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雪虫 25
「たっ っー……!」
「しずるくん!」
セキがこちらに駆け寄ろうとしたのを大神が止めて、冷え冷えとした目でオレを見下ろす。
「周りに振り回されるしか能のないクソガキが」
噛み締めた奥歯がギリ と鈍い音を立てて、口の中が金臭い。
「玩具が欲しいのなら、相応になって出直すんだな」
「雪虫はそんなんじゃないだろ!」
その存在を玩具と言われてカッとなった。
あの小さくて頼りない存在に、大神がする事を考えたら震えがくる。
「 雪虫を番にしたい」
ふと出た言葉が思いの外しっくりきて、言った自分自身が驚いた。
大神と瀬能も驚いたように目を見開いているし、セキはキラキラした目でこちらを見ている。
「 あんたと、殴り合っても オレは、雪虫を番にする!」
勢いで出たんじゃないかと思うのに、思った以上に腑に落ちて……
「 ぷはっ!」
緊張の糸が切れたのは瀬能が吹き出した瞬間だった。
「先生。笑う事はないでしょう」
「いや、いや、いや、ごめんごめん」
瀬能はまだ小さく笑いながら、床に転がったままのオレを起こすために手を差し出してくる。ありがたくその手に掴まりながら二人の顔を見て、ああ これは大神と瀬能の間で何が取り決めがあったことなのかと、ぼんやりと感じ取った。
「じゃあ雪虫はうちが引き取るよ」
「相応の収入と腕っ節を見せてもらってからです」
口調は和らいではいるが、こちらを眇めて見る表情は変わらない。
「しずるくん、これ。口元拭いて」
セキが渡してくれたタオルを口に当てると、赤いものが布に広がる。床で跳ねた時にでも噛んだのか、意識してしまうとズキズキと痛みを感じ始めた。
「冷やすものいる?」
「いらない。 どう言うことなんだよ」
表情を変えない大神に対して、瀬能は大袈裟すぎるほどキョトンとして見せた。なんだかハメられた気がするのは、間違いじゃないんだろう。
「世の中悪い大人が多いってことさ」
「じゃあ、助手とかって話は 」
「それは本当。君、明日から忙しくなるよ」
瀬能が鼻歌を歌い始め、「お風呂借りるよー」と騒動などなかったように廊下に消えてしまった。
「なん なんだ 」
意味がわからない。
ついでに言うと、大神とセキが一組のパジャマを分け合って着ているのも意味が分からない。
「説明してくれよ」
困ったようなセキが口を開こうとしたが、大神に睨まれてやめてしまった。小さく片手で謝って、口の形が「ごめん」と動く。
「明日から覚悟しておくんだな」
そう言って廊下を向いた大神の、背中の龍神と小鬼に睨まれて飛び上がる。
「いや、オレ 」
明日からどうなるんだ?
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