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雪虫 24

 のそりとリビングに入ってきて、瀬能を見て、床に転がったままのオレを見て……濡れて額に貼り付く髪を面倒そうに掻き上げて、溜め息を吐いた。 「先生。何をされているんですか」  ちびりそう  とは口が裂けても言えない。  言った瞬間出そうだから。 「前から助手が欲しくてね」  大神に引かず、瀬能は飄々としたままだ。  オレはもう、大神と大神が背負っている鬼の刺青に泣き出しそうなのに。 「こいつはうちが回収したんですよ」  後ろから入ってきたセキも、場の雰囲気を見てその場で立ち竦む。  おろおろと大神、瀬能を見て、最後にオレに視線を送ってきたから、首を横に振って二人の会話の意図がわからないと伝える。 「勝手をされては困ります」 「ははは、困ることはないだろー?君のところは人材豊富じゃないか」 「見つけるのも一苦労なんですよ」 「でももう、うちにくるって本人言ってるし、ね?」  急に話を振られて……腰の抜けているオレに何を話せと? 「お、オレはっ   」  自分はただのガキで、何ができるのかと問われれば、何もと返すしかできない。  けれど、腕の中でこちらを見上げる雪虫の表情が、曇らなければいいと思う。  頬を赤らめる雪虫の視線の先が、オレだけであって欲しいと思う。  だから…… 「オレは雪虫が欲しい!」  呆れを滲ませた目はさらに冷え冷えとするようで、大神がその気になればオレは生きていないんだったと、思い出して背筋が冷たくなった。  いつかのように蹴られて踏まれればおしまいだし、実際そうできるだろう。 「その腰が抜けた状態でか」 「 っ。抜けてないです」  言い返してぐっと睨み上げる。  実際腰は抜けてるし、見下ろされてちびりそうだし、オレに出来ることなんて、目を逸らさないようにするくらいしかない。 「    」  息が詰まる。  大神の存在感に押し潰されそうだ。 「雪虫を、手放すつもりはない」  息を飲んだのはセキだった。  曇る表情が大神に対する感情を物語っているようで、痛々しい。 「あんたには、セキがいるだろっ!」  オレの頭を覆えそうな手が伸ばされて、襟首を掴まれて引きずり上げられた。成長期がひと段落した人間を片手で持ち上げる大神は、本当に何者なんだろうか? 「  ぅっ」  首が締まって呻いても大神は下ろす気はなさそうだった。  辛うじて呼吸はできているが足りる量じゃない、足元が床から離れるに従って、酸素はどんどん減っていき、苦しくて仕方がない。  ジタバタと手や足を振り回しても、大神には届かなかった。 「  っ  ぅ」 「この手をどうにもできないのに、雪虫は奪えないだろう」  襟首を掴む手を引き剥がそうとするも、鋼でできているかのような指が開くことはなくて、 「で きる! っ 」  踏ん張る場所がなかったけれど、足を振り上げて大神の股間に向かって振り下ろし、金的を狙ってみたが、察していたのか体をひねられて足が空を舞った。  せめて一撃と拳を振るもぺち と情けない音がするだけで、大神はそれに瞬きすらしない。 「くっそ     っ」  投げ出されて体が飛んだ。  固い床で跳ねて、庇ったつもりだったけれど額の辺りでガツンと音が響いた。

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