39 / 665
雪虫 18
「どうしたの?」
「何も」
「様子、へん 大神呼ぶ?」
ごつい男の名前を出されて、一瞬頭が冴えかけた。
自分自身を励ますために、腕を上下に動かして緩く首を振る。
「大丈夫」
「そか あのね」
まったく色を含まない声を聞きながら自慰に耽っていることが背徳的で、吐いた息の熱さにごくりと喉が鳴る。
「前も、突然家からいなくなった時があったでしょ?」
「うん? か、いものとか?」
「買い物は言ってから行くし、すぐに戻ってくるでしょ?」
掌の熱で撫で上げるのが堪らなく気持ちいい。
「せの?先生が来た時」
「 あー……、うん」
発情期に入るのだとばかり思っていた雪虫の傍にいたらまずいと、外に飛び出した時のことだ。確かにあの時怒っていたはず……
「何も言わずにいなくなっちゃって、一人になって しずるに会いたかった」
ビクっと手の中で跳ねた先から透明な液体が溢れ出す。
なんとなく柔らかかった尻の感触を思い出して、呻き声が上がりそうになった。
「しずるがいないの、 やだった」
多分、表情は頬を膨らまして拗ねた風なんだろう。
「 しずる?」
可愛い と呟いた瞬間、まずいと思った。
少し鼻にかかるような、舌足らずなような、そんな甘えた声が扉の向こうで名前を呼ぶ。
名前を呼ばれるのが、心地良く感じる。
身体中に鳥肌が立って、先を押さえた掌の中にどっと温かい感触が溢れる。
「 っ」
指の間から垂れる白いソレは……
「大丈夫? 調子、良くない?」
真剣に訪ねてくる純真さに、一気に冷静になり、掌を見下ろして、とりあえずコレの証拠隠滅することにした。
「しずる?」
どきっと心臓が跳ねるのは、やましさのせいだと思いたい。
「すぐ出る! すぐ出るから下行ってろ!」
ドンっと扉を叩くと、躊躇った雰囲気と小さな足音が響いて、微かな気配が遠のいて行った。
エプロンをつけるオレを台所の入り口から覗き込む雪虫は、ちょっと気まずそうにもじもじとこちらを見ない。
「 入ってこいよ」
チラッと青い視線が向いて、赤くした顔を伏せて首を傾げる。
先程のこともあって気恥ずかしいけれど、そこでチラチラと見られてるのも落ち着かない。
「どうした?」
先程の雪虫と同じことを尋ねているのだと思うとちょっとおかしくて、
「なんか しずる、へん」
変⁉︎
「え、地味にショックなんだけど」
赤い顔のまま、やはりこちらを向かない。
「 なぁ、調子悪いんじゃ 」
「ちが なんか、いい匂いがしてて」
いい匂い?
目の前の夕飯の材料の事かと、ちょっと食べ物に興味が出てきたかと期待しそうになったが、違う。
そろそろとこちらに近寄って、手を握ってくる。
「 すごく、なんだろ、 」
すん と鼻を鳴らす仕草に覚えがある、フェロモンの匂いを嗅ぎ取ろうとする時の自分の行動とそっくりだ。
取られた手に頬を擦り寄せられて……綺麗に洗ったはずなのに と、どっと汗が吹き出した。
「あ。冬の匂いだ」
鼻先を掌に埋められて、深く息を吸われるとくすぐったくて。
「 ふ ゆ?」
「うん きもちいい匂い」
腕の中に収まる雪虫の体温は温かくて、シャツとエプロン越しなのに妙に生々しい。
さっきまでナニに使われていたのか知らないまま、雪虫が頬を擦り寄せる手が、ぞわぞわする。
「あ、えと 」
「なんか、ね 胸、きゅってなる」
熱い息が唇の間から漏れて……
「しずる 」
「 うん?」
「 なんか、すき」
うっとり揺れる睫毛覗き込もうとして、その瞳の潤みに気がついた。
「……雪虫?」
「 」
熱い
これは、熱が出てるんじゃないか!
ともだちにシェアしよう!