口が開いてしまった。 「にしても、駅前でこんだけ人がいたら、花火大会の会場はどうなってんだろうな」 「え? 啓太、花火大会って来たことないの?」 「あぁ」  そうなんだ。 「柘玖志、あんまぼーっとしてると危ねぇぞ」 「あ、ごめっ」  そして、駅前の改札から、もうすでに混雑している駅の出入り口へと人が雪崩のように押し寄せてきた。たぶん次の電車が来たんだ。 「啓太、花火大会、毎年来てそうなのに」 「いや、いつもは来てない。久しぶり。子どもの頃以来かもな」  じゃあ、俺と同じだ。なんか意外だ。だって啓太だからさ、女子とかほっとかなそうじゃん。毎年誘われてそう。女子だけじゃなくて、普通に男子の友だちとかと来てるって思ってた。 「そうなんだ」 「いつもサッカーの練習か試合があったから」  そういえば、試験期間中は部活動禁止だからしないけど、もう夏休みだし、啓太のいるうちの高校サッカー部は強豪だから、もう試験終わったらすぐに練習再開しるのか。 「え、じゃあ、今日は?」  肉離れ、もうさすがに治ったよね? そしたら、リハビリ兼ねて少しだけ練習とかなのかな。 「今日は……休みだったから」  啓太が目を逸らし、またやってきたらしい電車で運ばれてきた人の波に身構えた。 「柘玖志、そろそろ行こう。この辺も人ごみがすごくなってきた」 「あ、うん」 「こっち」 「……うん」  後ろ姿さえカッコいいのに。  急に混雑し始めた駅前を見渡す斜め後ろからの横顔に見惚れながら、ビーチサンダルでペタペタと啓太のことを追いかけた。  小さめの花火が連続で打ちあがるのをスターマインって言うんだって知らなかった。  花火大会って子どもの頃、親と来たことくらいしかないっていうとなんか寂しい子っぽいけど、別に、そんなに花火って興味なかったんだ。  あ、あれは好き。  漫画の中の花火大会は。  ロマンチックだから。  うわぁ、綺麗っ! って花火大会を、キラッキラのでっかい瞳で見つめる主人公を眩しそうに見つける男子とかさ。  けど、実際は暑いばっかじゃん? だって外だよ? たしかにでっかい花火が頭上で打ち上がると迫力すごいし、手を伸ばしたら火花に触っちゃいそうで感動だけど、その感動が半減するレベルで暑いし。汗でべとべとするし。人多いから、その熱気に疲弊しまくる感じ。花火大会会場に来るまでももうすでに修行みたいな道のりに思えるくらい。かといって、うちのベランダからじゃさ。なんか花火大会って感じじゃないじゃん。わーって騒ぐ感じでもなく、しみじみと遠くで上がる花火を鑑賞したって、あんまり楽しくないっていうか。SNSに上げてもね……。 「すげぇでかいな」 「うん」  そう思ってたのに。 「あ、また、でかそう」  次の花火が打ちあがったことに気が付いたのは啓太だった。ひゅううううって音をさせながら、真っ黒な空を上っていく白い光を見上げた。  そんで、本当に歌みたいにさ、パッと火花が弾けて、啓太の横顔を明るく照らす。青色なら少し涼やかな色。赤色だと、ちょっとまた違ってて。今度のは白色だったから、啓太は眩しそうに目を細めた。  その瞬間、ドーンってでっかい花火の音がする。  心臓が飛び上がって慌ててしまうような大きな音。 「柘玖志?」  ほら、ドキドキ、ドキドキって鼓動が駆け出してしまうような大きな音。 「あ、うん」  そろそろ終わりみたいだ。タイミングなんてもう気にしないって感じでさ、惜しげもなく打ちあがり始めた花火の音に、心臓の鼓動も早まっていく。  今、ちょっと思ったことがある。  少女漫画の中の花火大会はロマンチックで好きだけど、リアルはあんま。暑くて、ダルくて、忙しくて、窮屈で。ほら、なんかロマンチックからはほど遠い。そう思ってたんだけどさ。  リアルはたしかに漫画みたいじゃないけれど。でも、漫画みたいに、あったんだ。 「…………花火、綺麗だね」 「……あぁ」  花火をさ、好きな人と見上げてたら、あったんだ。 「……」  花火よりも好きな人に見惚れちゃう瞬間も、花火のさ尺玉が上がる瞬間よりもドキドキする瞬間も。そして、キスがしたいと思っちゃう瞬間も、あってさ。 「うわ……」  けど、人多いし、同級生とかもいるかもしれないから、キスはできなくて。 「……」  尺玉がでっかいスターマインのごとく上がっていくのを皆が見上げてる瞬間、びっくりしたふりをして、アクシデントのふりをして、こっそりと、手を繋いだ。  手を繋いで、次から次に打ちあがる花火の音に、心臓がまた慌しく踊り出してた。

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