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32 どんどん
「柘玖志」
「ン」
指先から力が抜けて、握り締めていたシャーペンがポトリと数学の問題を解き途中のプリントの上に落っこちた。
舌、溶けちゃいそう。
舌が入ってきて、濡れた音を立てて、口の中を弄ってく。そんなクラクラしちゃうようなキスに蕩けながら、額をコツンってくっつけた。
「柘玖志」
「ご、ごめんっ、エアコン、効きすぎ、かもっ」
少し惚けながら、肩がピクンと反応してし待ったのが気恥ずかしくて、慌ててそんな理由をくっつけてエアコンのリモコンに手を伸ばす。
今、キスが解けた瞬間、透明な糸が唇同士を繋げてるのを見付けちゃった。それを見た途端、ブルって震えちゃったけど、きっとそれはガンガンにエアコンをつけてたせい。今日は二人で課題をやっつけようって思ってて、だから、快適温度に部屋をしておいたけど、張り切りすぎなエアコンのせい。
「へ、き」
啓太の舌熱いんだ。
「ちょっと、ドキドキしただけ……っ、ン」
だから、絡まり合うようにキスするとさ、ホント、溶ける。そんでこんな溶けるキスを会う度にしてる。そして、キスをする度にもっと濃くなってく。あの花火大会の時のディープキスよりもずっと深くて、濃くて。
これ以上深くて濃くなったらさ、どうしよう。
「柘玖志」
きっと、あの花火大会の日にした時よりも、啓太の舌が熱いから。エアコンの涼しさの中だとさ、すごい熱いのががわかるから。
だから、なんか、もう。
もっと深くて。どんどんどんどん……。
「んっ、んン」
俺らってさ、その男同士だから、さ。
「っ」
こっから先のこととか。そのつまりは、キスの先にある、いわゆる、えっと、セ……ク……。
「……」
「柘玖、」
「ただーいまー」
「「!」」
下の玄関のところから紬の声が聞こえて二人して飛び上がった。飛び上がって、別に部屋になんて入って来ないけど、でも何もなかったかのように、解きかけの問題とにらめっこをした。
「あっつ……」
高校最後の大会まであと二週間。
マラソンの練習はフォームの修正とかもあるけど、基本、走るんだよね。真夏の練習はほぼ走ってるだけの、ただの修行と化す。
「……しんど……」
そしてその修行の中思うことはただ一つ。
昨今の日本の夏に屋外部活動ってあんまり合ってなくない? これ、かんかん照りなんですけど。七キロをハイペースで走った後、膝に手を置いた途端、パタパタと顎から汗の滴じゃなくて雨が地面に落っこちた。
「干からびそ……センセー、水飲んできます」
水飲み休憩は自由、それから屋外練習は日中は暑すぎてできない場合もあるから、朝か夕方。
サッカー部は朝じゃないのかも。けど、今日は夕方から啓太と一緒にハンドフルートの練習しようって言ってた。サッカー部の練習とは被らないのかな。あっちもそろそろだよね。最後の大会。サッカー詳しくないからあんまりわかってないけど。体育のサッカーとか真冬と真夏はホント遠慮したいんだ。端っこで動かずにボールの行き来を見てるだけだから、ぶっちゃけてしまうと、退屈。夏はただ立っているのが暑くて大変だし、冬は寒くてしんどいし。
「はぁ」
持参してる水筒の水を飲むと、体の中に冷たい水が浸透して行くのがわかる。飲み終わったあとに、「プハー」って、疲れたサラリーマンみたいに言っちゃう。
「あの……」
「!」
そして「プハーッ」って言いかけた時、いきなり声をかけられてびっくりして、持っていた水筒を落っことしてしまった。
「キャっ、ごめんなさいっ」
「あ、ううん、大丈夫」
俺に声をかけてきた子が慌てて駆け寄って、俺の足元に落ちた水筒を急いで拾ってくれる。運悪く、蓋は開きっぱなしだったから、その飲み口からトポトポと水が溢れて、グラウンドが濡れて、水筒に砂利がフライの衣みたいにくっっついた。
「お水が」
「へーき、ありがと。あの、ごめん、手に砂利が」
「あ、ううんっ、大丈夫」
この子、A組の子だ。サラサラの。
「あの……」
「は、い?」
俺?
今、あの、って話しかけられたのって、俺?
わからなくて、この子が俺に話しかけたの、背後に誰かいるのかを確かめるように振り返った。
「あの、市井君、なんだけど……」
「……ぇ?」
なんで、俺に啓太のことを訊くんだろ。接点なんて一つもない、ことになってるはずなのに。
「音楽室でピアノ、一緒にやってる、んでしょ?」
「ぇ、ぁ……うん」
頷いていいのかな。けど、頷かずにいて、あとでやっぱり一緒にやってたんじゃんってなった時の方が面倒だよね。
ハンドフルートのことだけ、なんだろうか。それとも。
「その、音楽やりたいとか言ってたりしましたか?」
「? えっと……」
どういうことなんだろう。なんでこの人はこんな泣きそうな心配そうな顔をしてるんだろう。だって、啓太は肉離れで。
「あの、サッカー部の練習、ちっとも来てないの。肉離れはもう治ってるはずなのに」
「……ぇ?」
「何か、聞いてないですか?」
「……」
「このままじゃ、サッカーの大会、出場できなくなっちゃうんです」
パッと、何かを訴えようと顔をあげたら、サラサラの髪が揺れ、切なげにとても心配そうな瞳もゆらりと揺れて今にも涙が溢れてしまいそうだった。
「それに、本当はっ」
今にも泣き出してしまいそうだった。
華奢な彼女は少女漫画から飛び出したような可愛さで、まるで別世界の人だった。
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