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33 君の横顔

 啓太ってさ、サッカーすごいんだって。  ちょっとは知ってるよ? そりゃ、うちの学校でも有名人だし。サッカーめっちゃうまいってことくらいは。 「……啓太」  俺だって、知ってる。 「……」  夕方に会う約束してた。ハンドフルートの練習しようって。ピアノは借りられないけど、啓太がピアノ演奏ができるアプリを取ったって言ってて、それでちょっとやってみようよって。できなかったら、まぁ、それで世界を目指すわけじゃないから、啓太にハンドフルート習ってみようかなぁみたいなさ。  世界を目指すわけじゃないから。 「……柘玖志」  待ち合わせしてた公園に時間通りに行った。  俺は午前に陸上部の練習があっただけだから、午後はこの夕方まで予定が空っぽだったけど、でも、啓太は予定があるかもしれないから、夕方まで待ってた。  もしかしたらサッカー部の何か用事とか、どっか学校以外のところでの練習があるかもしれないから。  ――それに、本当はっ!  サッカー部の練習にずっと来てないんだって。だから、もうすぐ始まる大会にだって出られないかもしれないんだって。  啓太の肉離れはもう治ってるはずなのにって、あのサラサラ髪の子が教えてくれた。  あの子、少し泣いてた。  俺は、泣かなかったけど、でも、あの子からそんな話を聞いて、頭が、「ガーン!」って分厚い少女漫画の月刊誌の角っちょでさ、ぶん殴られたような気がした。  公園で待っていた啓太は俺の顔を見て、ふわりと微笑んだけど、すぐにその笑顔を引っ込めた。 「啓太」  そして、小さく溜め息をついた。もう何を訊かれるかわかってるみたいに。 「サッカーの練習、いかなくていいの?」 「……」  ――それに、本当はっ! その大会の前に、サッカーの特別選手枠の試験があるのにっ。  サッカーのさ、特別強化選手育成っていうさ、なんかすごいのがあるんでしょ? それの枠に入って、育成してもらえるかどうかのさ、試験があるって言ってたよ。  なのに練習に参加してないから、このままじゃ、その試験だって受けないのかも知れないって、あの子、泣きそうだった。 「肉離れってさ、二週間くらいで治るんでしょ? 俺、なったことないからわからないけどさ」 「……」 「まだ、治ってない、の?」 「…………柘玖志がオオカミ君の漫画を買いにここを通った時」  そういえば、自転車。 「自転車、だったろ?」  うん。  なんで気が付かなかったんだろう。おかしいじゃん。肉離れしてるのに自転車ってさ。乗れなくない? 「怪我、治ってきてたから、ちょっと調子に乗って自転車乗ったんだ」 「……」 「そしたら、途中でまた肉離れが再発して、ちょうど公園があったからここで休んでた。怪我の間やってたハンドフルートやりながら」  俺はあの時、暗かったのもあったし、ハンドフルートってものも知らなかったから、魔法使いみたいって思ったんだっけ。 「俺さ、ジュニアユースにいたことがあって、本当はユースにも入りたかったんだ」  ユース、あ、前に陸が言ってた。啓太はそのユースに所属してるとかしてないとか。 「けど、そこまでの才能なくて」  いやいや、あるよ。啓太は俺なんかに比べたらなんでもできる才能が溢れちゃってるじゃん。 「ユース入りは無理だった。そんで部活でもいいからサッカーやって、いつかそっからプロにって。ユース上がりじゃない、外部からでもプロになった人はたくさんいるしってさ」 「……」 「テレビでさ、ジュニアユースで一緒にプレイしてた奴らがユースにいるのを見かけたりすると、しんどくて。悔しくて。それでオーバートレーニングして肉離れした」  啓太の話してることは、まるでどっかのすごいアスリートがインタビューとかで言ってそうなことで、雲の上の人みたいだ。 「肉離れして、サッカーできなくてさ」 「……う、ん」 「少しホッとしたんだ」 「……」 「あー、これで、サッカーがもう無理なら、あいつらがプレイしてるのを見て、あんな気持ちにならなくていいんじゃん。いつかプロに、なんて思って、当てもなく練習しなくていいんじゃんってさ。少しだけ思ってたんだって……」  啓太が公園にあるいつものベンチに腰を下ろして、足元の砂利を蹴った。その黄金の右足、とかそんなダサいネームはついてないだろうけど、その足に蹴られた小石がコロコロと転がる。 「そう、思ってたんだって、あの公園で気がついた」 「……」 「苦しいばっかのサッカーから離れたいんだって」 「…………そう、思ってない」  啓太が目を丸くした。  けど、驚くようなことじゃないよ。 「啓太はっ、サッカーから離れたいなんて思ってないっ!」  本当だよ。だって、俺見たんだ。 「前に、ここの公園で雨宿りしてた時っ!」 「……」 「雨でも、雪でもサッカーやるけど、雷の時だけはやらないんだって、楽しそうに話してたじゃん!」  啓太ってさ見惚れるくらいにかっこいいんだよ。だから、俺さ、けっこうな頻度で啓太の顔観察してる。イケメンは少女漫画の中で宝物ですから。イケメン至上主義ですから。 「俺は! 雨でも雪でも、サッカーなんて無理! 絶対に無理!」  だって、無理じゃん。あーんな広いグラウンドでさ、あーんなボール一つを十人……あれ 十一人? だよね? とにかくさ大勢が追いかけるんだ。寒いし、暇だし、ボール来たら慌てちゃうし、思いきり蹴ったところでしょぼいし。って、それは俺のことだけど、啓太はきっとしょぼくないけど。  でも、とにかく、雨でも雪でも、サッカーしたいなんて思わないよ。 「けど、雷の中でも夢中になってサッカーしてたんだろっ!」  サッカー好きじゃなきゃ思わない。 「一点取れたのにって、悔しかったんだろっ!」 「……」 「そんなの思うのは、サッカー好きな奴だけだよ!」  サッカーの話をほぼしない啓太が珍しくサッカーの話をした。とても楽しそうだった。思い出して、あの一点がぁぁあって、悔しそうだった。  俺、見てたから。わかっちゃうんだ。  あれはサッカーが大好きな横顔だった。

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